美人の妹を持つ兄の宿命
高校生になった俺はやっとレイラより背が高くなった。
俺はフットサルのチームをつくり熱中した。妹のレイラは水泳を辞めて習い事を始めたらしい。
妹の短いスカートも気になるが・・・美人の妹を誰にも見せたくない気分だ。
俺の高校生活は順調だった。勉強を省けば・・・。
バスケット部に混ざって練習試合に参加し、水泳部には勝負を挑んだ。
サッカーはパスだが、フットサルのチームを作り、試合では活躍した。
夏休みは南半球のニュージーランドでレーシングキャンプに参加し、国際大会にも出場した。
俺もレイラもスキーで、全国ランキングに入っていた。
インターハイも冬季国体も出場するのが当然だと思っていた。
一貫教育の中高では高校生になっても変化が少ない。
一つ、違うのは・・・中学の時は黙っていても進級できたのだが・・・。
高校では留年という仕組みがある。単位制の高校では3科目落とすと留年する。
5段階評価の『1』という数字があると、その科目は単位が取れない。
3学期に学校に行かない俺としては年度末の成績がもっか、不安の種である。
高校生になって、スイミングスクールを辞めた。
兄貴のナオは俺達に付き合って、高3の夏まで続けていた。国大受験組の癖に・・・。
奴は流石に夏休のニュージーランドキャンプは参加しなかったが、正月は・・・。
「勉強も正月ぐらいは休まなきゃ!」とクリスマスから正月を山で過ごし、そのまま県大会に優勝。
冬のインターハイや国体に出場して、国大にも合格するという快挙を遂げた伝説の人だ。
私立の学校では転校、転入がない。同時に教師も移動がない。
・・・という事は、兄貴も俺も同じ先生に教わることになる。
俺は小学校の時から、心無い教師から「君のお兄さんは・・・」と言われた。
これだけ兄貴を引き合いに出されて、よくも不良にならずに素直に育ってものだ。
俺も暇があれば毎日、シャワー代わりに水泳を続けても良いのだか・・・。
フットサルの練習をナイターコースに切り替えたい。
夕方は餓鬼が多くて、煩い。大人と勝負がしたい。
レイラも年頃になり、セットが気になる。髪を濡らすのが嫌だと言い出した。
俺もレイラの水着姿をあまり同年代の男共には見せたくない。
高校進学とともに俺たちは9年間も毎日通った水泳を引退した。
レイラは日本文化に触れるとか、別の習い事を始めたらしいが、俺はフットサルに熱中した。
俺たちのチームは草大会で優勝するレベルになっていた。
毎日の放課後に、俺は水泳ではなくフットサルに通うようになった。
社会人が多いのでクラブハウスにはシャワールームも完備されている。
高校生になっると急に俺の身長がぐんぐん伸びた。
あっという間にレイラを抜き、兄貴に迫る勢いだ。
流石にレイラは体つきも女らしくなり、俺でもまぶしいと思う時がある。
レイラの通う学校は女子校だが、俺は共学だ。
服装には煩い女子高なのにレイラのスカートはあまりに短い。
当然、俺は兄貴として注意をうながした。
素直な?妹は部屋に入り、制服を着えたのか直ぐに現れた。
「このくらい長ければいいの?これ以上長いとスケ番みたい!」
う〜ん、レトロ感の漂うスタイルである。長いスカートは芋臭い。
「いや、やっぱりさっきのほうが良い」
レイラは俺の前でするするとスカートを巻き込み短くした。
何と言う早業。どういう仕組みなんだ?驚く俺にレイラが言った。
「校内では長くしていないと服装検査で叱られるけど、往復はこうじゃなきゃ!恥ずかしいでしょ!」
「でも、気をつけないと階段で覗かれるぞ!」
「レオ、見て!」レイラがいきなりスカートをひらめかして回った。
「バカ!やめろ!」
「わぁ〜!レオったら赤くなって、純情!!ちゃんと履いてます!残念でした!」
俺は知らなかったが、見せるためのパンツがあるらしい!アホクサ!!
俺のクラスは男女比がほぼ同じだが、女を扱うのはめんどくさい。
妹がいるからといって、女の子の扱いが上手いわけではない。
どうも、女子の考えている事は理解しにくい。
しかし、判っている事は一つ。一人を敵にするとクラスの女子全員が敵になる。
クラスで妙な噂が流れたらしい。俺が美人の彼女とデートしていたんだと!
「小柳君、彼女が居るんでしょ!」クラスの女、数人に囲まれた。
「ウン、沢山いるけど・・・」「ふざけないでよ!どこの高校生?」
「えっ、それぞれ違うけど・・・何番目の彼女の高校を知りたいの?」
俺は誰と一緒のところを見られたんだろう。何時なんだ?
よくよく、聞きだしてみると・・・俺の彼女は藤沢学院のA子(本人の為に本名は控える)らしい。
スキーの試合に行き、A子を迎えに来た車に、帰り道は乗せてもらった。
試合が遠方になるうえに荷物が多い、スキー仲間ではよくある話だ。
お互いに送迎時に乗せたり、乗せてもらったり、助け合っている。
あの時、車中に帽子を忘れ、A子に横浜まで届けてもらった。
「あ〜、アイツか!美人だろ!」
事情を説明するのも面倒だ。A子には気の毒だが、噂は聞こえないだろう。
クラスの女子はぷいっと不機嫌に立ち去った。
無視すると怖いが、相手をして機嫌が悪いんじゃ、どうすればいいんだ?
女子も面倒だが、クラスの男達が最近、レイラのことを聞きたがる。
「美人なんだろ、お前の妹!」
「いや、俺に似てるから(もちろん美人さ)・・・、ところで明日の試合だけど・・・」
俺はさりげなく話題をそらす。お前達には絶対に紹介しないぞ!!
レイラは兄の欲目抜きで美人だ。きっと、もてると思うのだが・・・。
本人は、「だって、外で調達しなくても、兄貴で間に合うから・・・」
俺は間に合わせか?・・・まぁ、虫が付くより良いか・・・。
「兄貴に週末、コンサートに誘われたんだ!」「ええっ!俺は聞いていないぞ!」
「だって、レオはクラッシック苦手でしょ!」
確かに、兄貴のナオもレイラも幼い時からピアノを習っていた。
俺もレイラと一緒にレッスンに通ったが、直ぐに飽きてレッスンを放棄した。
レイラと一緒にレッスンには行く。ともかくピアノの前に座っていられない。
早々に逃げ出して、レイラのレッスンを見ているうちに夢の世界に・・・。
兄貴もレイラも楽器が好きだ。ピアノだけではなく笛やトロンボーンも鳴らす。
二人とも絵を描くのも好きで、二人で休日に美術館にでかけたりするらしい。
俺は付き合っても、科学技術館や科学博物館ぐらいだ。
だいたい、土日はフットサルが忙しい。俺は社会人との試合に明け暮れていた。
夜の練習が早く終わり、9時半過ぎに家に帰ると誰もいない。
自分が遅くなる時は気にしない癖に、レイラの帰宅の遅いのが気になる。
携帯メールをうつと、直ぐにレスが返ってきた。
『もう直ぐ、駅に着く』
俺はランニングがてら駅まで走ることにした。
一人で家に居ても手持ち無沙汰だし、妙にレイラのことが気になる。
家までは駅から1キロ弱の距離だが、商店街とは逆側で住宅地だ。
夜になると静かで人通りが少ない。
たっ、たっ、たっ、おれは気持ちよく走り続けた。
直線コースのはるか向こうにレイラらしき姿を発見した。
物陰から男がレイラに近づく・・・というより、行く手を遮ぎる。
様子がおかしい!俺は全力疾走に切替えた。
男がレイラに抱きつこうとした。チキショウ!何者だ!今、助けてやる!!
・・・と次の瞬間、男が宙を舞った。
何が起こったのだ?駆けつけた俺は道路に倒れた男を更に押さえ込んだ。
息が切れているが、どさくさにまぎれて2、3発、パンチをくれてやる。
「ひゃひゃ110(百十番)だ!」息が切れて、声にならない。
レイラが携帯で警察に通報する。
「大丈夫か?」「ウン」答えるレイラの声が震えている。
直ぐにサイレンが聞こえ、パトカーが現れた・・・。
「署でお話を聞かせてください。」
俺たちは容疑者とは違う、2台目のパトカーに乗り警察に向かった。
これじゃあ、俺達が補導されたみたいだ。
俺は思わず周囲を見回した。
閑静な住宅地、サイレンが聞こえても誰も様子を見に出てこない。
「一緒に歩いていて襲われたんですか?」
「いや、俺は妹を迎えに来て、現場に出くわして・・・」
「お手柄でしたね。お兄さん!」
「・・・そうゆう訳では・・・。」
警察でレイラと俺はいきさつを聞かれた。事情聴収という奴だ。
「学校帰りとしては、遅い時間ですが、どこからの帰りですか?」
「習い事をしているので・・・。」
「何を習っているの?」
「合気道です。」なにぃ〜!!聞いてないぞ!
抱きつこうとして男はレイラに投げられたわけか!
メモを取っていた警官達は手を止めて、大いに盛り上がっている。
男を調べていた警官から聞いたところ、物取りではなく、痴漢らしい。
痴漢を働こうとして投げられた間抜けな奴。
投げられた容疑者が気の毒だと!
ふざけるな!大事な妹になんてことをするんだ。許せない!
「被害が無くてなによりです。静かな道だから、気をつけてくださいね」
俺たちは迎えに現れた婆に引き渡された。
「いや〜ぁ、勇敢なお嬢さんで・・・」
警官が婆にまでレイラの活躍を報告している。
「武道も、日本女性のたしなみですから・・・」婆は平然と答えた。
帰りの車の中で、レイラが俺の手を握った。
震えている。俺が肩を抱くと俺に寄りかかって肩に顔を埋めた。
肩がしっとりと濡れるのが判った。
「遅い時間に一人で歩くのは、やめた方が良いわね。」
バックミラーでレイラの姿を見ていた、お袋が言った。
「レオが来てくれたから・・・」
レイラが俺にしがみついてしゃくりあげた。
「レオ、助かったわ、レイラ一人だったら危なかったわ。本当にありがとう。
反射的に投げちゃったみたいだけど、その後、立ちすくんで動けなかったでしょう?」
婆に言われて俺も気が付いた。
レイラが男を投げた事だけに気を取られていたが、妹は動転していた。
確かにその後、逃げる事もできず、助けを呼ぶこともできなかったレイラ。
迎えにいって良かった。俺はかけがえの無い妹の震える肩を抱いた。
レイラは水泳をやめてから、クラッシックバレーを習おうと考えたらしい。
しかし、バレーを始めるのは年齢的に遅い。
お袋に勧められて武道を試してみたのだという。
お陰で助かったのだが、俺は何も聞いていない。俺に内緒で・・・。
俺だけか、と思ったらナオも知らなかった。ホッ!!
ショックだったのかレイラは食事も殆ど取らずに部屋に引き上げた。
何時もにぎやかなレイラが無口になると、家中が火の消えたみたいに寂しい。
兄貴も俺も今回の事件はショックだった。
一番ショックなのは勿論、レイラだろう。何時も音楽が流れている部屋から、物音も聞こえない。
お袋と相談して、レイラの帰りが遅い日は誰かが待ち合わせる事にした。
俺達が遅い時はお袋が駅で拾うという。レイラから帰宅時は全員にメールさせよう。
美人の妹を持つと大変だ。
しかし、かけがえの無いかわいい妹だ。兄貴として、守ってやらなくては・・・。
そのうちにレイラもボーイフレンドを連れて来るのだろうか?
何時か知らない男を好きになるのだろうか?許せん!ぶん殴ってやる。
将来、妹が恋をするのかと考えただけで、切ない。
世の中の父親達の気持ちがチョッと判った気がする。