終章:俺は学生になった
俺とヒマワリは入学式を迎えた。ヒマワリの父親は入学式にも参加できなかった。俺もレイラもヒマワリを気遣い兄貴も式に出席して写真を写す。
夜には中華街で我家恒例のお祝いの食事会が行なわれる。その席で俺はとんでもない事を聞くことになる。俺の明日はどうなるのか・・・。
何故だか知らないが、私立大学の入学式は早い。4月1日が入学式である。
中高よりも、小学校よりも、幼稚園よりも早い。
大学生になったら休みが長いと聞いていた俺達は最初から肩透かしである。
お陰で俺は県で恒例となっている春のカーニバルともいえる大会にエントリーできなかった。
入学式は港の見える国際ホールで大々的に行なわれる。
国立大学の入学式は一週間も遅く、妹のレイラは保護者として出席すると張り切っている。
入学式と言われても、俺の場合は附属高校からの進学だから同級生も多い。
午後から入学式が予定されている当日、朝早くレイラに叩き起こされた。
昼に集合なのに煩いなぁ・・・、仕方なく起き出しリビングに行くと家族は食卓に向っている。
「なんだよう!まだ、眠いのに・・・」
俺がスエット姿でお腹をボリボリかきながら入っていくと、レイラに怒鳴られた。
「レオ、止めて!レディに失礼でしょ!」
「お前の何処がレディなんだよ!」と言い返してから、ヒマワリに気付いた。
俺は焦った。なぜ、ヒマワリが居るんだ。
慌ててズボンをたくし上げ、上着を引っ張った。
ヒマワリが赤くなって俯いている。ヤバイ!俺は顔がカッカと火照った。
トーストを片手にお袋が言う。
「レオ、悪いのだけど、急な仕事が入って・・・午後までに終わりそうもない。ゴメン!」
「えっ?午後って、入学式に出る心算だったの?」「勿論!」
「大学の入学式だよ!」「だって、私学は初めてだもの・・・」
「全く、物好きだなぁ」「レオ、大丈夫よ!ナオが行くから!」とレイラ。
「来なくて良いのに・・・」
「ヒマワリさんの写真も撮りたいからな!父上に報告しないとね!」
そうか、ヒマワリの親父さんは「入学式には出たい」と言っていたけど来れないんだ。
「ヒマワリさん御免なさいね。お父様からもよろしくと言われたのに・・・」
「そんな、小母さま、とんでもないです。レイラさんにお洋服を戴いて嬉しくて」
「そう、貴女がそう言ってくれると嬉しいわ。ありがとう。お父様もお仕事で残念ね!」
「私も、気に入っていたスーツをヒマワリさんが着てくれるの嬉しいわ」
「そうか、レイラはまた、太ったのか!」「違います、育ったんです〜ぅ!」
スポーツをやっているレイラは見かけよりも、腕や足に筋肉が付いて太い。
一見、細く見えるが、スーツのサイズは普通の女性より大きい。
育ち盛り?の妹は新しい洋服が次の年には入らないと嘆いている。
俺はズボンの長さと袖丈が足りなくなるのに・・・レイラは横に育つらしい。
「俺は縦に育つけど、レイラは横に育つのか!」
「違います、胸のボタンがとまらなくなったんです〜ぅだ!」
「いい加減にしなさい、二人とも!幾つになったの?」
「じゅうはち〜ぃ!」俺とレイラがハモル。
兄の俺の眼から見ても確かにレイラの胸元は育っている。
既にかすかな膨らみではなく、存在感がありまぶしい。
「食事の予約は19時だから間に合うわ、何時もの中華街の店を予約したからね!」
お袋はコーヒーカップを置き、立ち上がった。
「レイラ、ヒマワリさんの支度は大丈夫ね!」「モチ、まかして!メイクもバッチリよ」
「ヒマワリさん、遠慮なくレイラに何でも言って頂戴」「ありがとうございます」
「ナオは写真をおねがいね!」「了解!」
「レオ、早く食べなさいよ!」「はい」
お袋は慌しく部屋を出ていく。俺は何のために呼ばれたのか・・・。
俺はとりあえずレイラの隣に座った。
ヒマワリが俺の前にスクランブルエッグとベーコンの入った皿を置いた。
「おっ、俺の好きなカリカリベーコンだ!」ヒマワリが頬を染める。
「うん、レオが大好きな、カリカリベーコンね!」
「な〜んだ!レイラが作ったのか!」「私じゃ悪いの!」
俺は口にベーコンを頬張り「いんや〜、美味いよ!凄く!」
「良かったね!ヒマワリさん」「どっちなんだよ〜」
「レオの好物を教えたのは私、作ったのはヒマワリさん!」
ヒマワリは俯いて赤くなっている。ピンクに染まった項が可愛い。
飯を食い終わると俺は兄貴に呼ばれてナオの部屋に入った。
「何か俺、まずい事した?」「何で?」
「兄貴に呼ばれたから、叱られるのかと・・・」「そうか?心当たりでも・・・」
「無いよ〜」と言いながらも俺は不安になっていた。
「お袋が心配しているじゃないかな?」「何を?」
「ヒマワリちゃんの父上の帰国が遅れるらしい」「ふ〜ん、仕事がうまく行かないのかなぁ?」
「その辺は良く分からんが・・・」「ヒマワリのパパの仕事で、何を心配するの?」
「父上の仕事じゃなくて、ヒマワリちゃんを家に置いて良いのかどうか?」
「えっ?何かまずいの・・・?」
「考えてみろ!レイラが京都に行き、俺も来月にはアメリカに立つ」「うん!」
「その後、残るのはお袋とお前だけだ。ヒマワリちゃんを預かっていて良いのか?」
「何か困るかなぁ・・・」「お前、判らないのか?」
「判らないのかって言われても、皆が居なくなって寂しくなるし、ヒマワリが居た方が・・・」
「それが問題だろ!」「えっ?」
「お袋とお前と二人暮らしにヒマワリちゃんが一緒に暮らすと!」「何で?」
「鈍い奴だな!お前はヒマワリちゃんが好きなんだろ?」「うん!」
「ウン、って簡単に言うなよ!結婚する気か?」「まっさか〜ぁ」
「まさかってしないのか?」「そんな事、まだ、判らないよ、考えたことがない」
「ならば、お前に言っておく。彼女に手を出すな!」「えっ!手を出すなって・・・?」
俺は兄貴に言われた意味に気付いた。顔がカッカと火照る。きっと茹蛸のようになっている。
「お前が男なら、好きな女性を傷つけるような愛しかたをするな」「・・・」
「男になれ、判ったな!」俺は兄貴の言わんとすることをやっと理解した。「判った約束する」
「よし、それを聞いて安心した。俺もヒマワリちゃんは可愛い。妹が増えたみたいだ。
将来、妹になるかもしれないが、彼女を大切にしたい」「ヒマワリは俺にも大切だ」
「兄としてお前に話したかったのはそれだけだ」「判った。ありがとう」
俺は兄貴の部屋を出て自分の部屋に戻った。自分が急に大人になったような気がした。
兄貴は俺を大人の男として、見ている。
俺はベッドに寝転んで天上の模様を見ながら兄貴の言葉を何度も反芻した。
恋愛だとか、結婚だとか、縁の無い言葉だと思っていたのに・・・。
大人の責任が急に身近に感じられる。
「支度できた?」レイラの声で我に返った。レイラが俺の部屋に現れた。
「何、まだ時間有るじゃん」「えっ、外でランチするって兄貴から聞いたよ!」
「俺、聞いていないぜ!」「じゃあ、レオは昼抜きで行くの?」「嫌だ!」
「なら、サッサと着替えてよ!」
レイラは俺のクローゼットを開くと勝手にスーツ、Yシャツ、ネクタイと取り出した。
俺は言われるままに出されたスーツを着こんでリビングに下りた。
リビングに入ると皆が俺を振り返った。その瞬間、俺はレイラにはめられたと思った。
ヒマワリは紺に細かいストライプの入ったスーツに白いブラウス、襟元にピンクのスカーフ。
俺は黒に細かい白のストライプのスーツ、Yシャツにピンクのネクタイ。
ピンクのアクセントが揃っている。まあ、大学生のスーツなんて同じような物かも・・・。
全くレイラの奴・・・兄貴はダークグレイ、レイラはベイジュのパンツスーツだ。
俺達は駅に向う途中で空車を見つけて乗りこみ、タクシーで港の見える国際ホールに向った。
兄貴は国際ホールの入り口にある有名なホテルにタクシーを付けさせた。
「飯をホテルで食べるの?俺、金ないよ」タクシーを降りた俺は不安になって尋ねた。
「いいや!俺もそんな予算はない!スポンサー付きは晩飯だけだ」
「でも、国際会議場に食事のできる店なんかあるの?」「黙って付いて来いって!」
兄貴は国際会議場の最上階のカフェテリアに俺達を案内した。
数種類のランチセットがあり食券を自販機で購入するシステムだ。
全部のランチが千円、セルフだが、ライスは大盛りサービスだ。
和・洋・中華と全部で5種類のランチから選べる。
単品料理も種類は少ないが、大体が千円くらいだ。
トレイにそれぞれが選んだ料理を載せて、海の見える展望の良いテーブルに付いた。
眺めも良いし、結構静かだ。味も量も、ぐ〜。流石、兄貴のお勧めである。
「穴場なんだ。この近くでイベントがあると食べるところが無いから」兄貴が教えてくれた。
食事にはコーヒーも付いていて、お代わりも自由だ。
俺は食べざかり!当然、「大盛り」とか「お代わり自由」は大好きだ。
しっかり、腹ごしらえをして、コーヒーを嗜み・・・眠気を防いで式典に臨んだ。
国際ホールの1階が満員になるほど多くの新入生が集まった。
男も女も紺のスーツ姿が多く、学生服は殆ど見かけない。
俺はヒマワリと学部学科のプレートに従い指定された場所に並んで腰をかけた。
遠方から来たのか、大きな旅行バックを持った母親と一緒の新入生が居る。
大学の腕章を付けた誘導係りの人が一生懸命に説明している。
「保護者のお席は二階になります」「私はここで良いですから・・・」
「申し訳ありませんが一階は新入生のお席になります」「でも・・・」
「式終了後の待ち合わせでしたら、メインロビーでどうぞ」
親の方が子供を見失うのを心配している様子、18歳の息子は赤面している。
「じゃあ、私、二階に行くけど・・・」「ああ」
息子は愛想無く答えて俺の隣に座った。
母親は何度も振り返りながら、案内されて後ろのドアに向う。息子は振り返りもしない。
「横浜は始めて?」俺は声をかけた。「いいや、入試と手続きに来たから3回目だ」
「お袋さんは初めてなの?」「ああ」「それじゃ心配だろう」
「うん、目が離せない」俺と初めての隣人は一緒に笑った。
大学の入学式もいきなり賛美歌で始まる。
俺は賛美歌を歌いながら、隣で目を白黒させて、口をパクパクさせている隣人を観察していた。
俺達は小学校から慣れているが、外から来た奴はここでカルチャーショックを受ける。
祝辞と賛美歌と祈祷と・・・入学式は無事に終わった。
式典の終了後、明日からの日程説明が行なわれた。
入り口で受け取った資料を見ながら集合場所や時間の説明を聞いた。
隣人はキャンパスマップを見ながら校門から集合場所へのルートを辿っている。
「それは西門だよ。正門はこっちだ」「ありがとう、詳しいんだな」「ああ、浜っ子だ!」
明日からのスケジュール説明が終わり、学生自治会の先輩が挨拶をして説明が終わる。
「お袋さんが待っているだろ」「ああ、探してやらないと・・・」
「今日、お帰りか?」「うん、今夜の新幹線だ」
「新横浜から?」「いいや、東京駅まで送って行く」「大変だなぁ」
「ああ、世話が焼ける」「じゃあ、頑張ってな!」
「ありがとう、俺は北村真一」「俺は小柳レオ、隣は山崎ヒマワリ」
ヒマワリが俺の横でペコリと頭を下げた。
「彼女か?」「ああ」「同じ学部か?」「一緒に受けたからな」
「そうか、凄いんだな」「普通だろう」「じゃあ、明日」「じゃあ」
俺との会話で目を丸くして隣人は立ち去った。ちょっと冗談が過ぎただろうか?
保護者は式典後の説明は必要がないので早く退出している。
ヒマワリとメインロビーに向う。ロビーはごった返している。
北村はお袋さんを見つけただろうか?
人ごみを掻き分けてタカが近づいてきた。タカは小学校以来の親友だ。
「よう!すげ〜人数だなぁ」「本当に・・・」
「お前のとこ、お袋さんは来てるの?」「いんや〜ぁ、お前は?」
「俺んち、親父とお袋が来ている。揃って来なくても良いのになぁ。」
「でも、俺んちは兄貴と妹が監視している!」「えっ、レイラさん来てるのか?」
「辞めておけって、兄貴が一緒じゃ勝ち目は無い」「お前の兄貴、格好がいいからなぁ!」
「弟もだろうが・・・」「お前が相手なら、勝算があるけど・・・」
馬鹿話をしているとタカのお袋さんが現れた。
俺が、丁寧に他人行儀な挨拶をする。
小柄な母親をはるかに凌ぐタカが後ろでクスクス笑う。
小学生当時と全く変わらないタカの母親は「レオ君、大きくなったわねぇ!」と俺を見上げて驚く。
親達には、小学生時代にチビのツートップと言われた頃の記憶が強く残っているらしい。
タカはドナドナの牛のように小柄な母親に引かれて去っていった。
解散後の流れは二方向に分かれる。
海の側に出て、港を眺める公園に向う人達、ビル街方向に出て駅方向に向う人達。
前者の多くは家が遠い人達だろう、内部進学組は駅方向の繁華街に向う。
俺とヒマワリは何となく海側に出た。
間もなくこの地を離れるレイラや兄貴が海側に向った気がしたからだ。
「お父さん、残念だったね」「うん」俺は口にしてからしまったと思うが遅かった。
ヒマワリの顔が曇り、笑顔が消えた。
「ゴメン、折角のお祝いの日に・・・」「いいの、仕事が忙しいらしいから・・・」
「そうらしいね」「会社が上手く言っていないらしいの、それなのに・・・」
「それなのに?」「無理して私を大学に入れてくれたの」
「でも、会社の経営と娘の進学は・・・」「大変だと思うの。学費を払わせて良いのかな?」
「奨学金を狙う?」「私にそんな学力があると思う?」「そうか・・・」
変に納得してしまった俺は、思わずヒマワリの顔を見た。
「でしょう?!」ヒマワリの顔に微笑が戻った。
「見て、あそこに・・・」ヒマワリが港を眺めているレイラと兄貴を見つけた。
「絵になるなぁ」「本当に素敵ね」
海を見ながらたたずむ、大人のアベックという雰囲気で映画に登場しそうな姿だ。
「お二人とも、スタイルが良くて、素敵ですね」
確かに格好が良いが、レイラの隣に立つのが兄貴だから俺は穏やかで居られる。
万一、知らない男だったら・・・何時かレイラに恋人ができるのだろうか。
間もなく、一人暮らしを始める妹。レイラは大丈夫だろうか?
離れて過ごす事が殆どなかっただけに心配だ。
兄貴が近付く俺達に気付いて手を上げた。
「お疲れ!」「ウン、何だかくたびれた。緊張したからかな?」
「レオでも緊張するんだ」レイラが憎まれ口をたたく。
「今、ナオと話していたのだけど、海上バスで行かない?」とレイラ。
「海上バスって?船の便が出ているの?」
「以前、お袋がリチャードと乗船したと言っていたろ!」兄貴が答える。
「聞いた気がする」「私は乗って見たいわ」とヒマワリ。
俺も異存はなく、全員の意見が一致した。
デッキで顔にあたる春の海風は爽やかだ。
みなとみらいの観覧車を海側から眺め、ベイブリッチを見上げながら船が進む。
ヒマワリと二人だけでないのがチョッと残念だが、一方でレイラと一緒の時間を楽しみたい。
なぜか、女二人で話が弾んでいるらしい。
程なく、山下公園に到着して船旅は終わった。
普段なら公園の名物、アイスクリンを屋台のおばちゃんから買い求めるのだが・・・。
流石にスーツ姿でアイスを舐めるのは、格好がつかないと思い断念した。
兄貴が元町でアメリカに持っていく土産を買いたいというので付き合うことにした。
レースの小物を扱っている店で、兄貴だけでなくレイラも気に入っている。
ヒマワリも大喜びでいろいろ眺めている。
入学記念に何か買ってやろうかと・・・値段をみてビックリ!俺では手が出ない。
「買ってやろうか?」と言う前に値段に気付いて良かった。
兄貴に美味い珈琲を奢らせて、しばし、お喋りを楽しんでから中華街に移動した。
店の人に案内されたのは、この前、お袋がリチャードと再会した思い出のVIPルームである。
この部屋をお袋が予約する時は我家の大きなイベントがある時だと俺は気付いた。
「お袋がどのくらい遅れてくると思う?」兄貴が言った。
「さあ、10分以内じゃない?俺の胃袋の感覚だと・・・」
「レオは何時も胃袋で判断するんだから!」レイラが呆れる。
「だって、中華料理は揃わないと始められないだろ」
「中華に限らず、コース料理は揃わないと駄目よ」レイラが突っ込む。
お袋が何分遅れるか賭けをしようかと話しているところに当人が現れた。
ドリンクが配られ、俺たちの3人の入学を祝って乾杯だ。
入学式の様子や、海の見える公園の桜の事を喋っていると次々に料理が出てくる。
「レイラは何時、移動するの?」「入学式の前日に移動しようと思うけど・・・」
「そう、来週ね。」「俺が送って行って、入学式にも出てきます」とナオが言った。
「判った、お願いして良いかしら?レイラ、私が行かなくても良い?」「ええ」
「ナオ、宜しくね。入学式が重なっちゃって・・・」「誰の?」「私の・・・」
「えっ?」俺は思わず酢豚を取りそこなった。
「私の・・・ってお袋・・・」「あら、この前、言わなかった?」
俺達4人は揃って首を横に振った。
「リチャードと食事した時に、私も4月から大学院で研究すると言う話をしてたでしょ?」
・・・聞いていない。全員が記憶を辿って固まる。
「あっ」兄貴が思い出したのか声を上げた。俺たちの注目が集まる。
「大学院生になったら一緒に研究できるとか言っていた日米共同研究だという話のこと」
「そう、その話」・・・俺の記憶にはない。
「レオ、お前が考えても無理だ。お袋達はドイツ語で話していた」
「そうだったかしら・・・」
「俺の事を話しているのかと思っていた。そうか・・・なんか変だったんだ・・・。」
「まぁ、良いじゃない。今、報告したんだから・・・」
いいや、ちっとも良くない。お袋が大学院に入学する?
・・・何か大きな問題があるような気がする。俺の頭の中がグルグル回りだした。
「じゃあ、仕事は辞めるの?」兄貴が尋ねた。そうだよ!それは大問題じゃん。
俺やレイラはどうすればいいんだ。兄貴だって自活していない。
「辞めないわよ。職場の了解も取ってあるから、研究するのに場所が欲しいだけ」
「学位をとるの?」「別に、今更・・・自分の得たノウハウをまとめたいだけよ!」
俺の少ない脳みそは兄貴とお袋の会話から状況を整理できずに沸騰寸前である。
レイラは驚きで青ざめている。やはり、俺と同じ状況だろうか?
ヒマワリは驚いて、目を真ん丸く開いてお袋と兄貴の顔を交互に見ている。
「そんなに大騒ぎする話じゃないでしょ。それより、ナオの予定は?」
「間もなくビザが下りると思うので5月の前半に出国します」
「そう、向こうの準備だけでなく、現在の研究室へも失礼がない様にね」
「はい、教授には挨拶にうかがいます」
「現地の準備は?アパートは見つけたの?」
「フィリップが任せて欲しいと言っているから・・・」
「そう、心配ね!」「えっ?」「フィリップに頼んだんでしょ?」「はぁ・・・」
自信に満ちた兄貴の顔が急に不安に曇った。
兄貴は何か聞きたそうにしているが、お袋は何も言わない。
お袋は不安そうな兄貴の顔を見ようともしないで料理を取り分ける。
「うん、これ美味しい。あら、ナオは小食ねぇ!」
お袋が隣に座る兄貴に見えないように顔の横で親指を立てて合図をした。
俺とレイラがそれに気付いて思わず噴出した。
ヒマワリが不思議そうに俺の顔を見る。
「兄貴をからかったんだよ!」俺は小声でヒマワリに教える。
「まぁ!」ヒマワリが笑い出すと、兄貴も「ひどいなぁ・・・」とお袋を見て笑う。
「ナオ、真面目な貴方は好きだけど、アメリカ人はジョークが好きよ!」
「うん、プレゼンや講演もジョークで始まるからね」「そうね」
何となくお袋は兄貴にアメリカ人との付き合い方を伝えたようだ。
「では、改めて、みんなの新しい出発に乾杯しましょう」
お袋の言葉で、俺達は二度目の乾杯を行なった。
これからそれぞれが進む新しい道を祝して
どうなるのか・・・全員が学生になった我家は・・・。
こうして、俺は学生になった。
こうして、俺は学生になった。
大学生としての新しい日々は決して平穏ではないが、その時のおれは知る由も無く、新生活に向って希望に溢れていた。