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卒業:俺達のゴール

レイラに連れ戻され、卒業式に出ることになった俺。

ヒマワリは謝恩会に出ないと言い出し、やっと説得して出席した謝恩会ではクラスメイトをはめられ・・・。

俺とヒマワリは余興を披露する羽目に・・・絶対絶命、ピンチに立たされた。どうする俺、どうするヒマワリ。

妹のレイラは何とK大の医学部に合格した。

第二志望にS大の医学部を上げていたらしいが、第一希望校に合格とは・・・。

おそれ入ったと言うのが俺の実感じっかんである。

やつが合格して俺が落ち込むと言うのはおかしな相関関係そうかんかんけいだが、現実だ。

双子なのだから共通する遺伝子いでんしは多いかと思うのだが・・・頭の出来に大きな差がある。


レイラは合格発表があると直ぐに、俺のバイトしているスキー場に現れた。

本人は国体から帰って直ぐに受験した、前期日程で合格するとは想定そうていしてなかったらしい。

「前走というか、予行演習のつもりで受験したのに・・・」だと、勝手にしろ!

俺だって、早々簡単に合格するとは思っていなかった。

レイラの命令で俺は3月1日の卒業式に出席すべく家に戻る事になった。

俺としては中学時代も試合で欠席したので、卒業式が何時なのかも知らなかった。

レイラに引かれて(売られていく子牛のように)、家路いえじについた。

大学生活がゆめ理想りそうで、現実感げんじつかんのない計画性がないレイラに俺はイライラした。

俺自身は大学生になるといわれても、あまり実感がない。

小学校から中学、そして高校と進学した時と大学進学も同じ感覚かんかくなのである。

校舎も同じ敷地とくれば、変化も感じられない。違いと言えば制服が無くなることぐらいだ。


レイラは何で遠方えんぽうの大学を受けたのだろう。

兄の俺としては妹が家をはなれて遠方で一人暮らしする事は賛成できない。

大学なら東京にも沢山たくさんあるではないか!医学部は金がかかるから国立を受ける。

たしかにやつ主張しゅちょうは正しい。しかし、医学部のある国大は関東地区にも複数ふくすうある。


家に戻った日に、おふくろから「明日の卒業式に主席するから」と言われた。

「だって、レイラの卒業式が・・・」

「レイラは午前中、貴方は午後から、両方出られるわ!」とうれしそうだ。

「あ〜そう!」「山崎さんからもたのまれているし・・・」

「山崎って、ヒマワリが何か・・・?」「いいえ、ヒマワリちゃんのパパからね!」

高山氏の事件で山崎の親父と連絡を取って以来、お袋と山崎パパの間で会話があるらしい。

親同士のホットラインはいただけない。しかし、山崎パパは仕事で国内外を飛びまわっている。

山崎パパとすれば娘が心配しんぱい様子ようすを知りたいのだろう。


宣言せんげんどおりにお袋は兄貴と共にレイラの卒業式に出席し、その後、俺の卒業式にも現れた。

俺達の卒業式は礼拝堂で賛美歌さんびかで始まる。祈祷きとう聖書朗読せいしょろうどくなど、他の高校とは少し違うらしい。

レイラの学校もミッションスクールなのでほとんど同じ、俺達はこれを普通の式典しきてんだと思っていた。

式が終わると教室に戻って書類(だれの目にもれない成績票)を受け取り、帰宅となる。

正門から出た所で俺はスキー部の後輩達こうはいたちに囲まれた。休みを返上して来てくれたらしい。

自分の練習と試合に明け暮れて過ごした中学、高校の6年間だった。

先輩から習う事も無かったが、後輩に教える事も無く、面倒めんどうは全く見なかった。

それなのに後輩達が花束を持って祝いに来てくれるなんて・・・。

俺の心の中で暖かいものが広がった。同時に面倒を見なかったことがやまれた。

後輩達と少し、話をしてから俺は駐車場へと向った。

校門の少し先でヒマワリが花束を胸に抱き、男と話している。だれだ!

その後ろにお袋を発見して俺はホッとした。兄貴と俺の合流を待っていのだと気付いた。


俺達は兄貴の運転で、一緒に家に戻った。

レイラの謝恩会しゃおんかいも、俺の謝恩会も夕方から行なわれる。

卒業式の後で一旦、帰宅して出直す事になる。何故か場所が同じ港の見えるホテルである。

もっとも、奴は格調高き本館で、俺達はリーズナブルな別館である。

ホテルの都合つごうか開始時間まで同じだ。


家にはレイラが先に戻っていた。

「ヒマワリさん!待っていたのよ。一応、準備したけど、合わせてみてくれる!」

いきなりレイラに声をかけられてヒマワリが戸惑とまどっている。

「準備って・・・?」「謝恩会しゃおんかい衣装いしょうよ!」「えっ、私は謝恩会には出ません」「えっ?!」

レイラとヒマワリの会話を聞いていたお袋が口をはさんだ。

「ヒマワリさん、お父様から聞いていないの?

私、お父様にたのまれて貴女あなた支度したくを手伝う事になっているのだけど・・・」

お袋はヒマワリの父親から電話があったことを説明した。


お父さんは帰国後きこくご、謝恩会で着るドレスを貴女と一緒いっしょに選ぶ心算つもりだったんですって。

仕事がおくれて、間に合わないので変わりに衣装いしょう見立みたてて欲しいと頼まれたのよ。

でも、お父さんからのプレゼントは一緒に選んだほうがうれしいでしょ!

そしてね、この前、レイラには小さくなったワンピースを着てもらった事を思い出したのよ。

娘が発表会で一度しか着ていない、小さくなったドレスが何枚かあるからってお話したの。

良かったら今回はそれを着てもらえないか?ってお父様にお願いしたのよ。

お父様はヒマワリさんが良ければ、宜しくって言われたのよ・・・。

貴女にもお話されたかと思って・・・。


「父がそんなことを言ったのですか?」

「ごめんなさい、新しいドレスが欲しいわよね。勝手かってなことをおすすめして・・・」

「いいえ・・・、違うんです。私、謝恩会なんて・・・」

「どうしたの?」「私、そんな贅沢ぜいたくはできないんです。」

ヒマワリはチョッと考えて、俺達家族を見回すと一気にしゃべった。


卒業式までに帰国できない様子では、父親の仕事はあまり順調じゅんちょうではなさそうだ。

父に余計よけい負担ふたんをさせたくないから、謝恩会は欠席したいと考えたらしい。

それに対して母は冷静れいせい説得せっとくした。

謝恩会の費用は学費の一部として支払い済みである事。

レイラの学校行事(演奏会や音楽発表会)で作ったけど、小さくて着られないドレスのこと

今回はそれを使って欲しいとお父さんにお話し、了解していただいた事も・・・。


「ヒマワリさん。貴女はとてもやさしいのね。でもね、お父様の気持ちを考えてあげてしいの。

貴女の晴れの場をきっと見たかったと思うわ。娘の晴れ姿は父親にとってうれしいと思う。

お父様は貴女の希望をかなえるのが嬉しいの、それで良ければって言ってらしたわ。

貴女がいやでなかったらレイラのドレスを着て謝恩会に出てくれないかしら・・・」

下を向いてお袋の話を聞いていたヒマワリの肩がふるえている。

「お願い。貴女が欠席したらお父様だけでなく、レオもがっかりするわ」

俺は大きくうなずいた。しかし、ヒマワリはチラリとも俺を見ない。


「おばさま、私、ずかしいです。本当は着でいく物が無いから欠席しようと思ったの。

父にドレスを買って欲しいなんて言えなくて・・・父がおば様に見立てを頼んだなんて・・・

別に制服で出席したって良いのに、私に勇気がなくて・・・」

しゃくりあげたヒマワリをお袋がきしめた。


「貴女は優しい。本当に心の優しいおじょうさんだわ。

貴女が制服で出席したいならそれでも良いのよ。

でも、お父様は美しく成長した貴女の晴れ姿を楽しみにされていた様子よ」

俺は思わず、話に割り込んだ。

「ヒマワリ、遠慮えんりょしなくていいぞ!

レイラには小さくて着られない洋服なんだから、好きなのをもらえば!

レイラのお古がいやなら制服せいふくで行こう。俺も付き合うから!」

「私の思い出のある物を着ていただけるなら嬉しいのよ。姉妹みたいに・・・」

レイラも口を添える。


「すみません。皆さんにやさしくしていただいて・・・ご迷惑めいわくをかけて・・・」

「迷惑なんてとんでもないわ!貴女は大切なレオとレイラのお友達よ。

そして、私も貴女が大好きなの。娘が増えたみたいで!着て貰える?

本当に失礼かも知れないけど、勿体無もったいないもの。

レイラには小さくなったスーツやドレスをもらってしいわ!」

ヒマワリが母の顔を見てうないた。

母はヒマワリの涙を指でぬぐうと、もう一度抱きしめ、背中をポンポンとたたいた。

「顔を洗ってらっしゃい。美人びじんがだいなしよ」

「ヒマワリさん、此方へ、シャワーをびた方が早いわ!」レイラが声をかけた。

ヒマワリはレイラに呼ばれて二階に上がった。


「レオ、チョッと来て!」

スエットに着替えてベットに転がっていた俺はレイラに呼ばれて起き上がった。

レイラの部屋のベットには何枚かのドレスが広げられている。

このブルーかピンクか迷っているの・・・。

レイラはヒマワリにドレスをあててかがみうつした。

ブルーは大人っぽく見える。ピンクはかわいらしいデザインだ。

一目見て俺はピンクを指差ゆびさした。

「そうか、大人の女よりも可愛かわいい女が好みなのね!」とレイラに言われ、むっとした。

「用が済んだら俺は戻るぞ、忙しいんだ。」「えっ!ベットでごろごろするのが忙しいの?」

「俺の勝手だろ!」「やっぱ、ごろごろしてたんだ!」「このやろう!」

「ヒマワリさん、良かったね。レオもピンクが良いって!好みがピッタリね」

ヒマワリはずかしそうに微笑ほほえんだ。

「もう良いよ!あっちに行って・・・」「呼んでおいてなんだ。ままなんだから・・・」

いくら妹だって、兄の前では着替きがえませんから!」レイラがアカンベーをした。

全く可愛かあいげのない奴だ。


シャワーを浴びて、着替えようとした俺はやばい事に気が付いた。

スーツが小さい。あわてて、兄貴の部屋に飛び込むと・・・兄貴のベットには・・・。

ドレスではなく、スーツが広げてあった。

「ソロソロ、現れるかと待っていた。お前なら着れるだろう。俺には小さいが・・・。」

兄貴はそう言って笑った。「ドレスは?」「ピンク」合言葉に答える。

兄貴は黒いストライプのスーツの上に白い襟のついた黒いシャツとピンクのスカーフを乗せた。

着てみるように言われて、シャツを着ると、兄貴が俺の首にチェーンの首輪くびわを付けた。

これに引きづなを付けられたら・・・俺はレイラに引かれる姿を連想れんそうし、ゾ〜っとした。

首輪のリングに首に巻いたスカーフのはじを通す。

上着を着ると襟元えりもとにスカーフがフワリと出て、中々、カッコイイ派手な着こなしである。


「兄貴はこれを謝恩会で着たの?」「NO」「入学式?」「いや、演奏会だよ。大学の・・・」

そういえば兄貴は大学でもクラッシックをやっていた・・・なるほど・・・。

「一応、コートも出しておいたが・・・くつは?」「ヤバイ!」

「お前の方が足が小さいが、紐靴ひもぐつなら5mmぐらいは許容きょようだろう、ほれ!」

兄はクローゼットから靴箱を引っ張り出した。

「何から何まで・・・」「本当に全く、世話がけるぜ!」

俺は兄貴の部屋からスエットズボンに上半身はスーツという姿で衣装いしょうを持って引き上げた。


俺が支度したくを済ませてリビングに下りると母がスーツ姿になっていた。

「母さんも出かけるの?これから仕事なの?」

「友人が来日らいにちしているから、ホテルでお食事よ。ナオも紹介しょうかいしたいの・・・」

何処どこのホテル?」「港の見えるホテルよ。行き先がまちまちだと面倒めんどうくさいじゃない。」

「・・・」「ところで、貴方は財布さいふを持っている?」「どうして?」「二次会は無いの?」

「ナオは私と一緒だから、ホテルで合流するなら良いけど!」

「うん、二次会に出たとしても、ヒマワリと一緒だから遅くはならないよ」

「わかったわ。合流できなかったら電話ちょうだい。一応、タクシー代は預けるから・・・」

「サンキュー」「今日は食事会が出来ないから、明日、中華料理を予約したわよ!」

「えっ?」「今日は3月1日よ!」『そ〜か!俺たちの誕生日だ!』(心の声)


兄貴が現れ、俺の姿を上から下まで眺めて言った。「馬子まごにも衣装いしょうだな」失礼な奴だ。

「あれっ、レオの着ているスーツ!」お袋はやっと気付いたらしい。

「俺がやった」「えっ、してくれたんじゃないの?」

「もう、小さくて着られ無いからやる!他に2着あるから持って行けよ!」「ラッキー!」

「新しいのが欲しいって言わないの?」・・・とお袋に聞かれた。

「何で?兄貴の貰ったし、スーツなんてあまり着ないから要らないよ!くつだけ買ってよ」

「判ったわ」


「レディの登場だ!」兄貴に言われて振り返るとレイラとヒマワリが立っていた。

レイラはシルバーグレイのロングドレスにラメのショール、同系のバッグ。

大人の女性みたいだ。

ヒマワリはフリルが優しい、あわいピンクのドレスに白いファーのケープ。

赤いエナメルのバック。素敵すてきだ、めちゃ可愛かあいい。

「美人の姉妹だね。昔はよく間違えられたが・・・」兄貴がからかった。

小さい頃に俺とレイラを女の双子ツインズと間違える人が多かったからだ。


「でも、私が妹かも・・・」レイラが言うと、「多分、私が妹です。」とヒマワリ。

「私、3月生まれよ!」「あら、私もです。」「俺達は1日生まれ」

「じゃあ、今日がお誕生日ですね。おめでとうございます。私は3日です」

「えっ!桃の節句なの!」俺は今までヒマワリの誕生日を知らなかった。

年下か・・・思わず顔がほころんだ。同級生は年上ばかり・・・初めての年下の女だ。


「そろそろ、出かけますか?」兄が先に部屋へやを出て行った。車を回すのだろう。

玄関をでて兄のめた車に着くと、後部ドアを開けて二人の妹を乗せ、助手席じょしゅせきに座った。

ホテルに着いてロビーの片隅かたすみで兄貴が写真を撮ってくれた。

俺は兄貴からそのままカメラを借りて謝恩会に持ち込んだ。


俺はヒマワリに別々に行こうとは言わなかった。ヒマワリも一緒に歩く事を拒否きょひしなかった。

俺は普通にヒマワリと歩き、クロークで荷物を預けると、謝恩会会場に入った。

謝恩会の会場では、俺がヒマワリと一緒に現れたことで案の定、注目が集まった。

それよりも普段は目だたない、ドレスアップしたヒマワリの美しさが目を引いたのだろう。

「小柳!山崎と付き合ってるの?」ダチに聞かれて、俺は躊躇ちゅうちょ無く「ああ」と答えた。

ヒマワリがほほを染めた。「山崎、美人だな」「おう、すげ〜可愛いだろ!」

俺はからかう友人に切り返した。


ヒマワリは女子の中に居ても口数が少ない。

普段は目立たない彼女があまり華麗かれいに変身したので、チョッと話題になっている様だ。

俺の目にはクラスで一番の美人だと思うのだが・・・。

学年主任からは「いや〜、よく来た。最後まで、ハラハラさせられたよ」と声をかけられた。

俺って、そんなにあぶなっかしかったのだろうか?

担任は俺が出席した事に感激かんげきしていた。「試合は大丈夫か?この時期に学校に来ていて!」

俺だって卒業式が無ければ山を下る事はない。試合を転々とするのがこの時期だ。


会は順調に運び、会食をしながら、校長の祝辞や来賓の挨拶が行なわれた。

進行係りが花束と記念品の贈呈を行なうとアナウンスした。

「一組、山田さん、村上君、二組・・・四組、山崎さん、小柳君、五組、・・・準備して下さい」

なに!聞いていないぞ!・・・チキショウ、はめられた!クラスメイトの悪戯である。

既に決まっていた担当者から俺達に変更したのだろう。

俺はヒマワリと指名を受けた他のクラスのメンバーと共に裏に回った。

幹事が各クラスで準備した記念品と花束を用意していた。

「記念品と花束を渡してから、各クラスで準備した余興をお願いします。」

俺は焦った。ヒマワリは泣きそうな顔をしている。一組はクラスで歌を歌うらしい。

二組は詩の朗読、三組は・・・。どうする俺達・・・絶対絶命だ。

係りからは「歌を歌うなら、ピアノを使いますか?」と聞かれた。

俺は施設で聞いたヒマワリの歌声を思い出した。

「ヒマワリ、アベマリアを歌えるか?」「えっ?」「グノーの!」「ここで?」

「そうだ、此処で歌うんだ。俺が伴奏ばんそうする。」「えっ、伴奏?」

「俺の唯一演奏できる、バッハのインベイションだ。アベマリアの伴奏だ」

「歌えるかなぁ」不安そうなヒマワリ。俺だって中3でピアノをめてからいていない。

そんな不安をじ込んで、何時もの試合と同様にはらを決め、にっこり笑った。

「俺が間違えたらゴメンな」「・・・判った。歌う」


ヒマワリの表情がかたい。「気にするなヒマワリ、からかわれたんだ。」「・・・」

「俺とお前が一緒に来たから・・・奴らは焼きもちを焼いている。俺では不足か?」

「いいえ、そうではないけど・・・」

「なら、胸を張って行こう。ヒマワリは笑顔か一番いちばん素敵すてきだ。俺はお前と組めて良かった」

ヒマワリはうなずいた。


幹事かんじから校長と学年主任に花束と記念品が渡された。

一組の男女代表が記念品を担任に渡し、ステージに上がる。

山田さんがピアノの伴奏を村上君がタクトをふる。一組の歌声が響く。

二組が去り、三組が控え室を出る。ヒマワリを見ると、緊張きんちょうふるえている。

「ヒマワリ、大丈夫だいじょうぶだ。俺が一緒だ。」ヒマワリは俺の目を見てうなずいた。

「4組準備して!」世話役が声をかける。

俺はヒマワリに「行こう」と声をかけた。「はい」ヒマワリの声はしっかりしている。

会場入り口の扉が開き、全員の目が俺達に向けられる。

俺はヒマワリを見た。ヒマワリは笑ってうなずいた。

俺達はヒマワリを気遣いながら並んで担任の前まで進んだ。

「先生、お世話になりました」と俺が記念品を、ヒマワリが花束を渡した。

俺とヒマワリは並んで深くお辞儀をした。次に俺はヒマワリに手をべた。

(お姫様おひめさま此方こちらへ・・・といった大げさな身振みぶりりだった)

ヒマワリは動じることなく俺の右手に自分の右手を乗せた。

俺はヒマワリをステージに誘導ゆうどうした。会場がザワザワしている。

「何をやる気だ?」小声でダチが声をかけた。俺はウィンクで答えた。見ておれ!


グランドピアノの横にヒマワリをエスコートした。

ヒマワリは右手をピアノにかけて立った。中々、堂々とした動きだ。

俺はピアノに向かい、椅子の高さを調整ちょうせいした。誰かの楽譜がくふが置きっぱなしだ。

不思議と落ち着いている自分におどろいている。俺はヒマワリの顔を見た。彼女が笑ってうなずいた。

俺は鍵盤けんばんの上に手を乗せた。深く息を吸い込み、ヒマワリの目を見て、鍵盤に指を落とした。

俺の伴奏に続いてヒマワリの澄んだソプラノがひびいた。

彼女の声は静まり返った会場に、やさしくひびいた。

最後の音の余韻よいんが消えるまで、俺はヒマワリとピッタリ息を合わせた。

一瞬の空白があり、会場から拍手がきあがった。

俺はヒマワリの手を取り、ステージ中央に導くと二人で深くお辞儀じぎをした。

俺は二人で成しげた共同作業に満足していた。おとしいれた友人へのわだかまりも無かった。


担任が涙をかべて感動かんどうしてくれた。(どうも、彼は涙もろい)

随分ずいぶん、練習したんでしょう?」「いえ、初めて合わせました。」

「山崎君にこんな一面があるとは・・・」「私も知りませんでした。」

何故か、話はかみ合わないが喜んでもらえて、良かった。


その後も先生やクラスメイトと話がはずんだ。

旧友のタカが俺に近づいてたずねた。

「オイ、余興よきょうの練習してたのか?」「いんや、卒業式に出る予定も無かった」

「じゃあ、即興そっきょうか?」「あぁ、俺達、はめられたらしい」「・・・しかし、見事だった」

「うん、ありがとう」「山崎、美人だな!」「性格もよいぞ!」「言ってろ!」

タカの目は笑っていた。奴とは大学でも一緒になる。小学校から12年間の付き合いだ。


終了間際しゅうりょうまぎわに司会者が4組実行委員から一言お話したいとげた。

「実行委員の武田です。私達から懺悔ざんげです。」武田瞳と宮下弘子がマイクを持った。

「今日はチョッと悪戯いたずらをしました。小柳君と山崎さんが余りに素敵すてきなペアだったので・・・」

しめし合わせて、二人をからかおうとしたのです。」

「申し合わせて、4組のイベントを二人に押し付けました。」

「二人を困らせて、どうするか見たかったのです。」

「お二人の演奏えんそういていて、私はとてもずかしくなりました」

「穴があったら入りたいです。とても素敵すてきでした。」

「お二人におびします。ごめんなさい。」「ゆるしてください」

二人が俺に頭を下げた、次にヒマワリのほうを向き、もう一度、深く頭をたれた。

マイクが俺に向けられた。俺は焦った。ピンチ!何か言わないとヒマワリが困るだろう。

「俺も、最初ははめられたと思いましたが、山崎君の歌声が聞けてラッキーでした。

俺は山に居たから知らないけど、4組の出し物は皆で練習してたのではないのでしょうか?

勝手に演目えんもくをかえてしまい、此方こちらこそ申し訳なかったです。」

「練習と言っても楽譜がくふがくばられただけだよ」タカが割り込んだ。

「最後に皆で歌わない?」ヒマワリが言った。

「えっ、良いの?怒ってないの?」とおどろいたように宮下がたずねた。

「最初はびっくりしたけど、素敵すてきな思い出になりました」ヒマワリの返事に拍手はくしゅいた。

「皆で歌おうぜ、『世界に一つだけの花』。宮下、伴奏して!」

宮下がピアノの前にすわった。前奏ぜんそうが流れる。皆も良く知るメロディだ。

歌詞かしカードを頼りに歌う奴もいる。この曲を知ってる奴の多いだろう。

いつの間にか全員が歌っていた。皆の声が会場にひびいた。


校長から「こんな感動的かんどうてきな謝恩会は初めてだ」と言葉をもらい、無事閉会した。

俺達は何組かに分かれて二次会に繰り出した。

二次会と言っても高校生だから、飲みには行く事はない。

カラオケかボーリングかケーキでおしゃべりである。

俺達はカラオケのさそいを振り切り、校長やスキー部の顧問こもんと女子の多いケーキ組に加わった。


皆で思い出を話し合ったり、将来しょうらいの夢を語ったり・・・。

まだ、大学の決まっていないやつ流石さすがに謝恩会だけで引き上げた。

ケーキ組みのほとんどは推薦入試すいせんにゅうしで短大や女子大に進学する奴とそのまま内部進学する連中れんちゅうだ。

スキー部の顧問に聞かれた。「小柳はこの6年間に何度、表彰ひょうしょうされた?」

「判らないなぁ、数えていないよ先生、中学時代は冬の朝礼では良く呼ばれたけど・・・」

「表彰状を渡されて、呼び出したら当人が居なかった事が何度あったかなぁ〜」と校長。

「3回です。先生」ヒマワリが答えた。「おっ、よく覚えているなぁ!」

「しかし、小柳君は何時から山崎さんに目をつけていたんだ?」と校長。

「目をつけるはひどいなぁ〜先生。」「山崎は大人しい美人だからなぁ、何時いつ、アタックした?」

何時いつって・・・、彼女は俺の女神めがみだったから・・・」「おいおい、お安くないなぁ〜」

ヒマワリが真っ赤な顔してうつむいている。ヤバイ、調子に乗りすぎた!

「俺が無事に卒業できたのは山崎君のノートのお陰と、彼女に感謝しております」

俺は立ち上がり、ヒマワリの方を向くとぺこりとおどけて頭を下げた。

「何だ〜ぁ、ノートが縁か!貸してくれたのは彼女だけか?お前はろくな友達がいないなぁ」

「だって、試験前に久しぶりに学校に行くと先生達に呼び出されて、教室に戻ると皆は帰った後ですよ。全く・・・」

「おお、そうか!それは気が付かなかった」「素敵すてきな女性だ。大切に付き合えよ!」「はい!」

俺は大きな声で返事をした。校長が俺の目を見た。ジョークでは無いと判ってかやさしく笑った。


席をわったり、話相手はなしあいてを変えて、俺達は楽しいひと時を過ごしていた。

携帯が胸でふるえた。「失礼しつれい」と話していたタカに声をかけてメールを見ると兄貴からだ。

『ソロソロ、帰宅する。合流するのか?』俺は『今行く!』と返信して、タカに言った。

「ソロソロ、失礼しつれいするわ」「そうか!」

「先生、俺、そろそろ失礼します」「私も・・・」とヒマワリも続いた。

「小柳、ちゃんと送れよ」「ハイ、おまかせ下さい。紳士しんしのたしなみですから」

俺達は挨拶あいさつをして店を後にした。


兄貴に拾われて合流した俺たちにレイラが「どう、楽しかった?」とたずねる。

「ええ」と答えたヒマワリ。俺はホッとした。

「レイラは?」「ちっとも面白くない、ドレス自慢か、彼氏の自慢じまんばかり・・・!

内部進学をしなかったからって・・・素行そこうが悪かったわけじゃないのよ。

着るものの話ばかりで中身は何もないくせに!」

レイラの鼻息はないきあらい。「何か言われたのか?」

「クラスメイトから『入れてくれる大学があって良かったわね』って言われたわよ」

「それで何と言い返したんだ?」「国立大学は寛大かんだいですからって言ってやったわ!」

「ふ〜んそれで?」「『あら、体育で入れる国立大学もあるのね』ですって!」

「そりゃ傑作けっさくだ。レイラが体育で受かるものか!」「レオ、そうじゃなくて・・・」

「レイラ、からかわれてるんだよ。」ナオが口をはさんだ。お袋も笑っている。


「俺達もはめられたよ!」「えっ?俺達ってヒマワリさんも?」

「ああ、クラスを代表して出し物をやる担当にされた」「いきなり?」

「そうだ、寝耳ねみみに水ってやつさ」「それって、ひどくない?いじめじゃないの・・・」

とレイラが息巻いきまく。母も心配そうな顔でヒマワリを振り返った。

ヒマワリが微笑んでいるのを見て安心した様子だ・・・。

俺はヒマワリと俺の演奏の件を報告ほうこくすることになった。


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