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冬:最後のインターハイ

大学が決まった俺は本気で試合の準備に入った。

インターハイと冬季国体で上位の成績を残すのが俺の最大の目標である。練習に取り組んだ長野で妹のレイラが合流した。受験を投げ出して、一緒に試合に挑むと言う。お礼状に無茶苦茶な妹に俺は・・・。


冬:最後のインターハイ

俺はカナダに飛んだ。バンフの近くの氷河ひょうがで行なわれるレーシングキャンプに入る。

雪が早い地方なので、多少の積雪せきせつもあり、コンディションはまあまあだ。

今年は夏の合宿に参加していないので練習不足を実感じっかんしている。

いつもなら、決してガツガツと滑らないマイペースの俺だが、今回は違う。

俺は時間を無駄むだにしないように朝早くからリフトが止まるまで滑り続けた。

二週間のキャンプでは少し調子が上がった頃に帰国になる。俺の中にイライラがつのる。


日本は例年に無く雪が遅い。11月末になっても北海道でさえ滑れるゲレンデが少ない。

俺は雪の状況を調べ、開催されるレースにエントリーし、レースに向けて練習した。

11月末から北海道を回り、12月半ばからは長野でキャンプに入った。

長野でクリスマス前に行なわれる最初の大会では、ある程度ていどの手ごたえが得られた。

試合の後、掲示板で順位とポイントを確認しているといきなりレイラに声をかけられた。


何で此処ここにいるんだ。俺はレイラが来た事に驚いた。受験前のこの時期に・・・。

「どうしたんだ?レイラ、受験勉強は?」「めた!スキーがしたい」

「何ぃ!」「うそだぴょ?ん。レオと一緒いっしょでないクリスマスなんていわえないから!」

レイラは兄貴あにきのナオが高3で試合に出たことを理由に自分も試合に出るのだと言う。

しかし、兄貴は国立の工学部、レイラは医学部志望だ。


学業では全く比較にならない、俺が何か言ったからって変わるわけではない。

試合に出る以上は勝たねばならない。一週間で調整である。

俺にできるのはレイラに早くかんを取り戻させる事だ。

「よし、レイラ着いて来い」俺はレイラの前をしっかりラインを切って滑った。

レイラは最初のうちはラインを外していたが、間もなくラインをみ始めた。

中々、かんが良い。流石さすがは俺の妹だ。ぴったりと俺の後ろをマークする。

お互いが信じられないとこの至近距離しきんきょりで同じコースは滑れない。

俺だってレイラ以外の人間とはできると思えない。

しかし、俺達は幼い頃からゲームのようにこの滑りを楽しんできた。

わざと難しいコースを取り、相手が付いてこれないと先行が勝ち。

先行がバランスを崩して、ラインを取れなくなると先行の負け。

俺達だけに許されるゲームであり練習方法だ。


俺はレイラをしたがえてリフトが動くのを待ってスタートし、昼食も早々に夕方まで滑る。

夕食後はナイターに出て一緒に滑った。宿に戻ると板の手入れである。

風呂に入って寝るのは23時を回る。流石さすがにクタクタだ。

俺はレイラのスキーも手入れをしてやろうと声をかけたが、アイツは自分でやると言い張った。

2、3日した夜中に俺は無性につめたい飲み物が欲しくなった。

俺は部屋を抜け出し、一番近い自動販売機があるホテルのロビーに向った。

ホテルのロビーは一晩中明るい。誰かが居る。

先客かと目をらすとレイラである。一人でテーブルに向って何やら読んでいる。

俺はそっと様子をうかがった。奴は問題集を開き、辞書を片手にノートに何か書き込んでいる。

俺は声をかけるか迷ったが、結局、何も言わずに部屋に戻った。


クリスマスも大晦日おおみおそかも無く、冬休みが過ぎて行く。

俺とレイラはひたすら、朝から晩まで練習に明け暮れた。

レイラの試合日程は俺よりも数日早く始まる。

兄貴の迎えでレイラが試合会場となるスキー場に移動する。

いつもなら、見送る俺だが今回は同行した。

レイラのインターハイ予選、俺のインターハイ予選、次にレイラの国体予選と続く。

俺の国体予選は少し後になる。

例年ならばそれぞれに分かれて現地に入りレイラの国体予選で合流する。


今年はレイラのコーチとして俺は同行する心算つもりだった。

コーチを務める予定で来ていた兄貴は手続きを全て受け持ち、現場には俺が付いた。

緊張して向かえたインターハイ予選だが、思いのほかレイラは落ち着いていた。

練習量が少なかったためか、得意の回転競技スラロームの一本目ではミスが出て、タイムが出なかった。

3位につけたレイラは13番目のスタートとなった。やつは二本目を確実にキッチリと滑った。

スタートに居た俺は、レイラのタイムが放送されると思わずガッツポーズだ。

圧倒的あっとうてきに早い。次に滑った2位の選手に3秒も差をつけている。

優勝をねらっていた一位の選手は緊張からか途中でコースをそれ、DF(途中棄権とちゅうきけん)となった。

合計タイムで大差を付けてレイラの優勝が決まった。


翌日の大回転ジャイアントスラロームでも、レイラは落ち着いた滑りを見せた。

何時もならば俺のアドバイスなどまともに聞かない奴が俺に意見を求める。

やはり、練習不足が不安なのだろう。一本目にラップを出し、15番スタートである。

一本目でラップを取ると自滅じめつが多いのは昔の俺だが、レイラは違う。

二本目のスタートで、レイラが俺の手をにぎった。

レイラの目が不安そうに俺を見る。「急斜の入り口は責める?巻く?」

「そこは安全にコースを取れ、その代わりストレートの次は責めろ!」「判った。」

「よし、行け!迷うな」「判った、大丈夫!」

レイラは緩斜面かんしゃめんのスキー操作に定評ていひょうがある。

急斜面で無理するよりも緩斜面の入り口でロスを最小にした方がタイムが出る筈。

俺の読みは的中である。レイラのタイムは二本目もラップになりそうだ。

俺が下るとゴールエリアの近くで上着も着ないでレイラが待っていた。


「やったなぁ、おめでとう」俺は板も脱がずに握手をしようと手を出した。

レイラは・・・「レオ」と叫ぶなり俺に抱き付いて泣きじゃくる。

ミスをして泣いている選手は居るが、抱きついて泣かれては・・・流石さすがずかしい。

俺がレイラを受け止めスキーをいたまま立ち往生おうじょうしていると兄貴のナオが助け舟を出した。

「ほら、板ぐらい外せ!」ナオに止め具を外してもらい、俺はレイラの肩をいて場を変えた。

「レイラも上着ぐらい着ろよ!」ナオがレイラに上着を着せ掛ける。


レイラは今年も優勝候補ゆうしょうこうほと言われていた。しかし、奴が練習をしていない事は誰も知らない。

例年の圧倒的あっとうてきな強さをほこるレイラも今年は不安だったのだろう。

「おめでとう」振り返るとおふくろである。

何時いつ来たの?」「今朝着いた。レイラはナオにまかせてレオは支度したくしなさい。」

「えっ?」「自分の試合に備えないと・・・」「ウン、ありがとう」

レイラに俺が付いてきたことを知ったお袋が、俺を試合会場に入れる為に迎えに来たらしい。

俺はレイラの涙が乾くのを待って、スキー場を後にした。

俺のインターハイ予選があるスキー場までは2時間程度の山道だ。

お袋は試合が行なわれるゲレンデに直行ちょっこうし、俺を下ろした。

「コンディションを見て来たら?」「ウン、ありがとう」

宿に寄っていたら練習時間が取れないことを計算してのはからいだ。

俺は最終リフトまでを滑り、宿に戻った。お袋は宿の駐車場に車を回していた。

「これで帰るの?」「明日の試合を見ようと思うけど・・・」「了解りょうかい。コーチ」

俺の返事にお袋はあれっという顔をした。俺だって不安な時もあるさ、選手だから・・・。


その夜、板の手入れをしているとお袋が現れた。

「雪温は測ったの?」といいながら天気図を手渡てわたす。久しぶりに見るお袋の手書きだ。

この図だと、今夜は雪になる、下手すると明日も振るかも知れない。

「明日も雪かな?」「そうね、風もありそうだから、このバーンだと吹き上げるね」

「判った、ゴーグルの予備を準備する。試合ワックスも朝一で済ませる」

「その方が良さそうね。スタートではチューンは無理そうだから・・・、他に何かある?」

「いや、ありがとう。」「じゃあね!」「うん、おやすみ」

短い会話だった。でも、充分だった。俺は自分で可能な準備を済ませ試合にいどんだ。


当日は予想通りの悪天候あくてんこうだったが試合は開催かいさいされた。

レイラは回転スラロームが初日、大回転ジャイアントスラロームが二日目だった。

俺は逆の日程である。今日は大回転ジャイアントスラロームだ。

レイラが兄貴と一緒に現れ、サポートを申し出た。昨夜、お袋と合流したらしい。

通常の場合は選手と引率いんそつの教師は合宿になる。選手同志の交流を深める目的らしい。


試合のサポートは俺の希望で、お袋がスタートに兄貴が中間点で待機たいきする。

レイラは荷物の移動だ。

コースの下見で感じたが、急斜面の入り口の直下が何となくシックリしない。

前走者が通過した後で兄貴から無線連絡むせんれんらくが入った。

雪がゆるいらしい。俺は急斜面きゅうしゃめんの入り口をめずに入り、不安な旗門きもん直近ちょっきん通過つうかするようにコースを取った。

一本目のタイムは勿論もちろんラップだった。案の定、急斜面をめた数人がコースを外した。


二本目でも同じあたりの旗門付近きもんふきんが、きなくさい。

ラップの俺は第一シードの最後に滑る。15番スタートだ。

2年生のエース高橋は一本目でタイムロスを出して3位につけている。

高橋はN高生だが、俺と試合で同行することが多く、俺の弟分おようとぶんだ。

奴も俺を先輩せんぱいと立ててくれるので、俺も奴を後輩こうはいとして扱う。

奴がスタートして直ぐ、役員が14番のスタートを止めた。

コースを外したのか、旗門きもんをなぎたおしたのか・・・。

試合中のことも有るが、思いのほか時間がかかる。

「役員、選手に上着を着せても良いですか?」無線を聞いていたお袋が役員に要望ようぼうした。

「結構です」お袋は自分のコートをぎ、俺に羽織はおらせた。

14番の選手にも彼の学校のコーチが同様に上着を羽織らせる。

スタートで待たされるのは結構、辛《面》い。上着を脱いでいるので寒い事もある。

何時、ゴーサインが出るか判らず、緊張きんちょうたもてない。


「コース整備を5分間行ない試合を再開します」とアナウンスがあった。

14番の選手が上着を脱ぎ、スタート位置にたった。


「レオ、急斜面の下」コーチ(お袋)が声をかける。

「了解」やはりあそこが荒れている。

大雪が降ると、ピステが甘くなる。コースを外すと、ぶかぶか雪だ。

コース内でも柔らかい部分がところどころに残り、溝ができる。

スタートした俺は自分で言うのもおかしいが実に冷静れいせいにコースを見ていた。

急斜面の入り口では早めにポイントを取り、いや旗門きもんは前回と同様に側近そくきんを通過した。

案の定、いくつもの溝が深く彫れている。

何時もなら、第1シードで彫れる深さではない。


ゴールを切った俺は停止しながら振り返り、自分のタイムを確認した。

完全ラップだ。合計タイムで5秒の差が付いている。

俺は電光掲示板に高橋の名前が無い事を確認した。

やはり、コースを外したのだろうか・・・。


俺は荷物をレイラにあずけると練習バーンに移動した。

レイラと違って俺は小回りが好きでない。

スピード系といわれる種目ほど強いといわれている。

明日に備えて小回りを練習する。

レイラの練習に付き合ったので基本練習を重視じゅうししてきた。

地区大会までなら基本練習をベースにした方が成績が出る。

俺はリフトが止まるまで、滑り込んだ。

何時もは試合前に滑らない俺が遅くまで滑り込んでいるので周囲が不安になっている。


翌日もあいにくの天気であるが、天気が悪い事が不利とは限らない。

視界しかいが悪ければ、滑りにくいのはだれも同じだ。

俺は3番スタートで一本目にラップを取った。

当然、二本目は15番スタートになる。

二本目のスタートで無線からの連絡を確認したコーチから声がかった。

「ストレートの後、雪がゆるいから飛ばされ無いように押さえて入って!」

「ラジャー」

コースが思ったよりもれている。

余計なみぞが掘られて滑りにくい。

俺は落ち着いてキッチリと重心移動を心がけた。

このような荒れたバーンではあせると落とし穴にはまる。

ストレートの先で返りが悪く、遅れたが、何とか取り戻した。

カンカンカンとリズミカルな音を立てて、最後のストレートもすり抜けた。

ゴール!俺の目に電光掲示板でんこうけいじばんの文字が映った。

やった、優勝だ!

「レオ、ナイスラン!」板を脱ぐ間もなくレイラに飛びつかれた。

何でお前が泣くんだ!レイラが人目も気にせず、泣きじゃくる。

「おいおい!今日の試合は俺の試合だ!」

「一緒に行けるね。インターハイ!」レイラが泣きながら言った。

俺はレイラが試合に出てきた意味にやっと気付いた。


レイラは国体予選も通過し出場を決めた。

インターハイに出場する成績者上位者は関東大会への出場権も得られる。

俺は長野のレーシングキャンプに戻り練習を続けた。

次の国体予選に備えてである。俺の国体予選はセンター入試と重なる。

レイラの入試は間近まじかに迫っていた。

奴は「関東大会の3日前に合流する」と言い残して、お袋と家に帰った。

センター試験受験のための準備は間に合うのだろうか?

兄貴は「本人の問題さ、気になって勉強が手に付かないなら、思い切って滑るさ!」

他人事のように話すが、本人は経験者だ。

国立を受験し、更にインターハイと冬季国体に行ったのだ。

「俺は、レイラの勉強を支援するから、お前はインターハイの支援をしてやれ」

兄貴に言われて、俺はうなずいた。


国体予選にも高橋は現れなかった。

県大会でコースを外し、転倒てんとうしたときに右肩を脱臼だっきゅうし、左足の靭帯じんたいを痛めたと言う。

シーズン最初の大会で怪我けがをしたら、シーズンを棒に振る。

期待していた後輩だけに俺も残念だ。

高橋の居ない国体予選で、俺は圧勝だった。


俺は国体代表になったものの何となくむなしさが残った。

俺は次の焦点しょうてんを関東大会に合わせ、調整ちょうせいに入った。

関東大会が終わるとそのまま、インターハイである。

約束どおりに関東大会の3日前に合流したレイラは俺の準備したメニューで滑る。

俺はレイラの前を滑りコースをきざむ。

俺達の会話はリフトの上で交わされる。

レイラはセンター試験の結果を「ソレナリ」と表現した。

「びみょ?、じゃ無いのか?」とたずねると「レオとは違います!」と言い返す。


お袋にはセンター試験の成績でS大にするかK大にするかを決めると言ってるらしい。

志望校を決めたのかいなか?俺からはたずねにくい。

関東大会で俺は大回転ジャイアントスラロームで優勝した。

回転スラロームは3位だった。高校の記録としては一応、自慢じまんできる成績だ。

去年、結構良い成績だったレイラは何とか3位と6位に入賞した。

この少ない練習量でよく、入賞してきたと感心するが、本人は不満らしい。


「だって、レオの成績の方がいいじゃない。男子は女子の倍以上エントリーしているのに!」

とレイラは言うが、『俺は練習しているんだ!お前が休んで勉強している間も!』

休んで勉強と言うのもへんな言い回しだが、俺はレイラへの反論を飲み込んだ。

俺達はインターハイへと乗り込んだ。

レイラは相変わらず、移動の車の中で参考書を離さない。


インターハイの宿は違うが、移動もコーチも兄貴が受け持つ。

試合当日はお袋もコーチとして入ってくる。

移動の車の中で兄貴が俺達に告げた。

「インターハイのコーチはレイラを俺がレオを母さんが担当する」レイラも依存いぞんはない。

俺がレイラのコーチを務めるのは試合時間の関係で無理がある。

「練習は俺が一緒に滑るから・・・」「当たり前だ、俺は支援だ。選手じゃない」

レイラの硬い表情が和らいだ。


現地に入ると俺は時間の限り、練習バーンでレイラと行動を共にした。

間を取らずに近距離きんきょりで後ろをつけて滑る俺達の練習は何人かの指導者から危険と指摘してきされた。

「この二人の普段の練習法です」兄がコーチとして説明した。

この時期になってやっとレイラ先行で滑る練習も可能となった。

奴のかんがすっかり戻ったと俺は知った。


初日の大回転ジャイアントスラロームで、何の奇跡きせきか俺は一本目を15位に滑り込んだ。

コースが難しかったためにDF(途中棄権とちゅうきけん)が多かった事が原因げんいんだろう。

つまり、二本目はトップのスタートである。

トップスタートは緊張きんちょうすると言う選手も多いが、俺は一番スタートが苦にならない。

整地されたコースを最初に下るのは最高に気分が良い。


難コースである事は下見でわかっている。

俺は肩の力を抜いて、コーチに言われた『コースを楽しむ滑り』をした。

コーチの指示はコースセッターの思いを読めと言うことなのだろう。

俺のテクニックではがむしゃらにっ込んでも完走できるコースではない。

二箇所ほど、ヤバイと思うところがあったが、何とかリカバリしてゴールを切った。

俺の次はゴールまで現れない。その次は現れたが爆弾ばくだんタイムだ。

3名がゴールを切ったのに不思議と俺の名前が一番上にある。

何だか不思議な気分で俺は電光掲示板をながめていた。

流石さすがに北海道のエースは俺に1秒の差をつけてゴールした。

長野にも負けた。俺はゴールから離れた。


俺は荷物を取りにスタートに向った。

リフトの上から、コースを下る雪国の強豪達きょうごうたちの滑りをながめた。

困難なコースに苦戦している。しかし、腰の強い良い滑りだ。

スタート地点に戻るとコーチが俺の荷物をまとめていた。

「取りに来てくれたの?」「コーチに運ばせる訳にはいかんでしょ!」

「中々、良い滑りをしていたみたいね。中間地点から連絡が入ったわ!」

兄貴が急斜面に居たのだろう。無線の連絡が入ったらしい。

俺がザックを背負い、板を担ぐと、お袋が俺のストックを受け取った。


「待って!」滑り始めようとする俺をお袋が止めた。

無線で何か話している。電波でんぱが悪いのか雑音ざつおんひどい。

「六ね。ゼクス?」「・・・」「了解」

「貴方のタイムは現在、6位ですって!」「なに?ぃ!!現在って・・・」

「今、28番が滑っているから・・・表彰ひょうしょうかもね!?」「うそ??」

「力みの無い、柔らかい、良い滑りをしていたから・・・」

俺はお袋の言うことが信用できずに居た。

下に行くとレイラが「嘘だピョ?ン」と飛び出してきそうだ。


俺は板を担いでゴールまで指定されたサポート用のルートを下った。

ゴール近くの掲示板で現在の順位を確認する心算つもりだった。

ゴールに着くと掲示板まで行く必用がなく、俺は順位を知った。

何故ならば、電光掲示板の最下段に俺のゼッケンが残っていたからだ。

なんコースをめた結果なのか、50番までのゼッケン選手で二本完走した人が少ない。


翌日のレイラの試合もむずかしいコース設定せっていになっていた。

レイラはコーチ(兄貴)に言われたとおり、確実に板をんでコースを下った。

練習量の少ないレイラに責めさせず、ミスの無いキッチリした滑りを指示したのだろう。

それでもレイラの気性だから急斜面の後半からはめ込んで来る。

二本の合計で25位と全国大会規模では信じられない上出来の試合結果だった。


回転競技ではリバース(15位以内)には入れなかったものの、20位以内で一本目を決めた。

二本の合計は12位とポイント圏内に滑り込んだ。

レイラも回転競技スラロームで18位とまずまずの成績である。

俺は表彰式があるので残ったがレイラは試合が終わると早々に引き上げた。

俺はレイラの道具を預かり、手入れを引き受けたいと告げた。

レイラはチョッと考えてから俺に「宜しくお願いします」と道具を委ねた。


俺はインターハイの終了後、長野のキャンプに戻ってトレーニングを続けた。

国体でも成績を残したかった。

俺は今回の試合で勝つために熱くなっていた自分に決別けつべつした。

自分の最高の滑りを目指す事がタイムにつながる事に気付いた。

判ったのが高3であることは残念だが、何かさとりを開いた気分だ。

コーチの言い続けた「自分で納得できる滑り」「いい滑り」の意味がやっとつかめた。


国体に向けて、俺は自分を仕上げ、レイラの道具も調整した。

冬季国体では少年の部は最後に日程が組まれている。

多くの選手は開会式に出て、自分の試合が終わると引き上げる。

社会人である成人男子の試合日程が先に組み込まれる理由である。


国体は県単位で選手団を派遣はけんするので成人に混ざって高校生も一緒に行動する。

俺は15歳から参加して、大人の先輩達せんぱいたちに色々なことを教わった。

すごくよい経験をさせてもらったと感謝かんしゃしている。

今年は2年生のエースが出場できなかったので高校生は3年1名、一年3名だ。

俺は初めて、下の連中の面倒めんどうを見ると言う立場に立たされた。

高一ははっきり言って餓鬼がきである。一言で指示が伝わらない。

準備も自分でできない。忘れ物はする。間違いは多い・・・俺はなんだかなつかしかった。

最年少で加わる事の多かった俺には新鮮しんせんな経験だ。


レイラは開会式には出ずに試合の前々日に宿舎に入った。

国体の選手団の中では勉強もできない。

ギリギリまで家で勉強して試合が終わると直ぐに帰宅するとことが了解されたらしい。

受験生と言うことが考慮こうりょされたのだろう。


通常のレースは2本滑って合計タイムで争うが、国体は一本勝負である。

インターハイの場合は前年の成績で出場人数が変わるが国体は変更が無い。

成績が良いと出走順位が早くなるくらいである。

国体会場に現れたレイラは一回り小さくなったようだ。

痩せて、顔色も悪い。

それでも、あの意地っ張りは32位と言う順位をたたき出して帰った。

俺はそれに負けるわけに行かない。


俺のゼッケン番号は42番、割とよいスタートだった。

かげで何とか20位に滑り込むことができた。

一年生に対しても、一応、手本を示す事ができたと思う。


俺は国体の終了でスキー部を引退する心算だった。

試合には出ても、高校の部活としては行動する心算つもりはなかった。

キャンプで世話になったスキースクールからも手伝いの要請ようせいが来ていた。

スキーとも大人の付き合いを始めなくては・・・俺は漠然ばくぜんと考えていた。



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