岐路《きろ》:それぞれの道へ
俺とレイラはそれぞれの目標を見つけた?・・・と言っても俺の場合は「人生の目標を探しに大学に行く」って感じだが・・・。
自分達の目標に向って順調な滑り出し・・・になるはずもなく、最初から事件勃発だ。
写真の裏に名前を書き、貼り付けて完成である。
俺は願書を書き上げた。俺は出来立ての書類を持ってお袋の書斎を訪ねた。
お袋は機関銃のような速さでPCを叩いていた手を止めて振り向き、俺の顔を見た。
「願書を書きました。提出しようと思います。」俺は改まった言葉で母に話しかけた。
「書類を確認しましょうか?」「お願いします」母も他人行儀な話し方だ。
俺はお袋に書きあがったばかりの願書を手渡した。
お袋は俺に背をむけ、机の上に書類を開いて目を通した。
次に俺を振り返り、「社会学を専攻することにしたのね」と口を開いた。
「はい、一番、自分で興味を持てそうな内容だったので・・・」
「そう、受験費用は?」「受験料を振り込んで控えを入れます。」
「私が行きましょうか?」「自分でやらせて下さい。明日は3時間で終わるので行って来ます」
「判ったわ、お願いします。チョッと待ってね。」
お袋は机から封筒を出し、受験料を俺に手渡した。封筒に何かメモをしている。
「レイラは推薦を考えていないのですか?」
「ええ、学校からはお話を戴いたけど、本人が受験するって言うから・・・」
「そうなんだ、推薦が受けられるならその方が楽なのに・・・」
「レオは楽だから、推薦を選ぶの?」
「それも有るけど、今、やりたい事があるからっていう方が強いかも知れない。」
「そう、やりたい事はできそうなの?」
「はい、高校最後の大会に全力でぶつかりたいから、大学を早く決めたいと思います」
「判ったわ、貴方の気持ちは、いいんじゃない」
「本当に?レイラみたいに受験したほうが良いと思いませんか?」
「幾ら双子だって、レオとレイラは別の個性を持っているのよ、同じであるはずが無いわ」
「よかった、それを聞いて・・・ヤッパリ、同じでないことに不安があったから・・・」
「そうかも知れないわね、本当に貴方達は仲が良いから・・・」
「そうかなぁ、普通だと思っていたけど・・・」
「小さい時から何時も一緒に居るという事は、普通じゃ中々できないことだわ!」
「そうだね。双子だから歳も一緒だし・・・」
俺とお袋は一緒に笑った・
「レイラは不安に思っていないのでしょうか?」
「多分、貴方以上に不安を感じているだろうと思うわ」
「アイツは俺に何も言わないけど・・・」
「受験勉強に自分を追い込む事で忘れようとしているんじゃない?」
「アイツは夢中になると他が見えなくなるから、気がつくと怖くなって泣くくせに!」
「そうね、貴方の言うとおり。小さい頃に迷子になった時も・・・」
俺は幼い頃に迷子になったことを思い出した。
レイラが「お母さんはこっちに行った」と俺の手を引っ張り、俺を引きずる勢いで歩いた。
追いついた人が母ではなく、よく似た服装をした知らない女性だと気がつくと、
俺にしがみついて泣き出した。俺も泣きたい気分だったが、泣く事もできず・・・。
レイラをなだめるのと、どうしようかと悩むのと少ない脳みそをフル回転で使った。
近くの人が気付いて、迷子のアナウンスを頼んでくれた。
俺はお客様相談窓口でもきちんと名を名乗り、母の名前を言った。
母が息を切らせて走りこんできた。レイラは母に抱きつきワンワン泣いた。
「しっかりしたお兄さんですね。きちんとお名前もお歳も言われました」
「ありがとうございます。レオ、偉かったわね。レイラを守ってくれたのね、ありがとう」
お袋に言われて、俺も泣き出した。俺は鈍いのだろうか?
その頃のお袋は今のように貫禄も無かったから、俺とレイラを両手に抱えるのは辛かったに違いない。
俺は大学推薦入試の手続きを完了した。
ヒマワリも推薦枠内ギリギリの点数で同じ学部に願書を出した。
試験は面接だけだ。・・・と言っても同じ敷地内にある大学なので緊張感が低い。
試験当日の10時に高校に集合して、10時半までに大学に移動する。
わざわざ、高校で集まらなくてもと思うが、俺達の信用が無いのか?教師が心配性なのか・・・。
当日、何時もはチャイムと共に教室に滑り込むメンバーも早めに着いている。
ネクタイを緩めている奴もいないし、Yシャツの裾を上着からはみ出す奴もいない。
学年主任の国本と各クラス担任が現れた。
俺は周囲を見回し、ヒマワリの姿が無い事に気がついた。
国本が学年で一番先に入試を受ける俺達に今更のように注意を始める。
俺は机の下でヒマワリにメールを打った。どうした、ヒマワリ?寝過ごしたのか?
ヒマワリはたまに遅刻することが有ったが、マークされるほどではない。
担任もヒマワリが来ていない事に気付き、連絡を取るために教員室に戻った。
俺達は大学に移動し、控え室で面接試験の手順について説明を受けた。
まだ、開始までに時間がある。
「トイレに行って良いですか?」おれは担当者に告げてトイレに向った。
ヒマワリに電話をかける。電源が切られているらしく電話に出ない。
どうしたんだ、事故か?トラブルか?俺はヒマワリに状況を知らせるようにメールを打った。
部屋に戻ると、直ぐに3グループに分かれて面接会場に案内された。
3名ずつ、順番を待ち、呼ばれたものが面接を受ける。
俺のポケットで携帯が震える。
俺は、「ちょっと・・・トイレ!」と担当に声をかけて移動した。
ヒマワリからである。「どうしたんだ」
「高山さんが倒れたの。・・・駅で人だかりがしてたの。高山さんに似ていたから覗いたの。
高山さんが倒れていて、救急車が来て、一緒に病院に来たの」
「何処の病院に運ばれたの?」俺は病院の名前を聞いた。「どうするんだ入試は!」
「私はもう間に合わない。小柳君は頑張って!試験が終わったら来てくれる?」
「判った」俺が電話を切ると案内の担当者が怖い顔で後ろに立って居た。
「君の番だよ」
俺は案内された面接室に入室した。高校で習ったとおりの手順で挨拶をして席に着いた。
3名の面接官が向かい側に座っていた、成績について若い面接員がいきなり、突っ込んだ。
「スポーツも良いけど学業も大事だから・・・」
もう一人の先生がさらに質問を追加した「何をしたくて大学に来るの?部活?」
俺は「やりたい事を探したくて大学に行く」と説明した。
・・・ヒマワリは大学で何をしたいんだろう・・・?
俺の言葉が途切れたのを見て、一番、年長の先生が質問した。
「どうしたのかな?何かいいたいことがあれば話してご覧」
俺は一瞬考え、3人の面接官の顔を見てから、息を深く吸い込んで一気に話し始めた。
「実は、今日、アクシデントがありました。
先ほど、一緒に受験を予定していたクラスメイトから電話が入りました。
ボランティアで訪問している、施設に通っている老人が駅で倒れたという知らせでした。
自分は救急車で病院に同行したと言っています。私もその老人を知っています。
家族と離れて一人暮らしの老人です。
今日の面接に向けて大学への志望動機を話そうと色々と考えて、まとめてきました。
でも、今は老人のことが気がかりでとても上手く説明できません」
「そうなの、大変だ。救急車で友人は付き添ったのかい?」「はい」
「誰なの?受験に来ていないんだろ?」「同級生の山崎君です」
「そうか、病院は何処なのか聞いたんだね?」俺が頷くと老教授は俺に言った。
「直ぐに行きなさい。そして、その方が落ち着いたら、僕の所に友人と一緒に報告に来なさい。
僕もその老人の事が気がかりだから・・・。早く行ったほうがよい」「はい。」
「僕は藤崎という。必ず報告に来なさい。大事にならないと良いが・・・直ぐに行きなさい」
「ハイ、藤崎先生ですね。判りました。失礼します。」
若い先生が何か言おうとしたが、俺が背を向けるほうが早かった。
俺はドアまで戻り、振り返ると、3人の先生にお辞儀をして部屋を後にした。
・・・「藤崎先生・・・」部屋の中で先生方の話し声が聞こえる。
俺の退室が早かったからか、案内の担当者が驚いたように俺の顔を見た。
親友のタカとすれ違った。彼が何か言おうとしたようだが、俺は先を急いだ。
大学の前で運よくバスに飛び乗れた。何時も駅まで15分を歩いている。
小学生しか乗らない通学バスである。しかし、バスなら5分で駅に着く。
俺はヒマワリにメールを打った。
駅では電話をしてみたが、ヒマワリは電話を切っているようだ。病院なら仕方ない。
電車の中で、再度、メールを打った。
市民病院に辿り着いた俺は、受付で救急車で運ばれた老人について尋ねた。
受付で案内されて俺は処置室に向った。
処置室の前のベンチに制服姿のヒマワリが座っている。
「ヒマワリ、高山さんは?」驚いたようにヒマワリが顔をあげた。
硬い表情が少し、和らいだ。
「小柳君、どうしよう・・・高山さんは私が判らないかも・・・話せないみたい・・・」
「意識はあるの?」「判らない、目は開くのだけど、何処を見ているのか・・・」
「今は?」「検査中だって、手術になるかも知れないから家族を呼ぶようにって・・・」
「家族と言っても困ったね」「柴田さんに連絡取れなくて、病院でも連絡してくれてる」
俺はヒマワリに並んでベンチに腰をかけた。
ヒマワリは膝の上でハンドタオルをギュッと握り締めた。
「俺、電話してこようか?」
ヒマワリからデイケアセンターの連絡先を聞くと俺は救急用玄関から外に出た。
センターに電話をしたのだが「今日は訪問先に柴田所長は出かけています。先方に連絡を取っていますが、2件目の訪問先に移動中のようです」と言う返事である。
ヒマワリが状況を知らせたので大体のことは判っているようだ。
万一、手術と言う話になっても俺達では何も判断できない。
柴田さんが捕まらなければ、どうして良いかが判らない。
俺はとりあえず、婆にメールで状況を伝えた。知恵があれば拝借しよう。
病院なので携帯の電源を入れられないことも書いておいた。
ヒマワリのところに戻り、俺は黙って横に腰を下ろした。
俺の様子からヒマワリは連絡が着かなかったことを悟ったらしい。
俺は小さい声で今日の状況をヒマワリから聞きだした。
中から出てきたナースが「高山さん」と俺達を呼んだ。
「ご家族ですか?」と尋ねるが、残念ながらご家族ではない。
「違います。付き添いです」ヒマワリが説明にならない理由を言った。
「ご家族はお見えじゃないの?」「高山さんは一人暮らしなんです」
「そう、それでお知り合いの貴女が・・・?」
「先生から病状の説明があります。お聞きになりますか・・・?」
ヒマワリが不安そうに俺を見た。
「お願いします」俺が答えた。「此方へ」
俺達が部屋に入り、医師が説明を始めた処へ柴田さんが飛び込んで来た。
柴田さんが来た事で俺達の肩が軽くなった。
医師の診断は「脳梗塞」であった。脳の血管が詰まったために意識障害が出ている。
詰まった血を溶かす薬を使うと言う説明だ。
危険な状態なので家族を呼ぶようにと言われ、ヒマワリが青ざめた。
柴田さんが看護婦さんと、家族への連絡方法について相談している。
高山さんは病室に移された。ICU(集中治療室)とかで付き添いはできない。
ガラスの向こうで点滴や酸素吸入など多くの管に取り巻かれ治療を受けている姿が見える。
『高山さん頑張れ!』おれは声に出さずに応援した。
柴田さんは高山さんの息子さんに連絡を取ろうとしたが、電話が通じないという。
「失礼ですが、高山さんの付き添いでしょうか?」
ICUの前で小柄で地味な中年の男性から声をかけられた。
地域の福祉を担当する公務員で、地域担当者と名乗る人が俺達の相談に加わった。
どうやら、俺とヒマワリでは役不足と考えたお袋が手配した援軍らしい。
役所の方で家族に連絡を取ってくれるようだ。
家族に連絡が着かない場合の手続きも代行してくれそうだ。
高山さんの容態は変わらない。呼吸と心拍数は落ち着いている。
意識がはっきりしない、うとうとしているようだ。当分はICUで治療が行なわれるらしい。
医師に「直ぐ急変する事はなさそうだから、暫く様子を見ましょう」と言われた。
俺達は大人二人に手続きを任せて病院を出た。病院を出ると大きな不安に襲われた。
「試験どうだった?」「判らない、途中で出てきたから・・・」「えっ!」
俺は面接の時のいきさつをヒマワリに説明した。
「学校に戻ろうか?」「学校って・・・?」
「面接の時に、担当の先生から友人と報告に来るようにって言われたんだ」
俺達はいつもなら下校する時間に登校した。高校の門を通り過ぎて大学の正門に着いた。
正門の守衛室で藤崎先生に呼ばれてきたことを話すと、守衛が電話で連絡を取ってくれた。
俺達は守衛室で渡された地図を片手に研究室を探した。
大学の構内には幾つかの殺風景な建物が建っている。
その中から、地図を頼りに先生の居る場所を見つけなくてはならない。
古いコンクリートの建屋に着いた。此処に先生がいるらしい。
入り口のカラス戸を押して中に入った。場所が正しいのか?誰かに確認しようにも人気が無い。
俺達は4階まで薄暗い照明の階段を上った。
両側にドアの並ぶ廊下がある。部屋番号とネームプレートを確認しながら進む。
奥から一つ手前で藤崎先生の名前を見つけた。
俺はヒマワリの顔を見て頷いた。ヒマワリはコクリト首を振った。
俺はドアを3回ノックした。「はい」中から返事が聞こえる。
「小柳です」「山崎です」俺が大きな声で名乗ると、ヒマワリが続いた。
「どうぞ」「失礼します」
ドアを開けて中に入り立ち止まった俺は部屋を見回した。
細長い部屋の両側に天上までの本棚が並び、びっしり本が詰まっている。
入り口の近くに長い机があるが、その上にも本が積んである。
「此方へどうぞ」と言いながら本の向こうで先生が立ち上がった。
俺達は積まれた本を崩さないように進み、勧められた折りたたみ椅子に座った。
本棚が迫ってくるので先生とは膝がくっつきそうだ。
「ご老人は落ち着かれたのかな?」先生は最初に尋ねた。
俺は高山さんが意識ははっきりしないが心臓と呼吸は落ち着いていると報告した。
「そう、それは良かった。君達も疲れたろう。コーヒーでも入れようか。インスタントだが」
先生は俺達の脇に置かれたテーブルに種類の違うマグカップを3個並べた。
「私が・・・」「嬉しいなぁ、君が入れてくれるの?」
ヒマワリは砂糖とミルクを尋ねると手早くコーヒーを作った。
「どうぞ!入れてもらってどうぞは可笑しいか?」先生に言われて、ヒマワリの顔が和んだ。
「老人が倒れた時は驚いたろう、よく付き添ってあげたね。」「ハイ、夢中でした」
「不安だったろうに・・・」「はい」ヒマワリは涙ぐんだ。
「ゴメン、泣かせてしまったかな、でも、素晴しいよ君達は・・・」
「よく、施設には行っているのかな?」先生は高山さんの事だけでなく施設のことを聞いた。
ヒマワリと俺が説明すると、ボランティアの関わり方や、仕事の内容を尋ねた。
将来、福祉に関係する仕事をしたいのかとも聞かれたが、ヒマワリは「ハイ」と言ったが、俺は「判らない」と答えた。
ヒマワリが将来のことを考えて施設に通っているとは俺も初耳だ。
一時間以上、先生と話たろうか・・・。
先生は帰り際に俺達が報告に来た事に礼を言い、高山氏が早く良くなるように祈っていると付け加えた。
俺達は、先生と話したことで何だかとても暖かくなった気がした。
大学入試に備えて、QA対策を考え、面接の練習をしたことが馬鹿みたいに思えた。
俺は見事に面接を放棄し、ヒマワリは受けなかった。
それでも、俺達はそんな自分に納得していた。
俺達は大学の門を出ると駅に向って歩き始めた。
俺達の横を車が通り過ぎようとして、ブレーキをかけ、停まった。
「レオ!」窓をあけて怒鳴ったのはお袋だった。
お袋はバス停に車を停め、俺達を乗せた。そして、チョッと待ってと電話をかけている。
漏れ聞くところでは、どうやら、俺達の事を話しているらしい。
「・・・今日は疲れているようですので、明日、改めて・・・失礼します」
「高山さんは意識が戻ったそうよ、麻痺は出ているようだけど・・・」
「えっ、本当ですか?」ヒマワリがホッとしたように叫んだ。
「誰から連絡がはいったの?」「柴田さんって言う方からよ!」
「今日のことをきちんと報告しないといけないけど、ヒマワリさん、お父さんにお会いできるかしら・・・?」
「いえ、父は出張に出ていて、来週まで帰りません。」
「そう、ではお父様には電話で了解を戴くから、うちにいらっしゃい」
ヒマワリはチョッと考えてから答えた。「はい、でも父にはメールで知らせます」
「判ったわ」お袋はそのあとは家に向って車を転がした。
家に帰ると、台所には兄貴が居た。
「おや、ヒマワリちゃん、久しぶりですね。」「はい、こんばんわ」
兄貴は手際よくサラダを作っていた。
「ヒマワリちゃんはビーフシチューは好きですか?」「はい、大好きです。」
俺達は、手を洗うと、兄貴を手伝って食器を並べた。
「言い匂い!」レイラが現れた。「こんばんわ」ヒマワリが声をかけると、
「こんばんわ!来てくれたの、嬉しい!!」と声が高くなる。
「レイラ、ヒマワリさんに後で着替えを貸してあげて!」「は〜い!今、着替えない?」
「いいえ、大丈夫です。」「俺も腹ペコだ〜!」俺達は制服のまま食卓についた。
俺達は食事をしながら、今日のいきさつを話した。
大学の先生に報告に戻った事を話すと、お袋が「先生は何と言ったの?」と尋ねた。
高山さんの事を心配して、良くなるように祈っていると言われたことをヒマワリが報告した。
母が、高山氏が意識を回復したという情報が柴田氏から入った事を告げると、皆もホッとした。
「あれ!」レイラが素っ頓狂な声をあげた。「どうした?」
「あの、ヒマワリさんもレオも今日の入試は・・・どうなったの?」
「私はパス」「彼女はDS(棄権)、俺はDF(途中棄権)」
「何なのそれって・・・」
「でも、済んだ事だから・・・」ヒマワリはあっけらかんと答えた。
俺も、同じような気持ちだった。
「ところで、お袋はなぜ、あんなところに居たわけ?」俺が尋ねると・・・。
「学校から呼び出されたのよ!中学の3者面談以上のヒットだったわ!」
入試に来なかったヒマワリと、面接を途中で飛び出した俺のことで高校は大騒ぎとなったらしい。
「で、どうなった訳?」俺は他人事のように母に尋ねた。
どうやら、柴田さんから連絡が入り、初めて事情が高校に伝わったらしい。
事情は判っても、肝心な俺達が何処に居るのか判らない。
先生達は俺達を探して、大騒ぎでになった。同じ校地に居たのに・・・。
いずれにしても明日は大変そうだ。明日に備えて、腹ごしらえだ!
考えてみたら、朝食べたきりで何も口にしていない。
俺は兄貴の作ったビーフシチューを3杯もお変わりし、ヒマワリもお変わりをした。
「だって、とても美味しいから・・・」ヒマワリは頬をそめて言い訳をいった。
兄貴は料理の腕を誉められてチョッと嬉しそうだ。
でも、兄貴の料理はプロに負けないと俺は思っている。
食後の珈琲は俺が入れた。
珍しく、レイラがヒマワリと一緒にお袋の荒い物を手伝っている。
珈琲を飲みながら、俺とヒマワリの話で盛り上がった。
高山さんの容態が良い方向に向っていると聞いて安心したのかヒマワリも饒舌だった。
こんなに話ができるとは知らなかった。俺はヒマワリの別の顔を見た気がした。
「そろそろ、お風呂に入って寝なさい。明日は高校に説明に行くのでしょう」
お袋に言われるまで、俺達は話し込んでいた。
「ヒマワリさん、私のスエットでいいかな?」「ありがとう、お借りします。」
「一緒にお風呂に入らない?」「えっ!うれしい!」
「俺も!」と言った途端に二人から冷ややかな目で睨まれた。
「レオ、お前は俺と入ろう!」兄貴が言うと、二人はコロコロと笑った。
久しぶりにヒマワリの屈託の無い笑顔を見て、俺はホッとした。
最近、すっかり口数の減ったレイラも今日はとても楽しそうだ。
翌日は朝早くから学校に行き、待ち構えていた学年主任と担任に事情を説明した。
俺達の報告をメモを取りながら聞いていたところを見ると報告書でも作るのだろうか。
午後の2時に合格発表がある。報告をした時に担任に帰宅してよいかを尋ねたが「NO」と言われた。
駄目だとわかっている発表を聞きに教室に行くのは気が重かった。
俺達は大学の食堂と図書館で時間を潰してギリギリに教室に入った。
普段なら一緒に教室に入るなどという事はしないが、今日は別々に入っても同じだろう。
案の定、部屋に入ると俺達にクラスメイトの視線が突き刺さる。
俺もヒマワリも沈黙を守った。
俺達が集合している部屋に学年主任が現れると、昨日の結果について話を始めた。
「今回の入試では面接で不合格と判定された者が男子に1名居る。」と言った。
男子1名と聞いたクラスメイトが俺のほうを見た。
「各担任が結果を手渡すので、合格者は大学入試課に行き、手続き書類を受け取り帰宅する事」
そして、俺とヒマワリが呼ばれた。俺達は胸を張って学年主任について部屋を出た。
主任の向ったのは教員室ではなく校長室だった。
俺達が部屋に入ると校長は机の前に座っていた。学年主任は俺達を校長に引渡して立ち去った。
俺達は叱られるような事をした覚えは無い。校長に呼ばれた理由がわからなかった。
生まれた初めての校長室で、校長は部屋に置かれたソファーに座るよう言った。
「失礼します」俺達は指示に従った。校長は俺達の前に座ると口を開いた。
「試験の当日、何が起こったのか君達の口から聞きたくて来て貰ったんだよ。」
当日の話は担任や学年主任に報告している。校長が知らないのだろうか?
怪訝そうな顔をした俺達に説明した。
「報告は聞いているけど、君達の話を直接聞きたくてね。僕にも話してくれないかな?」
「ハイ」
俺は当日、時間になってもヒマワリが来なかった事から連絡が取れたところまでを話した。
続いてヒマワリが朝起こったことを説明した。
俺はヒマワリの話を引き継ぎ、面接の場で事情を話して病院に向った事を説明した。
その後、福祉関係者にお願いして病院を出て、大学に報告に来た事も話した。
俺達の説明を先生は頷きながら聞いていた。俺達の話が終わるとヒマワリに一言、尋ねた。
「大変だったね。君は入試の事が心配じゃなかったの?」
「気にならなかったかというと嘘になります。でも、そんなこと考える余裕が有りませんでした」
「そうか、そうだよね。では、小柳君は?」
「僕も大変な事が知り合いに起こっているのに山崎一人に任せておけませんでした」
「そうか、そうか、うん、うん」何故か校長は嬉しそうに頷いている。
「君達は僕の自慢の生徒だよ」と俺達を見て笑った。そして話を続けた。
「先生はさっき、大学に行って学長とお話してきたんだ。
君達は学院の望むキリスト教教育を受けて育った自慢の生徒だ。
自分の不利益をかえりみず、人に尽くした事は本当に立派だと思うよ。
僕はそれを学長にお話しようと思ったんだ。」
『ふ〜ん、良いとこあるじゃん。校長先生!』(心の声)
「ところが僕が言い出す前に、藤崎教授から君達をたいそう誉められてね!」
『なに?藤崎教授!』(俺は驚いた・・・藤崎先生は学長だったのか・・・?!)
「学長はね、『人間的に立派な事をした君達を大学は喜んで受け入れたい』と言ってくれたんだよ!」
校長はニコニコを通り越して、クシャクシャの笑顔で僕達の前に封筒を置いた。
「でも、私は面接にも欠席しました」ヒマワリが悲壮な声で言った。
「藤崎教授は自分が君達と面談した結果を報告して教授会の承認を得てくれたそうだ。
教授会のメンバーからも二人の扱いについて反対の声はなかったとか・・・。封筒を開けてご覧。」
俺達は顔を見合わせ、殆ど同時に封筒を開いた。
中から出てきた合否通知書類には受験番号と名前が記載され、「合格」と印字がされていた。
俺は校長とヒマワリに見えるようにヒマワリは俺に見えるように広げて校長に見せた。
「おめでとう」校長に言われ、「ありがとうございます」と答えたものの何か信じられない。
ヒマワリは驚きで涙がこぼれそうになっている。声が出せずに深くお辞儀をした。
俺達はふわふわした気分で校長室を後にした。
校長室から出て、事務室の前を通りかかると、お袋と担任が話をしている。
「あっ、小柳君、山崎さん」担任が俺達を呼び止めた。
「先生」俺は説明できずに、封筒から合格通知を取り出して提示した。
ヒマワリも俺にならった。
「まぁ、校長先生が大学にお話してくれたの?」お袋も驚いている。
「うん、学長に話に言ったら、学長が合格にしてくれていたんだって」
俺は怪しげな日本語で説明した。担任がメガネをずらせて目頭を押さえた。
「そっそううか・・・良かったなぁ。本当によかった。おめでとう。」
俺達は手続き書類を取りに大学に寄り、お袋の車で家に戻った。
お袋からは柴田さんから電話をもらった校長が、「大学に事情を説明に行く」と言い出したいきさつを聞いた。
再試験を受けられるように手配したいと校長から連絡を受けて高校に出向いたと言う。
「藤崎学長、流石ね!」お袋に言われて「お袋は藤崎先生が学長だって知ってたの?」と聞き返した。
「いやだ、レオったら、藤崎教授が学長だと知らないで報告に行ったの?」
「・・・あの・・・私も知りませんでした。でも、知らなくて良かった。偉い先生だと知っていたら何も話せなかったとおもいます。とても優しい先生でした。」
「嫌だわ、貴方達は受験する大学の学長の名前も知らなかったの?呆れた!」
お袋はバツの悪い顔をしている俺達を見て、大声で笑った。
「ヒマワリさんは、直ぐにお父様に報告しなくちゃね」「はい、さっき電話しました。父も驚いています。」
「今日も泊まりなさいよ!必用な物があったら家に取に寄ってあげるわ」「いいえ特に何も!」
「そう、着る物もレイラので間に合うわよね。私からお父様に泊まっていただくと連絡するわ」
お袋は何時もと違う道を走っている。あれっと思っていると市民病院の駐車場に乗り入れた。
俺達は高山氏の入院するICUに向った。
母が柴田さんから聞いた様子を教えてくれた。
高山氏は大分落ち着き、経過も良いらしいが、右半身に麻痺が出ている。
ICUの前に着くと柴田さんが知らない男性と話をしていた。
俺達が挨拶すると、見知らぬ男性が答えた。
「ありがとう、父を病院まで運んでくれたと聞きました。本当に君達が居なかったら・・・」
目が点になっている俺達に柴田さんが、大阪の息子さんに連絡が取れて昨夜、駆けつけたと説明してくれた。
お袋は面会を遠慮して外で柴田さんと話して居ると言う。
俺とヒマワリは靴をスリッパに履き替え、手を消毒して高山さんを見舞いにICUに入った。
高山さんは呼吸の補助器具のため話はできないが、ヒマワリの顔を見て嬉しそうに頷いた。
俺が左手を握ると、しっかり握り返した。高山さんが答えてくれたことで俺は凄く安心した。
全てが良い方向に向っている。俺は感じ取っていた。
家に帰ると兄貴がお袋に合図を送った。お袋がにっこり笑った。
「お帰りぃ〜!」階段を下りながらスエット姿のレイラが現れた。寝起きらしく髪がボサボサだ。
ヒマワリの顔を見ると「あっ、ごめんなさい!こんな格好で!」慌てて、髪の毛を押さえている。
「レイラ、食事に行くから、ヒマワリさんに私服を貸してあげて!」「食事に行くなんて、何かあったっけ?」
「お祝いよ!二人の!」「えっ、もしかして合格したの?うそ〜!何で直ぐに知らせてくれないの!おめでとう!」
レイラはいつもどおり、俺に抱きつき、背中をポンポンと叩いた。
「なに言っているんだ、俺が声をかけても起きなかったくせに・・・」兄貴に言われ、ばつが悪そうに首をすくめた。
「ヒマワリさん、おめでとう!今後もレオを宜しくね!」「はい」ヒマワリはあっけに取られている。
そりゃそうだろう、若い男女が人前で抱き合って、兄妹でなきゃ事件だ。
「おかあさん!メイクしていいかな!」レイラの問いに叱り付けると思ったおふくろは意外な回答をした。
「今日だけね!」「ラジャー!!ヒマワリさんこっち来て!!」
会話に加われずにあっけに取られているヒマワリはレイラに拉致された。女同士、任せておこう。
俺は、シャワーを浴びて、スエットに着替えた。
まさか、スエットで行く訳にはいかないが・・・、ひとまず、俺はベットに転がった。
何だか、昨日、今日とめまぐるしく周囲が回っていて、夢でも見ているような感じで現実感がない。
頭の中が整理できずにぐるぐるしている。まあ、結果オーライって処だろうか?
俺は19時5分前に飛び起き、クローゼットを開いて、タートルのシャツとスラックスに着替えた。
チョッと迷って、上着を着ないで部屋を出ると、部屋を出ようとしている兄貴と鉢合わせした。
「レオ、上着を着て来い。ご婦人方に失礼だろう!」「チョッ!」
俺は仕方なく部屋に戻りクローゼットからブレザーを引っつかんで居間にむかった。
母は柔らかい生地のロングドレスに着替えている。婆がこんな衣装を着るのは誰かの誕生日かコンサート、クリスマスぐらいだ。
「おまた〜ぁ」レイラが現れた。
ピンクのワンピースに赤いボレロ、髪の毛をアップにしているためか、薄い化粧のせいか大人の女性のようだ。
我が妹ながら、中々美しい。美人の妹の姿に俺は大満足である。
レイラの後ろに隠れるようにヒマワリが立っている。俺はヒマワリを見て、固まった。
「変でしょ!私に似合わないよね!」ヒマワリが俺に言った。絶句!
クリーム色のワンピースが色の白いヒマワリによく似合っている。
髪をアップに結っているだけでも大人っぽいのに、口紅をつけているので凄く綺麗だ。
レイラはどちらかと言えば中性的なあるいは外国人にも間違われるような、スッキリした美人だが、ヒマワリは優しいヤマトナデシコという雰囲気である。
「レオ、鼻の下が伸びてるよぉ〜、お口もあんぐり!」レイラに言われて我に返った。
「レオはヒマワリさんに見とれているわね」お袋にまでからかわれた。
「うん、すごく綺麗だ」俺は本気でヒマワリに言った。
「本当?可笑しくない?」ヒマワリは自信なさそうに俺の顔をみた。俺が頷くと恥ずかしそうに微笑んだ。
「おい、レオ、お前がエスコートしないなら・・・俺が変わろうか?」
「からかわないでよ兄貴まで!車は誰が運転するの?」「俺が転がす」
家の前に車が回してあった。手回しの良い、兄貴らしい。
兄貴が運転席の後ろのドアを開きお袋を乗せている。
俺は紳士らしく後部ドアを開き、レイラとヒマワリを乗せた。そのまま助手席に座る。
兄貴が車を出した。
俺達が向ったのは家族の記念日にディナーで使う、近くのホテルにあるステーキハウスである。
兄貴が予約をしたらしく、直ぐに奥まったテーブルに案内された。
窓から港が見える良い席である。テーブルの上にはキャンドルが置かれている。
ウェイターが母に何か小声で尋ねている。
母は何か小声で話していたが、ヒマワリの方を向き、尋ねた。
「特に好き嫌いがないって前に伺ったけど、任せていただいて良いですか?」「ハイ」
母の指示なのか、直ぐに飲み物が運ばれてきた。
可愛い、カクテルグラスである。でも、ノンアルコール!何時もの通りだ。
兄貴も運転があるので同じだ。お袋は・・・?見かけは変わらないのだが・・・。
「ヒマワリさんとレオの合格を祝って乾杯!」母に言われて俺達は乾杯した。
合格と言われても、なんだか、まだ実感がわかない。
オードブルを食べながら兄貴が「実感が沸かないって感じかな?」ずばりと指摘した。
「面接も受けないで合格なんて・・・夢でも見てるのかな?」ヒマワリが言った。
「大丈夫、現実だから、美味しいでしょ?」・・・とレイラが言うと、
「でも、何か竜宮城に来ているみたいで・・・」とヒマワリ。
「竜宮城?」兄貴に聞かれて、「だって、どれもがとても美味しくて・・・帰るとお婆さんになっていたりして・・・」
思わず、笑いがこぼれた。
お袋が改まったように言った。
「レオ、ヒマワリさんも、明日は書類を確認して、手続きに必用なものを揃えなさいね。」
「母さん、俺は大学の手続きが終わったら、秋のカナダキャンプに参加したいのですが・・・」
「3連覇目指して頑張るのね。」「はい」
「判ったわ、スケジュールを提出して、可能な範囲で協力する」
「ありがとうございます」「ただし、レオ、レイラの受験は、兄として協力してね。」「・・・」
「レオは私の邪魔をしない!ってことでしょ!」レイラに言われて俺はむっとした。
「レイラは自分のペースを作りなさい」お袋に言われてレイラは「はい」と言って舌を出した。
「レディがはしたない。百年の恋もさめてしまう」兄貴に言われ皆で大笑いとなった。
俺は県大会3連覇に向って始動である。レイラは受験に向けてまっしぐらだ。
今日から、俺達双子はそれぞれの目的に向って別の道を歩き始める。