表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

悩める受験生達

高3一学期の半ばで医学部受験を希望する妹。

今だ、進路も目的も決まらない同じ年の俺。

俺たちツインズの共通点は奇想天外ってところか?

流石の俺も焦りと苛立ちが・・・。

高3一学期のなかばで医学部受験に切替きりかえた妹。

今だ、進路も目的も決まらない同じ年の俺。

俺たちツインズの共通点は奇想天外きそうてんがいってところか?

今の時期に医学部に進路変更をしたレイラも進路の決まらない俺も規格外きかくがいと言われている。


まず、妹のレイラの担任は・・・。

3者面談でレイラの進路に関する意思表示いしひょうじを聞き白黒させたらしい。

奴の場合は進路希望しんろきぼうではない、意思表示である。

そこで助けを求めた相手がお袋では・・・相手が悪すぎる。

「お母様はどのようにお考えで・・・」

うったえるように話をった担任の思いは気の毒にも裏切うらぎられたらしい。

「娘の人生ですから、本人の望むようにと考えています。」

「で、志望校も決まっているの?」「目指すはT大です。先生」

「ええっ!いくら君の成績でも・・・」「無理ですか?」

「だって、医学で・・・」

「まぁ、センター試験の成績を見て最終的な判断はんだんをしますから・・・」

レイラのペースにすっかり巻き込まれて、持ち時間は終了した。


夕食の時に、レイラが楽しそうに三者面談のことを話している。

内容の報告というよりも、担任の観察記録かんさつきろくとでも言ったところだろうか?

お前の事なんだぞ!判っているのか?他人事のように楽しんで・・・。

お袋がレイラに声をかけた。

「レイラ、貴女はサイを投げたのよ」「ウン」

「後には引けないのよ!」「判っている」

「ならいいわ!応援するから!」「ありがと!」

「俺も支援はいとわないぞ。数学と物理なら任せろ!」と兄貴。

「は〜い!頼りにしています。」

俺もレイラの兄貴あにきの一人なのだが・・・。[沈黙ちんもく]

年も同じ、成績は妹の方が数段上すうだんうえときている。

教わる事は多々あっても、教えられるのは体育だけ!

・・・と言ってもレイラの通うお嬢様学校ではやつでも体育はトップだ。

精々、じゅくで遅くなった時のおむかえぐらいなら俺にもできるか・・・。


お袋が俺の方を向いた。

「ところでレオは来週の月曜だったっけ?」そら来た!

「ウン!忙しければ来なくても良いよ!」おそおそる答える。

「お袋の変わりに俺が行ってやろうか?」と兄貴あにき

とんでもない、兄貴になんぞ来られたら、担任にまた、比較ひかくされる。

「お前の兄貴は良くできたな!」と毎年のように新しい担任に言われ続けた12年。

兄弟で同じ私学というのも良ししである。

私学の先生は異動いどうがほとんどない。教師の10人中9人は兄貴を知っている。

俺がどんなに体育ができても兄貴とは比べられないが、主要な学科では全科目で比較される。

あまりにレベルがちがって比べようが無いと思うのだが・・・。

新しい担任は必ず兄貴と比較ひかくする。

「レオを一人で三者面談さんしゃめんだんに行かせて、また、担任から電話が掛かってくると困るから・・・」

ヤバイ、古傷に触れられた。

「あれは、有名な話だぞ、伝説になっているなぁ〜」と兄貴に言われてどきりとした。

「何で知っているの?」俺は兄貴が知っているとは思わなかった。

「文化祭の時に話を聞いて、すごい奴がいると思ったら弟だった。俺の身にもなってくれ!」


妹と違って、成績がかんばしくなかった俺は小学校の時に担任によく言われた。

「皆と一緒に中学校に上りたいならもう少し、頑張って勉強をしないと・・・」

小学校6年生の受験期に成績が悪い俺は先生から「公立に転校するの?」とおどされた。

中学3年においても成績は低迷ていめいし、同じような状況であった。

3者面談の日程をお袋には知らせず(どうせ忙しい)、俺は担任と二人で話し合った。

担任が余りにしつこく「この成績では高校への進級が難しい!」を繰り返すので俺はキレタ。

「もういい!頼まれたって行くものか!」俺は格好かっこうよく台詞ぜりふを残して教室を後にした。

その後が大変だった。担任は校長ではなく俺のお袋に電話で話し、泣きついた。

お袋は担任とかなりの長時間、話をする事になったらしい。

俺は帰宅したお袋に久しぶりにしかられた。

しかし、その叱り方が少し違っていた。

「レオ、貴方は何年、生徒をやっているの?」「・・・」

「先生は初めて担任を受け持って、本当に一生懸命いっしょうけんめいやっているんでしょ!」「・・・」

「中学の教師になったのだって去年だから、貴方あなたより後輩こうはいでしょ!」「???」

「一生懸命にやっている人の気持ちには真っ直ぐに答えなくては駄目だめ卑怯ひきょうよ!判る?」「はい」

確かに担任は張り切り過ぎて、女子からはウザイと言われていた。

俺も一生懸命の押し売りにいささかウンザリしていた。

俺は担任が俺の思いがけない反撃はんげきにすっかり自信を失くしたことを、お袋に言われて知った。

お袋は「いろんな経験を積んで自分をきたえて行かなくては本物の教員にはなれない」となぐさめたらしい。


「ねぇ、レオったら、高等部に進学できなかったらどうする心算つもりだったの?」とレイラ。

「俺、公立に行けば良いと思っていたから・・・」

「そうよねぇ!流石さすが、私の子だと思ったわ。受験があることも知らずに・・・」

お袋も笑っている。

「うん、だって高校って誰でも何処どこかに入れるって思っていたから、駄目だめなら、公立があるって・・・」

「教師の自信を失くさせる息子も息子だけど、その相談に親が乗っているのだから・・・」

兄貴に至ってはあきれているというところだろうか?

「でもね、生徒と一緒に経験を積んで、教師も育って行くものでしょう。最近は何でも完成品を求めて、人を育てる環境かんきょうが無いから・・・」

今、思えばお袋が先生と同じことを言ったら俺はますます意地いじになっていたと思う。

確かに生徒から見ていると、若い先生が一生懸命すぎて、生徒に伝わらずに空回からまわりという事は多い。

当時の担任も初めて受け持ったクラスで、一人の落伍者らくごしゃも出したくないと必死ひっしだったのだろう。


お袋の話は幼いときにも聞いた。スキー場で小さい時に言われたのと同じ意味だった。

気持ちよくゲレンデを飛ばしていて、接触せっしょくしそうになった時に言われた言葉が印象深いんしょうぶかい。

「大人だからけてくれるんじゃないの。技術があるなら貴方がゆずりなさい」

お袋は年齢とは関係なく、一生懸命いっしょうけんめい精一杯せいいっぱい取り組む相手あいてとは正面しょうめんから向き合わないと卑怯ひきょうだとしかった。

その代わり、どんな事をした場合でも必ず俺の話を聞いた。

たとえ、上手うまく説明できくても「卑怯ひきょうな事していない?」と俺の目を見てたずねた。

俺が「ハイ」と言えば、お袋はそれだけで「わかったわ」と信じてくれた。


いよいよ、3者面談の当日・・・。

指定の時間ぴったりにお袋はあらわれた。

お袋が間に合わないと悪いので順番は一番最後に入れてある。

俺が最初に最終枠さいしゅうわくに名前を書いたら、全部がまらず一人前は空白になった。

俺の担任はお袋がこわいのか、前にめろとは言い出せないらしい。

俺は廊下ろうか椅子いすすわっているが、担任は教室の中で座っている。

教室のドアが開いているから俺と担任はしばしば目が合う。

お袋の姿を見て俺は担任に合図あいずおくった。彼はうなずいた。


俺とお袋を前にして、担任の第一声だいいっせいが・・・。

「小柳君からは進路希望しんろきぼうが出ていないけど、決まったかな?」

何とセンスのないりなんだ。決まっていれば出している。

「いいえ!」「もう決めないと間に合わないですね。お母様はどうお考えでしょうか?」

俺の担任も助けを求める相手をあやまったようだ。

「先生、息子の成績でも進路の希望が決まれば今から間に合うのでしょうか?」

担任は思わぬ、発言はつげんに目を白黒である。

「そりゃぁ・・・可能かのう範囲はんいがあると思いますが・・・」

「そうでしょうね。今から医学部とか、国大受験とか言い出しても無理ですよねぇ」

おいおい、レイラと俺は違うぞ!混同こんどうしないでくれ!

流石さすがの俺でも今から国大受験とは言い出さないよ」お袋をとがめると・・・。

「あ〜良かった。少しは現実げんじつが見えているようですね。先生!」

担任はコメントもできずにオタオタしている。

結局、担任は準備をしていた資料を俺にわたして、言った。

内部推薦ないぶすいせんしければりはここに書いてあるから・・・」

なんだ、最初から内部推薦ないぶすいせんしか無理むりだという事か?

いや、ぎゃく内部推薦ないぶすいせんをもらえる成績せいせきだという意味かな?

ノー天気な俺は何でも良い方に解釈かいしゃくするのが得意とくいだ。

「先生、俺、どの学部でも推薦すいせんしてもらえるの?」

成績せいせき基準きじゅんたしていれば推薦すいせん可能かのうだけど、希望学部きぼうがくぶがあるのかな?」

「例えば、工学部とか・・・」「プッ」お袋がき出した。失礼しつれいやつだ!

「えっ、法学部に行きたいのか?」「いいえ、工学部と言いました。」

「君が工学部???工学部は確か数学が・・・」

俺は物理は好きだが数学は苦手にがてだ。大体、高1でりてからは数学は取っていない。

ヤッパリ工学部は無理だろう。

「君は理系への進学を希望しているのか?」「いいえ、まだ、何処どことも・・・」

彼にはジョークが通じないらしい。

推薦すいせん希望きぼう仮登録かりとうろくして、成績せいせき上位者じょういしゃから大学の受入人数分を推薦すいせんする仕組しくみだから」

担任は内部推薦の規定きてい一息ひといきに言い切ってホッとしたらしく続けた。

得意科目とくいかもくたしか・・・」「体育です。」俺は彼の言葉ことばを引き取った。

担任は次の言葉を見失ってオロオロしている。

そこで婆が見事なホローだ。

「まぁ、何もないより良いですよね、先生!」

「はぁ!」彼は返事とも溜息ためいきともつかない音を発した。

「良く考えて、ご家族とも相談して方針を決めてください」

と間の抜けた言葉で会話が終了した。


婆の車に便乗びんじょうして帰る途中とちゅうたずねられた。

「レオはまだ、方向が決まらないの?」「ウン」

「そう、あせる事はないけど、受けたい大学が決まったら教えてね」

「はい」と答えて俺はかたまった。

焦る事はないって、どういう意味なんだ?だれもが方針ほうしんを決め、受験体制じゅけんたいせいに入ったのに!

これだけ出遅でおくれているのに、お袋は何故なぜあせる事はないというのだ?


そのばん食事しょくじせきで3者面談が話題となった。

俺はとうとう我慢がまんできなくなってたずねた。

「かあさん、車の中であせる事ないって言ったでしょ?どうして?」

「だって、決めるのは貴方あなただし、貴方の人生じんせいだし、人生80年もあるのに・・・何をあせるの?」

「はぁ〜?だって、皆、大学決まっているよ、もう決めないとおそいって言ってるよ!」

「人は人、べつに大学だけが人生じゃない」

「俺だって、大学に行きたい!」

「何しに?」兄貴に聞かれて俺は言葉がまった。

就職しゅうしょくって選択肢せんたくしはないわけ?」レイラまでが便乗びんじょうしている。

就職しゅうしょくいやだ!(大学に行って遊びたい!)」俺は後ろ半分をんだ。

どうも形勢けいせい不利ふりだ。「受験を前提ぜんていとした場合にたしかに時間がきびしいな」と兄貴。

「それは、日本の大学に進学する場合でしょ?」・・・何ぃ!何を考えているお袋は!

「そうか、レオ留学りゅうがくすれば?カッコイイじゃん!私、休みに遊びに行くから・・・」

なんだか、家族全員から俺はいい標的ひょうてきにされているみたいだ。


その夜、俺はお袋の書斎しょさいたずねた。

パソコンに向って機関銃きかんじゅうのようにキーボードをたたいていたお袋が手を止めた。

「かあさん。俺、やりたい事を見つけるために大学行きたい」「そう」

「何になるかも決まってないし、やりたい職業しょくぎょうとくにないけど大学に行っていいかな?」

「うん、いいんじゃない!18歳で本当にやりたい事が決まる方が少ないでしょ!」

あまりに、あっさりと答えられて、俺はホッとしたというより、力がけた。

何だか、明日の事でピリピリしていた自分が馬鹿ばかみたいに思えた。

兄貴のように好きな科目があるわけではない。レイラのように希望する職業もない。

すご半端はんぱで何も決まってなくて、俺は自分がなさけない。

でも、お袋の言うように高校生の何割が自分の将来しょうらいの職業や方向を決められるのだろう?


好きな科目は体育だけだが、きらいでない科目はある。

大学に進んで専門的な講義を受けるには嫌いでない科目を選択する必要がある。

俺は担任から受け取った資料を広げた。

大学の学部だとか学科だとか言われても何が何だか判らない。

もう少し判りやすい命名めいめいだと良いのだが・・・。

A大学の○○学科とB大学の△△学科は教育の中身は似ているのに名称めいしょうはまるで違う。

大学の学部とか学科は好き勝手かってに付けても良いのだろうが高校生には理解りかいしにくい。

高校だと工業高校とか商業高校とかわかりやすい。

経営学と経済学の違いはわからないが、工学部のように機械とか建築だと想像そうぞうはできる。

俺としてはめずらしく夜中まで文字を読み続けたが、あまり自分では納得なっとくできずに資料を閉じた。


学校に行っても何となく落ち着かない。

回りの誰もが目的に向かって、進んでいるように見えるのは俺の欲目よくめだろうか?

今まではスキーという部活のせいにして逃げていたのだが、もう逃げ場が無い。

英語は嫌いではないが、文学には興味が無い。

体育は好きだが「体育を職業にするのか?」と聞かれるとその気はない。

何もかもが思い通りに行かないような気がする。

周囲の誰もが上手く行っているように思える。

家に帰れば、兄も妹も母親も夫々が目的を持って生活している。

嫌だ!嫌だ!何もかも面倒めいどうくさい!

「ウザイ」という言葉が今の俺の気持ちだ。

昼休みにサッカーボールをるのが俺の目下の気晴らしだ。

それも、だんだんメンバーがってきている。

下級生達からは「なんで高3が居るんだ!」とうとまれているのはわかるが・・・。

それでも俺達は昼休みにコートを占拠せんきょし続ける。


夕食では久々に家族全員がそろった。

食事の後、めずらしく部屋にもどらずにレイラが兄貴をつかまえて話をしている。

加わろうかとのぞき込むと、数学の証明方法を議論ぎろんしているではないか・・・。

数学なんて・・・とんでもない。俺はソファーに座り、テレビを付けた。

リモコンをもて遊び、チャンネルをくるくる変えたり、音声を切り替えたり

洗い物をしながら、婆が声をかけた。「レオ!良かったら珈琲コーヒーを入れてくれない?」

「何で俺なんだよ!」思わず言い返した俺の声は自分でもおどろくほど大きかった。

全員の視線しせんを感じながら、俺は自分が居場所いばしょうしなった事に気付いた。

「ちょっと出かけてくる」俺は飛び出した。

「レオ、どうしたの?」妹レイラの声がドアのむこうに消えた。

自転車に乗った俺は何となく隣町となりまちに向かっていた。何がしたかった訳ではない。

自分がコントロールできずにいる、そんな自分に嫌気いやけがさしていた。


走り始めて直に俺は財布さいふも持たずに飛び出した事に気付いた。

まぁ、いいだろう。頭を冷やして帰れば・・・居間の電気が消えた頃に戻ろう。

家の前の道を何時もとは反対の方向に何となく走り続けた。

風を切って走っているともやもやしたものが吹き飛ぶような気がする。

俺はひたすら自転車をいでいた。


あれっ?前を歩く制服せいふくは俺の学校の生徒だ!俺は速度を落とした。

ユックリと俺が近づくと前を歩いていた女の子は走り始めた。

ヤバイ、おどろかせたかな?俺はチョッとあせったが、後姿うしろすがた見覚みおぼええがある。

「ヒマワリ、だれかと思ったらヒマワリじゃないの!」俺は大声で呼び止めた。

彼女が止まって振り返った。やはり同級生のヒマワリだ。

彼女のこわばった顔が、俺だと判って、ホッとした安堵あんどの表情に変わった。

「どうしたの?こんな時間に?」「うん、ちょっと・・・」

「こんな人気のない場所を女子が一人で歩いていたらまずくない?」「・・・」

「まぁ、言いたくないなら無理に聞かないけど・・・送るよ!」

俺は自転車を降りてヒマワリと並んで歩き出した。

「お家を探していて、迷子まいごになっちゃった!」ヒマワリが笑った。

だれの家?」「ウン、ちょっと・・・」

「で、見つかったの?」「駄目だめ、見つからなかった」

「そう、一緒いっしょさがそうか?」「ありがとう、でも、いいの」

「本当に?」「うん、この時間にたずねたら迷惑めいわくだし・・・」

「そりゃ、この時間に尋ねるのは迷惑かな?!」「明日、会えると思うから・・・」

「えっ?明日会えるならいいじゃない!」「うん、できれば今日、あやまりたかったから・・・」

「そう、ゆるしてくれるよきっと!」「うん」

俺はそれ以上、聞いては悪い気がして話を変えた。

「進路は決めた?」言ってしまってから、墓穴ぼけつを掘ったことに気が付いた。

「別に〜ぃ!」「えっ、決まっていないの?」

「だって、私、勉強できないから選べないよ」「・・・」

確かにヒマワリは学校の成績が良い方ではない。

でも、サボっていてできないと言うわけではない。

要領ようりょうが良くない。勉強に対して熱心でない事は俺と同じだ。

「小柳君は?」それ来た!「俺も決まっていない」

「それって、まずくない?」「お互いにね!」

何時もの明るさを取り戻したようにヒマワリが笑った。

「アッ、笑った」「えっ!バカみたいに笑っていないと私らしくない?」

ちがうよ!ヒマワリの笑顔えがおを見ていると、ホッとするというか・・・」「ふ〜ん」


「この辺で大丈夫だいじょうぶだから・・・」「でも、今日は遅いからもう少し近くまで・・・」

ヒマワリは一寸ちょっと躊躇とまどったようだがそのまま一緒いっしょに歩き続けた。5分近く歩くと、

「家、此処ここだから」と小さな平屋ひらやの家の前で立ち止まった。

俺は真っ暗な家を見て少しおどろいた。

「あんまりボロイからおどろいた?」「そうじゃなくて・・・誰も居ないの?」

「ウン、お父さんは何時いつも遅いし、帰ってこない日もあるから・・・」

俺はヒマワリの家庭をのぞき見たような居心地いごこちの悪さを感じていた。

「じゃぁ、俺帰るから、入って電気をつけてよ!その方が安心して帰れる」

「判った。ありがとう。暗くてこわかったからうれしかった。じゃあ入るね!おやすみなさい」

「うん、おやすみ。明日またね!」

ヒマワリが玄関げんかんかぎを開け、中に入ってとびらを閉め、鍵をかけた。

ガチャリと鍵のかる音を聞いて、俺はちょっと安心した。

部屋の明かりがつき、窓が開いた。俺はヒマワリに手を振った。

ヒマワリは丁寧ていちょうにお辞儀じぎをしてから俺に手をった。


俺は自転車に乗り、来た道を引き返した。

自分のモヤモヤよりもヒマワリとの会話が頭の中で回っていた。

家に着くと俺は誰にも気付かれないようにそっと玄関げんかんを開けて中に入った。

「レオ、何処どこに行っていたの?」くらがりからいきなりレイラに声をけられおどろいた。

「何だ、お前はこんな暗がりで・・・」「馬鹿ばか、心配したのに・・・」

いきなりレイラに飛びつかれて俺はあせった。

泣きじゃくるレイラをきとめる。体がつめたい。

ずっと此処ここたのだろうか・・・多分たぶん、そうだろう・・・。

俺はレイラのかたき、居間に入った。

「ずっと、玄関に居たのか?」

「ううん。外で立っていたらナオが窓から見ていたから・・・中に入ったの」

ヤバイ、兄貴のこわい顔が脳裏のうり横切よこぎる。

妹を泣かせておこられるのは久しぶりだが、きっと何か言われそうだ。

「ゴメン、レオの気持ちも考えずに私・・・」

「何でお前があやまるんだ、俺がちょっとイラついていただけなのに・・・」

「だって・・・」「もう、いいだろ!風に当たってすっきりしてきただけなんだ」

「本当?」「そう、ココア飲むか?俺の特性とくせいの!」「うん!」

俺達はキッチンに入り、俺は特性のバター入りココアを作った。

美味おいしい」レイラがホッとしたように笑った。

「アッ、笑った」と言ってから今日、二回目である事に気付いた。

「えっ、笑ったら変かな?」「違うって、女の子は笑顔えがおが一番ってこと!」

「ふ〜ん」俺はレイラと二人でだまってココアをすすった。

熱いココアを飲んだら、つめたくなっていた心もけたような気がした。

「さぁ、やるか?」「何を〜?」

「何って、受験勉強だろうが・・・」プッとレイラがき出した。

「ゴメン、レオに勉強しようか・・・なんて言われたのはじめて!」

「そうだっけ?俺たち、受験生だぜ・・・」

言いながら俺は笑った。レイラも楽しそうに笑った。


レイラと俺はそれぞれの部屋へやに戻った。

俺はベットにひっくり返って、ヒマワリとの会話、レイラの反応について思い返した。

今日の俺はどうかしていた。いや、今日だけではなくこのところおかしい。

コンコン、ドアのノックだ。この時間に・・・レイラではない。

兄貴かな?おれは「どうぞ!」と声をかけた。

「寝ていた?」と入ってきたのはお袋である。俺はあわててベットに起き直った。


「レオ、一言だけい、いかな」「ハイ」

「自分の苛立いらだちやあせりをたりで解消かいしょうするのはめなさい」「ハイ」

最もな話だ。俺も言われなくても理解りかいはしている。しかし、この苛立いらだち・・・。

「何か言いたそうね?」「何で俺だけ出遅でおくれたんだろ?レイラは・・・」

「本当に仲がいいのね。何でも同じが良いの?」「そりゃぁ・・・」

「レオ、貴方はずるくない?レイラよりもすぐれた物を沢山持っているのに!」

「そうかかなぁ、レイラの方が勉強もできるし、美人だし・・・」

「レイラは女の子なんだから美人でもいいんじゃない?貴方も美人と言われたい?」

「そ〜ゆ〜事じゃなくて、レイラばかりがいい所を持っていて・・・おれは出来損できそこないで」

「それ、レイラが同じことを中学生になったころに言っていたわ!」

「えっ?」「中学生になって男女の体力差がはっきりした頃に・・・」

「何で?」「レオが一日で覚える技を自分は3日掛かるって!レオばかりがすぐれているって」

「そうかなぁ?何時いつも、同じぐらいのペースで練習していたように思うけど・・・」

「それはレオが知らなかっただけ。レイラは貴方よりも多くの時間をかけている。

気が強いから、見つからないように練習していただけ、あの子の部屋のクローゼット見た?

バーベルが置いてあるわよ。知らなかったでしょ。そんなトレーニングしていた事」

俺は本気でおどろいた。レイラが俺にかくれてトレーニングしていたなんて・・・。

「何故?」「なぜって、男女の体力差は生物学的に明らかでしょ!それをめるのは至難しなんの事。

レイラは貴方についていくためにどれだけ努力をしてきたか・・・どれだけ泣いたか」

俺は次の言葉が出なかった。何も気が付かずに俺は自分の才能さいのうっていたわけだ。

妹は同じ年の俺に遅れじと、男以上のトレーニングをして付いてきたんだ。

それなのに俺は「センスが無い」とか、「下手へたクソ」とか平気でレイラに言っていた。


「自分の欠点けってんに気付くのも大切だけど、自分の長所も知らなくてはね!」

「でも、分かんないよ、オレ、長所なんてあるのかなぁ〜」

「レオ、自分で自分の姿は見えないでしょ。」

下を向いていた俺はお袋が何を言い出すのかと、お袋の顔を見た。

お袋は俺の目をみて言葉を続けた。久々に緊張きんちょうして俺はお袋の言葉を聞いた。

「自分の姿を見るためにかがみうつすよね」「・・・」

「それと同じ。自分がどんな人間なのかは鏡に映さないと分からないと思うな」「???」

「他人という鏡。それは家族であったり、友人であったり、初めて会った人だったり」「・・・」

「違うのは姿を写す鏡と違って、曲がっていたり、ゆがんでいる鏡もあるということ」「???」

「家族はやはり貴方に対する評価ひょうかが甘いでしょ。他人はきびしい。仲の良い友人は甘い」

「・・・」

「人と話す中で貴方がどのように相手に映っているのか、評価されているのか考えてごらん

貴方は沢山の友人を持っている。それが貴方には宝なのだから・・・」

俺は言葉が出なかった。お袋が直球を投げてきたのは判ったが打ち返す力が無い。

「貴方がなやんでいることも知ってる。親としてはつらいけど、何もできないわ。

貴方の人生だから、貴方が自分で考えて決めなくては・・・」「・・・」

暫く沈黙ちんもくの時間が流れた。何か言わなくてはと思うが言葉にならない。

色々な思いが自分の中でふくれ上がるが、言葉にする事もできない。

母が立ち上がった。「おやすみ」「おやすみなさい」

部屋を出る母の背中に声をかけたかったが声がでない。

俺は何と言いたかったのだろう。もう少し、一緒いっしょに居てしかったのか?小さな子みたいに。

幼い日に俺とレイラはよく母を取り合った。その時の気持ちがふと思い出された。

幼い時には母をうばいい合ったが、本当に母を必要とした時、母は自分を見ていたように思う。

今、母は俺を見ている。レイラよりも俺が心配なのか?・・・そうだろうなぁ・・・。


俺は天上を見ながら母との会話を思い返した。天上が落ちてきてつぶされそうな気分だ。

レイラが俺にかくれてトレーニングをしていたと知ったこともショックだった。

俺は男女差と言う意味では男に有利な筋力で成果を出し、レイラは男女差に泣いていた。

それをめようとした奴の努力に一緒に居ながら気付いていなかった。

俺は自分がなさけなく、俺に必死で付いて来た妹が無性むしょういとおしかった。

「人に映して自分を知る」という母の言葉が俺の中でふくらんでいた。


何時のまに眠り込んだのか、気がつくと朝になっていた。

どうやら俺は、眠れないような悩みとは無縁むえんらしい。

学校でヒマワリに会った。彼女は俺の顔をみてニコリと笑った。

何時も、静かで目立つ存在ではないが、ヒマワリのにこやかな表情にホッとする事が多い。

今日は何となく元気が無いように感じるのは気のせいだろうか?

俺はヒマワリの様子が気になった。時々、何かを考え込んでいるように見える。

放課後ほうかごに近づくに連れてヒマワリが考え込む時間が増え、心が此処ここにないように思える。

俺は心配になった。授業が終わると、彼女は直ぐに学校を出た。

何時いつもだと女子は数人でおしゃべりをしてズルズル、だらだらと動く事が多い。

今日のヒマワリは近寄ちかよりがたい雰囲気ふんいきがある。どうしたんだろう?

俺は何となく、彼女の後を追った。


彼女はカバンを抱えてうつむ加減かげんで何かを考えながら足早あしばやに進む。

俺は声をかけるタイミングを見つけられずに追いかける。

駅に向う途中で彼女は左に曲がった。

角から数メートルの所に最近できたデイケア施設しせつがあった。

施設の前で入り口を見つめて何か躊躇ちゅうちょしている様子ようすだ。

俺は息をみ、声を出した。

「ヒマワリ!」「ああぁ・・・」彼女はおどろいたように俺を見た。

俺を見てこわい顔が少しほころんだ。

此処ここに用があるの?」「ウン」「何だか、躊躇とまどっているみたいだけど・・・」

「ウン、入る勇気ゆうきしくて・・・」「どうしたの?」

「昨日、高山さんのおじいさんをおこらせてしまったから・・・」「何故どうして?」

わからない」「判らないって?????」

「だから、昨日、あやまろうと思って家をさがしていたの・・・」

「そうなんだ・・・」「だから・・・入りにくくて・・・」

「聞いてみないと、何をおこっているのかわからないジャン!」

「でも、れられたくないことを私が言ったからおこったんじゃないかなぁ・・・」

「そうかぁ・・・」確かにし返すのは得策とくさくではないかも・・・。

「どうしたの君達きみたち!」俺達おれたちの様子を中から見ていたのか、まどをあけて声をかけた人か居る。

「あっ、柴田さん、こんにちは」「こんにちは、ヒマワリ君。事務所で話そうよ!」

彼に声をかけられて俺はヒマワリについて事務所にお邪魔じゃました。

柴田さんがお茶を入れようと急須きゅうす湯飲ゆのみ茶碗ちゃわんならべている。

「私が・・・」とヒマワリが声をかけた。

「じゃぁ、お願いするかな、ヒマワリ君の入れたお茶は美味おいしいから」

ヒマワリがお茶を入れているのを見ながら、彼女が初めてではないことを気配けはいで感じていた。

お茶を飲みながら、ヒマワリの話を聞き、柴田さんが説明をした。

どうやら、高山さんはヒマワリが家族の話にれたことが気にさわったらしい。

彼は一人暮らしをしている老人だそうだ、このセンターには毎日顔を出す。

家族の事が話題になると不機嫌ふきげんになる。

ヒマワリが知らずに家族の話題に触れたので機嫌きげんが悪くなったらしい。

昨夜さくや、ヒマワリがあやまりに高山さんの家をさがした事を知り柴田さんが恐縮きょうしゅくしている。

「僕が最初に話して置けばよかったね。」

柴田さんは自分の机の引き出しからA4サイズのファイルを取り出してめくった。

「高山さんには息子さんが居るけど、奥さんが亡くなってからは会っていないらしいよ」

「そうなんだ、さびしいですね。私、悪い事を言っちゃった・・・」

ヒマワリはんでいる。

「本当は個人の情報を明かしてはいけないのだけど、知らないと話ができないよね」

柴田さんは一人ひとりの情報をファイルに閉じて保管ほかんしているという。

「人生の年輪ねんりんきざんでいる人たちが此処ここに来られるから、皆、いろいろあるんだよ。

ちょっとしたことで気にさわることもあるし、嫌いな食べ物が出るとおこり出す人も居る。

でも、我慢がまんしないで怒ってもいい場所にしたいと私は思うのだけど、

ヒマワリ君には気の毒な事をしてしまったね。申し訳ない。」

「でも、私は高山さんに何てあやまったら・・・」

あやまらなくてもいいよ!」「えっ?」

「気にしているようならあやまってもいいけど、きっと、忘れて欲しんじゃないかな」

「そうでしょうか?」「いやな事は思い出したくないっていうのかなぁ」

「俺、じゃなかった、僕はその気持ち判ります。男のプライドって言うか・・・」

「そうだね、本当に忘れているかも知れないけど・・・」

「そうかなぁ〜、昨日はおこって口もいてくれなくなって・・・」

「普通に接してごらん、高山さん、今日も来ているから・・・」

俺達は柴田さんに付いて二階にあがり、談話室だんわしつに入った。

「高山さん、ヒマワリちゃんが来たよ!」「おう、こんにちは!」「こんにちは」

今日は気分が良いのだろうか?昨日、機嫌きがんが悪かったと言う様子ようすは見られない。

彼は一人で将棋しょうぎこまを動かしている。「将棋しょうぎですか?」俺はたずねた。

「おう、お兄ちゃんは将棋しょうができるのか?」「えぇ、こまの動かし方は知っています」

「どうだい!」高山さんはこまを打つマネをした。俺はちらりとヒマワリを見た。

彼女が俺の目を見てにっこり笑った。

「いいですねぇ〜」俺は高山さんの前に座った。

彼は俺の顔も見ないで、サッサと駒を並べ始めた。

俺は将棋には多少、自信があった。

俺はニュージーの遠征えんせい将棋しょうぎを覚えた。

小学生の頃はニュージーで大人に混ざっても遊ぶ物が何もなかった。

その中で大人を相手あいておぼえ始めたのが将棋だ。最近ではキャンプで無敵むてきしといわれる。

うではそれほど悪くないはずだ。俺は高山さんを相手に駒を進めた。


・・・約一時間後・・・「負けました」頭を下げたのは俺だった。

爺さん、めちゃ強い。ところが・・・爺さんの口からは「兄ちゃん、強いなぁ〜」・・・。

俺はちょっとおどろいて、高山さんの顔を見た。

「筋もいいし、なかなかいい手を打つなぁ」高山さんはご機嫌きげんである。

いく年寄としよ相手あいてとは言っても、負けた俺はくやしい。

「へぇ〜、このお兄ちゃん強いの?」気が付くと柴田さんが後ろに居た。

「う〜ん、強いよ!筋もいいし、あんたとはくらべものにならん」

「いやぁ〜!高山さんが強すぎるから・・・、有段者ゆうだんしゃ相手あいてなんて、とてもとても・・・」

「えっ!有段者ゆうだんしゃなんですか?うっそ〜」

俺は正直しょうじき脱帽だつぼうだ。勝つ心算つもりでいたなんて・・・ずかしい。

「高山さん、お兄ちゃんに施設しせつ案内あんないしてくれませんか?」柴田さんがたのんだ。

「いいですよ!じゃぁ、此方へ」

俺は高山さんについて施設しせつを見学した。

お年寄りが集まって、時間をつぶす場所くらいに思っていた俺はおどろいた。

講習会では老婦人たちが和紙をつかって、造花ぞうかを作っている。

展示してある書道の作品も水彩画すいさいが水墨画すいぼくがも、ちょっとしたギャラリーだ。

施設の雰囲気がとても明るく柔らかい。・・・理由は、あちらこちらに置かれている花だ。

日本的な器に由緒ゆいしょ正しく?生けられた花もあり、かごにはいったアレンジフラワーもある。

すごいんですね。」とおどろく俺に「いやぁ、年よりは時間があるから・・・」と高山さん。

「下の階はね、体が思うように動かない人たちが来て、入浴サービスを受けたりするんだよ」

「デイケアという設備ですか?」「そう、見るかい?」「ハイ」

俺は高山氏について1階に下りた。

使用中の入浴設備にゅうよくせつび流石さすがに見学を遠慮えんりょしたが、車椅子くるまいすに座って友人と話をしている人たちも居る。

バリアフリーで部屋が結ばれ、車椅子でテレビを見ている数人の老人達もいる。

食事の介護かいごを受けている方達も、お茶を飲みながら折り紙を折るおばあさんも居る。

「よう!」車椅子の老人に声をかけられて高山さんが立ち止まった。

「一局、どうだい?」「・・・いま、若い客人を案内しているから・・・」

高山さんがちょっと残念ざんねんそうに答えた。「あっ、僕なら、一人で見て回りますから」

「大丈夫かい?」「ええ、大体教えていただいたから・・・」

「じゃあ、やろうか?」高山さんはうれしそうな顔で笑った。


俺はしばらく、老人の食事を介護かいごしているヒマワリの様子をながめていたが、柴田さんに声をかけられて事務室に戻った。

「どう?」「中がこんな所だって知らなかったから、勉強になりました」「そう、良かった」

「作品を沢山見ましたが、どれもすごいですね」「そりゃ、人生の先輩達せんぱいたちだからね」

俺達がお茶を飲んでいるとヒマワリが戻ってきた。

黄色のエプロン姿がまぶしい。生き生きしているヒマワリの姿がまぶしいのだろうか?


ヒマワリを送りながら、彼女が3ヶ月前から週に一度、手伝いに言っている事を聞いた。

昨日が手伝いの日だったらしい。

「今日は飛び入りだったけど・・・たまに時間が空くと他の日にも行くから・・・」

楽しそうに話す積極的せっきょくてきなヒマワリを俺はまぶしく感じていた。

内気で自分から意見を言うところを見たことがないヒマワリだがしんは強いのかも知れない。

俺の知らなかったヒマワリの一面を知り、ちょっと嬉しくなった。


学校の成績を上げるために躍起やっきになっている同級生達とヒマワリの生き方にギャップを感じた。

俺は成績や点数にこだわるクラスメイトよりも、今できることをやっている彼女に好感こうかんを持った。

価値観かちかんは人それぞれ違うけど・・・俺は何に価値を求めるのだろう?

だから、それを探しに大学に行く。自分の道を決めるために・・・。

今の自分には何がやりたいのか、何に価値を求めるのか決められない。

でも、大学に行ったから見つかるのだろうか?何か大切な事を見逃みのがしていないのか?

正体の無い不安とあせりが広がる。


そんなことがあってから数日が経過けいかした。

俺は変わりなく高校生活を送っていた。

考え出すと出口の無い迷路めいろまよい込んだような気がして、不安とあせりがあふれる。

しかし、何時もの通りに時間だけは過ぎていく。

何となく過ごしているうちに時間だけが過ぎ去っている。

それを考えると、また、不安におちいるるのだが、考えても結論けつろんはでない。

俺は出口を見つけようと躍起やっきになっている。

イライラが強くなり、自分の中で不安とあせりが渦巻うずまき始める。

イライラが表に出そうになり、何度が自分を押さえ込む事があった。

まずい、このままでは爆発ばくはつしそうだ。

レイラにはこんな事は無いのか?奴は目標を持っている。

兄貴のナオにはこんな事が無かったのだろうか?


最近は食欲も落ちた、普段は2人前から3人前を軽く食する俺が二人前をもてあます。

これでは体が持たない。俺は兄貴のナオにたずねてみる事にした。

兄貴は普段ふだんから夜中まで自室でパソコンを打ち込んだり、資料をひっくり返したりしている。

おれは普段から早寝早起はやねはやおきの健康的けんこうてきな生活だ。

最近は遅くまでレイラの勉強を見ているときがある。レイラに気付かれたくない。

俺は真夜中の0時になるのを待って兄貴の部屋をノックした。

「なんだ、お前か?」ナオは俺の顔をみて怪訝けげんそうに言った。

「どうした?英語なら教えられるけど、社会と国語は国大の最低ライン迄だからな!」

「聞いて欲しいんだ、兄貴がどうだったか教えて欲しいんだ」

俺は兄貴のベットに腰掛こしかけると兄貴に向って、自分の不安やなやみをぶちまけた。

一人でしゃべり続ける俺の話を、兄貴はうなずきながら聞いていた。

俺がしゃべつかれるように話を終わると、「それだけか?他には?」と兄貴が聞いた。

俺は進路も決まっていないのに、施設を訪問しているヒマワリのことも話した。

ヒマワリは兄貴に家庭教師をしてもらったこともある。兄貴は良く知っている。

「へぇ、ヒマワリちゃんはそんなことをしているんだ。彼女らしいねぇ」

「そうなんだ、それに対して俺は何もしていない」「すれば、いいじゃないか」

「何を?」「何をって今、やりたい事をさ・・・」

俺は目が点になった。「進路を決められなくてなやんでるんだ、俺は!」

「じゃあ、悩んで見つかったのか?」「いいや」

「でも、勉強をしなきゃ、俺の成績じゃ大学は・・・」「むずかしいだろうな!」

「そうだろう、好きな事はできないじゃないか」「そうかなぁ〜」

「兄貴とは違って俺は勉強ができないから・・・」「やらないだけだろう」「・・・」

「俺だって、同じだったよ」「えっ!」俺は正直、兄貴の言葉が以外だった。

「俺だって何がやりたいか判らなかった。今でも何になりたいかも、なれるかも判らない」

「だって、兄貴は何か研究で夢中むちゅうになっているじゃないか?」

たしかに、興味きょうみを持った課題かだいについて研究はしているさ、でも、これが最終目的さいしゅうもくてきなのか?」

「俺に聞かないでよ」「研究したから何になれるんだ?」「研究者じゃないの?」

兄貴は俺の顔をみてクスクスと笑った。

「サッカーをやっていればサッカー選手だろ」「でも、プロになるのは一握ひとにぎりで・・・」

「同じさ、研究をしたからといって、それで食べて生けるのは一握りさ!

お袋のように研究所で研究を続けられる例は少ないよ。それだって企業の価値観かちかんが変われば、自分の研究が全く相手にされなくなる可能性もあるさ」

「兄貴は何をやっているの?」「まぁ、色々だな。まだ、基礎的な研究でしかない」

「ふーん、研究にも色々あるんだ」「そうだな」

「でも、それと、俺が方針を決められないのは話が違うと思うのだけど・・・」

「方針って、進路か?それとも職業なのか?」「・・・まずは進路だな」

「進路の選択肢はいくつあるんだ?今から医学部を受験するとか・・・」

「止めてよ!お袋みたいなことを言うのは・・・」「なんだ、ヒントをもらっているのか!」

「えっ?ヒントなの?」「そうだろうなぁ、選択肢せんたくししぼれと言うことだろう」

「あっ」俺は迷路めいろから抜け出すヒントが判らなかったおろかな自分に気付いた。

選択肢せんたくし整理せいりできれば、それを視野しやに入れて今すべきことが判るだろ、

自分がやりたい事があれば選択肢のどれを選ぶかでできる範囲も見えるよな」

「兄貴はそれを考えて、それでも国体に行ったの?」

「う〜ん、そこまで立派りっぱじゃないな、予選に出る時間が取れそうだった、それだけかな?」

「それで、予選会よせんかい優勝ゆうしょうしたから本線にも出場したわけ?」

「そうだな、だって、試合に出た以上は勝った者の責任せきにんがあるだろう」

「それで、大学受験は不安じゃなかった?」「そりゃ、不安はあったさ。当たり前だろ」

「良く、試合に出れたね」「それは切替えの問題だろ」「えっ?」

「試合の初戦でミスったからて、次の日に気持ちを切り替えなきゃ勝てないだろ。

同じ事さ、受験勉強に集中するのと試合に集中するのと、切替えは切り替えだよ」

「・・・」俺の心に光が差したような気がした。


俺は部屋に帰って兄貴の言った言葉を反芻はんすうしていた。

あんなに自信に満ちているように見える兄貴が不安を感じていた事。

俺と同じように受験を前に不安があったことを知ってホッとした。

おれは受験という漠然ばくぜんとしたかべをしっかり見ようともしないでこわがっていたのかも知れない。

大体、おれに選択せんたくできる道は現状から条件でしぼり込めば数本に成るはずだ。

その中から、選べばよい。受験があるからやりたい事をあきらめる必要はない。

受験を前にしても、やりたい事は実現する方法をさがし、ためしてみたい。

何となく、自分の道や方向性が見えてきたように思えた。

俺は改めて大学の資料を見直した。全部を読むのではなく、自分の条件でまずり分けた。

選んだ幾つかの資料をもう一度読み直して見ると大体の方向性が残ってきた。


毎日、少しずつ資料を読み、自分のあせる気持ちをおさえながら、宿題やレポートの少ない日を選んで手を進めた。

レイラを泣かした日から一月近く立った頃に俺なりの方向が見えてきた。

日曜日の食事の後で、「俺、珈琲コーヒーを入れるから」と宣言せんげんした。

「じゃぁ、私手伝うね。」俺が珈琲メーカーをセットする横でレイラがカップを並べた。


珈琲を入れると、家族が何となく、俺の口の開くのを待つ気配けはいを感じた。

「俺、院内推薦いんないすいせんを受けようと思うんだ。」「そう」お袋がうなずいた。

「学部は社会科の方向で考えている」

「具体的に学科はまだ決めていないってことだろ?」兄貴あにきの質問に俺はうなずいた。

「いいんじゃないか?まだ時間はあるんだろ?」兄貴の言葉に俺はホッとした。

「そうね、学内締め切りまではまだ、2ヶ月あるわね」とお袋も同意した。

「それまでに大学で習う科目を調べて決めようと思うんだ」

「レオは他の大学は受けてみないの?」レイラがたずねた。

「俺の成績だと、今から、受験勉強で外部を受けるのはきびしいし、自分のやりたい事ができないから・・・」

「やりたい事って?」

「俺は高3で、インターハイと国体に行く。3年連続の県大会優勝記録をねらう」

「そうなんだ、・・・私は・・・」

「レイラは無理をすることは無い、俺とお前は同じではない。価値観かちかんちがう」

「そうね、レイラはその時になってから考えればいいんじゃない?二人とも自分にとって大切な方を優先すれば・・・」

「そうだぞ、レイラ、俺のように、ギリギリになってエントリーってことも有りだからな」

「えっ、だって兄さんはそれで優勝しているんでしょ」

「負けたら、引退試合いんたいじあいになっていたんだ。納得したくてエントリーしたのだから・・・」

「えっ、そんな心算だったの?」

「そうさ、勝てるとは思って無かったよ、練習もほとんどしてなかっただろ!」

「でも、試合前の一週間、兄貴の練習は半端はんぱじゃなかったな、目がこらかったもの」

「だから、集中する先の切り替えって事だよ」俺はナオの顔を見て笑った。

「あれ、何か二人で・・・変だなぁ、私の知らない秘密があるとか・・・」「ないない!」

レイラの声に俺と兄貴が同時に答え、手を振った。何時いつもの双子の同期どうきのように・・・。

「では、レオはこの夏も海外のトレーニングキャンプに参加するの?」とお袋に言われ・・・。

「まだ、決めていないけど、推薦すいせんねらうなら次期が早いから、夏は・・・」

「そうね、良く考えて決めなさい」「はい」

珈琲を飲み終わった俺はレイラに声をかけた。

「おい、そろそろ、勉強をはじめる時間だ!」「ハイ!」

レイラがはじかれたように立ち上がって、皆で大笑いになった。

「受験生は勉強しなさい、私が片付けるから。美味しかったわありがとうレオ」

俺はちょっと満足した気分になって席を立った。

そして『受験生は勉強』・・・などと言う言葉をお袋が言ったのは初めてだと気付いた。

家族の温もりを実感した俺だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ