サバイバル開始!
「き、貴様! 確かレオナードとか言ったな。教官を蹴るとは一体どう言うつもりだ!」
「いや~、すいません。なんか知らないんですけど、いつの間にか手じゃなくて足が出ていたって言うか……」
「きっさまぁ!」
「どうした、何を騒いでいる! 開始時間はとっくに過ぎているぞ!」
凛々しい透き通るような声が辺りに響き渡る。
瞬間、皆の視線が声の主に一斉に集まった。
そこには、重々しいプレートアーマーに身を包んだ美しい女がいた。凛々しくも慈愛が溢れるかのような、そんな静動が同一したようなそんな女性だった。
その姿を見た鬼教官が、すぐに直立不動になり敬礼のポーズを取る。
「こ、これはこれはヴァイオレット様、申し訳ございません。実は、この者が突然騒ぎ立てまして……」
その言葉に、ヴァイオレットと呼ばれた女は手に持つ指揮棒を鬼教官に突きつけた。
「馬鹿者! 私は一部始終を見ていたぞ! もとはと言えば、貴様がいらぬ暴力を振るったからではないか! 正義はこの青年にある! くだらぬ言い訳などするな!」
「ひぃ!」
ヴァイオレットの言葉に、鬼教官はその大きな体を小さくして怯えている。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
ヴァイオレットは地面に倒れてる少女に手を差し出した。少女はおずおずとその手を取る。
「ほらよ、メガネ」
リックは拾ったメガネを少女に差し出した。
「あ、ありがとう……」
少女は頬を染めながらメガネを受け取った。
「二人共、不快な思いをさせてすまなかったな。我が戦士ギルドが、あのような輩ばかりだと思わないで欲しい」
「い、いえ……」
「だ、大丈夫です……」
凛々しい瞳で、ヴァイオレットはリックを見つめる。
その曇の無い瞳に吸い込まれそうになったリックは、思わず目をそらした。
「青年は、勇気があるな。名前はなんと言うんだ?」
「リ……レオナードです」
「そうか、レオナードと言うのか。いい名前だ。我が戦士ギルドは、君のような勇気ある若者が必要だ! ぜひ、このサバイバルを生き残って私たちに力を貸して欲しい。期待している」
そう言ってリックの手を取り、ギュッと握手をしたヴァイオレットは、そのままマントを翻し、その場を去っていった。
か、かっけぇ……。
小さくなっていく背中を見つめながら、リックは感嘆の息を漏らした。
これだよ、これが戦士ギルドのあるべき姿なんだよ!
レオナードのしょぼい部屋や、地獄の合宿、鬼教官と、戦士ギルドに落胆していたリックは、戦士ギルドのイメージを塗り替えた。
「では、改めて説明をする」
鬼教官に代わり別の教官が説明を続ける。
「今回の参加者は全部で新卒者50名。各自、今から順に呼ばれる者同士とツーマンセルとなってチームを組み、順にオラクル山に登山せよ。武器については、こちらで用意した者を使え。期間は3日間。3日後に、サバイバル終了の花火を打ち上げるので、その音を合図に下山せよ。また、途中でリタイヤをしたい者は、途中下山をすること。以上だ。何か質問はあるか?」
「ハイ」
ひょろ長い背の高い男が手をあげる。
ギョロギョロと、せわしなく目を動かし、口元には薄い笑みを浮かべている。目の下には深いクマがあり、どことなく不気味な印象の男だった。
「なんだ、言ってみろ」
「相手を殺してプレートを奪うのはアリですか?」
その言葉に、新卒たちがざわめく。
教官はキッと男を睨みつけた。
「これはあくまでも合宿の強化プログラムだ。人を殺めることは認められていない。もし他の受験者を殺したら直ちに失格になり、法定によって裁きを受けることになる」
「なぁーんだ。せっかく好きに殺せると思ったのになぁ。残念残念……」
べロリと長い舌を出し、男はニイと亀裂のような笑みを浮かべる。
男の言葉に、リックはゾクリとした。冗談には聞こえない。
「では、今から名前を呼ぶ者は前に出ろ」
そう言って教官が名前を呼び始めた。
さて、リタイヤはいつしようか。あんなヤバそうな奴も参加しているなら、危ない目に遭う前にさっさと棄権した方が良さそうだ。
そう思い、リックは他の教官にリタイヤを告げに行こうとした、その時だった。
「レオナードくん!」
ふいに名前を呼ばれ、リックが振り向く。
そこには、金色のブロンドヘアーの美しい容姿をした男がいた。だが、その容姿よりも、その容姿に相応しくない装備に思わずリックの視線が向いた。
「さっきの君の勇気ある行動は素晴らしかったよ! 感動した僕は、ぜひ君と友達になりたいと思ってね」
「お、おう……」
見窄らしいツギハギだらけの革鎧に身を包み、男は満面の笑みを浮かべている。よく見ると下半身は鎧じゃなくただのズボンだ。しかも所々に穴が空いている。
装備さえ格好よければ王子に見間違えしてもおかしくない男。そのあまりの残念なギャップに、リックは目が離せずにいた。
「ああ、申し遅れたね、僕の名前はプリプリマン」
「はい?」
思わずリックは素っ頓狂な声を出す。
え? プリプリマン? え?
「僕の名前はプリプリマン。みんなからはプリプリ王子と呼ばれているよ」
「ぶ……ぐっぐほっ」
あまりにも破壊力のある名前に、リックは吹き出しそうになるのを必死にこらえる。
「次、プリプリマン」
「あ、残念、呼ばれてしまったよ。君と一緒に組めたらなって思っていたんだが、どうやら違うパーティになってしまったようだ。サバイバルで会ったら、容赦はしないからね。お互い正々堂々戦おう!」
プリプリマンはビッと親指を立てると、ニコリと微笑んだ。装備さえちゃんとすれば格好いいのに。何か事情でもあるのだろうか。
そのまま背を向けその場を立ち去ろうとするプリプリマン。そして、リックの目に衝撃的な物が飛び込んできた。プリプリマンの綺麗な尻である。プリプリマンのズボンが破け、お尻が丸出しだったのだ。
「ぶほっ?!」
限界だった。
その場に崩れ落ち、あまりのおかしさにリックは呼吸困難に陥る。
プリプリマンは、そのままお尻を丸出しにしたまま駆けていった。
プリプリマン……。恐るべき相手になりそうだ。
「次、レオナード」
名前を呼ばれ、リックはフラフラになりながら前に出る。とその時、リックは唐突に思い出す。
そ、そうだ俺は棄権するんだ。早く教官に言わなければ。
フラフラと教官の元へ歩み寄るリック。
「お、レオナードの相手は、シーマか。ちゃんと面倒見てやれよ」
「へ?」
意味ありげに笑う教官に、リックは思わず間の抜けた声を出した。
「よ、よろしくお願いします……」
後ろからの聞き覚えのある声にリックは振り向く。
そこには、先ほど助けた少女がモジモジしながら佇んでいた。
少女は、サッと手を出し握手を求めてくる。
タラリとリックの額から汗がこぼれ落ちる。
しまった……タイミングを逃した。さすがに、この状況で棄権するとは言いにくい。
「よ、よろしく……」
リックはシーマの手を取って握手する。
シーマは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
この瞬間、リックは魑魅魍魎が渦巻くサバイバルに参加することが決定したのだった。