強化合宿
「おらあああっ! てめぇら、準備は出来ているのかああ!」
「オイッス!」
「声が小せえええええ!」
「オイッスウウウウウ!」
戦士ギルドの敷地内にそびえる山、オラクル山。ここは、毎年新卒で入った新人戦士たちが強化合宿と言う名のシゴキを受けることで有名な場所である。
その強化プログラムのあまりの過酷さに、毎年半数以上の若者がこの合宿で脱落する。戦士ギルド『栄光の太陽』。その栄光は、この過酷な難関を突破し、さらにひと握りの者だけが掴めるのだ。
「なんで俺は、こんな所にいるんだ……」
周りがオイッス、オイッス言っている中、大きな溜息を吐く男が一人。友人である魔道具『現し世の手鏡』でレオナードの姿に化けた、リックである。
「頼む! 俺の代わりに地獄の強化合宿に参加してきてくれ!」
リックの脳裏に昨日の話が蘇る。
「じ、地獄の強化合宿って……もうタイトルからヤバイ雰囲気を醸し出しているじゃねーか!」
泣きながらしがみついてくるレオを、リックは蹴飛ばして離れさせる。
「って言うか、強化合宿ってお前ら新人たちを鍛えるために行われるものだろ? 俺が行っても意味が無いんじゃないの? お前が行って、ちゃんと強化されてこいよ」
「馬鹿野郎! お前はこの戦士ギルドがどれだけ厳しい場所か知らないからそんなことが言えるんだ! 俺たち新卒にはなぁ、華のある仕事なんてこれっぽっちも降りてこないんだ。やることと言えば、ギルド内での炊事・洗濯・掃除。空き時間があれば特訓特訓と、完全な体育会系なんだぞ! それに加えて強化合宿なんて参加してみろ、俺のゲシュタルトが崩壊しちまう!」
すごい剣幕のレオに、リックはタジタジになる。
「だからな! 俺の代わりに行ってきてくれよ! 身代わりギルドって、困っている人間の身代わりになってくれるギルドなんだろ!?」
「なんでもかんでも引き受けるってワケじゃないぞ。俺にだって拒否権がある。それにさっきお前に散々に馬鹿にされたからなぁ……」
「そんなこと言わないでくれよ、神様、仏様、リック様ァ! 俺たち友達だろ?!」
「むう……」
友達と言っても悪友だったような気がするが……。
とは言え、ここまで言われて断るのも悪い気がする。
なんだかんだ言って、リックは頼まれると断れない性格であった。ようするに、お人好しなのである。
結局、レオの押しに負け、リックは彼の代わりに強化合宿に参加することになったのだ。
だが、初日にしてリックは早くも後悔していた。
目の前には、竹刀を持ったヒゲモジャの鬼教官。リックたちは、その前で直立不動で立たされている。
ったく、このご次世に体育会系丸出しの時代遅れなこの感じ。一体なんだろうねぇ、あ~嫌だ嫌だ。早く家に帰って寝たいわ。
「いいかぁお前ら! 今日から3日間、この目の前に聳え立つオラクル山で、お前たちは過ごすことになるのだ! まずは、これを受け取れ!」
そう言って渡されたのは、太陽の絵が書いてあるプレートだった。
「それは、我ら戦士ギルド栄光の(サンオブ)太陽の紋章を型どった物だ。お前らはこの3日間、その紋章を奪い合うサバイバルゲームを行ってもらう」
鬼教官の言葉に、周りがざわめく。
「そして、3日後に下山する際に、そのプレートを失った者は、そのまま戦士ギルドを退団してもらう」
「ええ?!」
どよめく戦士ギルドの新卒たち。
鬼教官はニヤリとほくそ笑み、話を続ける。
「そして、プレートが1枚の者も退団してもらう」
「ええ?!」
「そ、それって必ず他人からプレートを奪えってことですか?!」
新卒の質問に、鬼教官はバシィと地面に竹刀を叩きつけた。
「そんなこと、当たり前だろうが! でなければ、3日後まで隠れて過ごそうとする輩が続出じゃねぇか! うちのギルドにそんな臆病者はいらんのじゃああ!」
教官の言葉に、シーンとする新卒たち。
「ま、マジかよ……」
「せっかく戦士ギルドに入れたと思ったのに……」
皆、顔面蒼白で心配そうな表情を浮かべている。
そんな中、リックだけはひょうひょうと鼻歌交じりで話を聞いていた。それもそのはず、このサバイバルで負けてギルドを退団になってもリックは痛くも痒くもないのだ。
全く、レオの奴、一人楽をしようとするからこう言う目に遭う。就職したばかりだと言うのに、もう無職になるとは可哀想な奴だな。
リックの中に、友人のために頑張って勝とうと言う気持ちは一切ない。彼は負ける気満々だった。
「あ、あの~」
その時、一人の少女がおずおずと手を上げた。メガネをかけた、およそ戦士ギルドに相応しくない華奢な少女である。
「ご、ご飯はどうやって食べるんですかぁ?」
間の抜けた質問に、鬼教官の額に青筋が立つ。
「そんなもん、自給自足に決まっているだろうがあ! くだならい質問するんじゃねぇ!」
そう言って、少女に向かって竹刀を叩きつける。
「きゃ!」
叩かれた少女はその場に倒れる。倒れた拍子に落ちたメガネは、滑りながらリックの足元に転がってきた。
その時、リックの中で何かがザワついた。
「お前のような奴が真っ先に脱落するんだ。いいかおめえら、狙うならこう言う弱そうな奴から狙え。この世は弱肉強食だ。強いものだけが生き残れる。この戦士ギルドはだなぁ……ふごっ」
突然背後から蹴られ、鬼教官は地面に顔面から転ぶ。
鼻血を出しながら振り向くと、そこには片足をあげたリックがいた。
周りからどよどよとざわめく声が聞こえる。
一体、俺は何をやっているんだ。
普段の自分なら絶対にやらないような行動に、リック自身が驚いていた。
普段のリックは、面倒くさがりやでトラブルに巻き込まれることを極端に嫌う穏健派の人間だ。他人が傷つこうが自分は関係ない、そんな考えの持ち主のはずだった。なのに、鬼教官が女の子に暴力を振るったのを見て、突然自分の中で怒りが湧き上がり、気がついたら鬼教官の尻に蹴りを入れていたのだ。
さて、どうしようか。
片足を上げながら、リックは激しい後悔と共に、どうやって言い訳しようかを考えていた。