戦士ギルド宿舎
次の日。
リックは一人、地図を頼りに戦士ギルドの宿舎を訪ねていた。
「ボクはちょっと用事があるッスから、今回の依頼は一人で行ってくるッス。なぁに、簡単な依頼みたいッスからリックなら楽勝ッスよ」
リックの脳裏に、ミリアの言葉が思い浮かぶ。
「簡単な依頼ねぇ……。全く信用ならねぇな」
それがミリアに対するリックの率直な感想であった。
期間は短いが、リックは今までミリアから受けた仕打ちに、彼女に対し疑心暗鬼になっていた。今回の依頼も簡単と言っていたが、どんな罠が待ち構えているか分からない。用心に越したことは無いだろう。
とは言え、今回の依頼はあの名門ギルドで名高い戦士ギルド『栄光の太陽』からの依頼である。自然とリックの胸が高鳴る。依頼内容はなんだろうか。要人の護衛? それとも、凶悪モンスターの討伐?
「なんて凄い男だ! ぜひ、うちのギルドに来ないか!」
もしここで活躍したらヘッドハンティングされちゃうかもしれない。そしたら、こんなギルドなんてすぐにやめてやるぜ。げへへ。
そんな甘い妄想を抱くリック。全くもって彼の頭はおめでたい作りで出来ていた。
「それにしても、ずいぶんとボロい場所だな」
戦士ギルドの宿舎の前で、リックは本当にここで合っているのか地図と住所を見比べる。
宿舎とは、ギルドに所属する戦士達が寝泊りする、いわゆる寮のようなものだ。そして、ここはEランクの戦士達が住む宿舎であった。
ちなみにランクとは、簡単に言えば階級のようなものである。
全てのギルドにはランク制度が設けられており、ギルドに貢献する度にランクポイントが与えられる。最初はEランクから始まり、ポイントが一定値貯まるたびにランクが上がっていく。もちろん、ぺーぺーであるリックは、身代わりギルドのEランクである。
最高ランクはSSであり、S、A、B、C、D、Eの6段階に分けられる。そして、ここはEランクの寮。ようするに、最低ランクの戦士たちが寝泊りする場所なのだ。当然扱いもそれなりである。ちなみに、SSランクの戦士は、街の一等地にある超高級マンションの最上階に部屋がある。
「お、お邪魔しまーす」
木造作りのアパートのような宿舎。
入口で靴を脱ぎ、履き潰されてペラッペラのスリッパに履き替え、リックは目的の部屋を探す。
「栄光の太陽ねぇ。ここの何処に栄光があるんだか」
思っていたイメージと違い、リックは軽い落胆を感じていた。
どこの世界にも末端は存在する。戦士ギルドに所属する者が、誰しもが栄光を掴める訳ではないのだ。
そういや、レオはどうしているだろうか。
ふいに戦士ギルドに就職した友人のレオナードのことを思い出す。
もしかしたら、あいつも新卒だし、ここに住んでいるかもしれないな。
そんなことを考えながら、リックはギシギシと軋む階段を上り、廊下を進み、目的の部屋を見つけた。
「Eの302号室……ここか」
――コンコン。
「えー、身代わりギルドから来た者ですが~」
「馬鹿! 声がデカイって!」
突然扉が開き、リックはそのまま部屋に引き釣り込まれた。
「全く、俺が身代わりギルドの人間を使っていることがバレたら大変だっつーの! ちょっと不用意なんじゃないですか……って」
男はリックを見てあんぐりと口を開ける。
そして、男の顔を見たリックも驚きの表情を浮かべる。
そう、そこには戦士ギルドに就職したレオナードが居たからだ。
「な、何でお前が……!」
身代わりギルドから派遣された者がリックだったことに、驚きを隠せないレオ。
「それは、こっちの台詞だ」
ふぅと溜息を吐きながらリックは、部屋を見渡す。
四畳半一間の狭い部屋に、備え付けと思われる年代物の机と椅子。部屋の隅には簡素な鉄パイプで出来たベットが見える。恐らく引越ししてきたばかりなのだろう、他の荷物がほとんどない。
「戦士ギルドに就職したと言っていたのに、なんともしょぼい部屋に住んでいるな」
「ほっとけ! 新卒は誰もがこの部屋に住むことになってるんだ!」
部屋を馬鹿にされ、レオは顔を真っ赤にさせながら反論する。
「そう言うお前こそ、身代わりギルドから来たってことは……」
「ギクッ」
動揺するリックに、レオは嬉しそうにニヤリとする。
「卒業式に就職が決まったと聞いた時は、一体どこのギルドに駆け込んだのかと思っていたが、まさか身代わりギルドだったとはなぁ。『キツイ』『キビシイ』『キケン』の3Kギルドの噂高いあのギルドに入るなんて、お前も物好きな奴だぜ。ま、そこぐらいしか入るところが無かったんだろうけど」
「くううううううう!」
反論したくても事実がそうだから何も言えない。
リックは悔しさのあまり血管が切れそうになった。
「ふ、フン! その身代わりギルドに依頼しているお前が何を言う!」
「ぐう!」
その後も互いを罵倒するやりとりが続いたが、いいかげんリックもレオも疲れてきた。こんなやりとりをいつまで続けていても話が進まず不毛であることは、お互いに分かっていたからだ。
「ちょっと待て」
「な、なんだよ」
リックは深呼吸すると冷静になるように務めた。
「とりあえず話を聞く。身代わりギルドに依頼したいことって何なんだ」
建設的に話を進めようとするリックに、レオも同意したようだ。
先程までの小馬鹿にした態度をやめ、改めてリックに向き直る。
「あ、あのな……」
言いにくそうにするレオに、リックは「?」を浮かべる。
「実はな、俺の代わりに……合宿に参加して欲しいんだよ」