ギルド初日
次の日。
早朝から、リックの身代わりギルドでの仕事が始まった。
「さ、今日は朝から依頼がたんまりっスよ。さくさく行くっス」
「へいへい」
全く気乗りしていないリックだが、誓約書にサインをしてしまった以上、働かない訳にはいかない。ミリアに引きづられるように現場へと向かう。
「なんで俺がこんなことを……」
木をよじ登りながらリックは呟く。
最初の仕事は、木の上に登って降りられなくなった子猫の確保だった。
「ハイ、無事に降りられて良かったっスね」
「お姉ちゃんありがとー!」
依頼主である少女は、ミリアから子猫を受け取ると満面の笑みを浮かべた。そして、ミリアの手の平に飴玉を2個渡す。どうやらこの飴玉が今回の報酬のようだ。
ミリアはニコリと微笑む。
「毎度ありがとうっス。またのご利用をお待ちしているッス!」
「ばいばい! お姉ちゃん!」
嬉しそうに走り去る少女の背中に、バイバイと手を振るミリア。
その横には、納得いかない表情のリックがいた。
「報酬が飴玉2個って……ムグ」
膨れ顔のリックの口に、ミリアはひょいっと飴玉を放り込む。
「あんな小さい女の子からお金なんて取れるワケ無いっス。そんなことよりも、あんな小さい子に感謝されるなんて、うちのギルドはとても自愛溢れるギルドだと思わないっスか?」
「思いまふぇん」
次の現場へ。
「これがギルドの仕事なのか……」
膨大な面積の庭の草むしりをしながら、リックはぼやく。
「本当にごめんなさいねぇ。こんなことをギルドの人にやらせちゃって」
依頼主である富豪の女は、弛んだ体を揺らしながらホホホと笑った。
そう思うなら自分でやれよクソババア! いいダイエットになるだろうがあ!
そう言いたいのをグッとこらえて、リックは一心不乱に草むしりをする。
そして3時間後。
「おやまぁ、こんなに綺麗になるなんて思ってもいなかったわ!」
富豪の女が感嘆の声をあげる。
そこには、全ての雑草が綺麗に取り除かれた美しい庭園が広がっていた。さっきまでのジャングルのような荒れ放題の庭とは雲泥の差である。
「ほう……。中々やるッスね」
ここまでの成果を期待していないかったミリアは、感心した様子でリックを見つめた。リックは庭の中央で大の字になってへばっていた。
「ありがとう、ミリアちゃん。今回はちょっと多めに入れておいたわ。次もお願いね」
「ありがとうございまっス!」
報酬を受け取ったミリアは、バテて倒れているリックのもとへとやってきた。
「どうっスか。これは草むしりをしながら足腰を鍛える修行の一環でもあるっスよ。身代わりギルドは、心技体を育める素晴らしいギルドッス」
「ふ、ふざけるな」
次の現場へ。
「これは、単なるアルバイトと言うんじゃないか?」
中央通りにある大きな勇者像にまたがりながら、リックは大きなため息を吐く。今度の仕事は、この勇者像を綺麗に磨くことだった。
「悪いねぇ。今日は担当者が風邪引いちゃってさ」
「いえいえ。これも私たちの仕事ッス。いつもご利用頂き、ありがとうございままッス」
役場の者らしき男に、ペコペコと頭を下げるミリア。どうやら、街の住人だけではなく、役場からもこのような仕事を受けることがあるようだ。
ったく、何が身代わりギルドだ。単なる便利屋じゃねーか!
いいように使われることに苛立ちを隠せないリックは、勇者像の頭をキュッキュッと力いっぱい拭きまくる。
こんなギルド、絶対にやめてやる! くそっ! くそっ!
そして2時間後。
「これは凄い! まるで神の遣いのようじゃないか!」
光輝く勇者像を見て、役場の男は驚きの声をあげた。
リックが磨き上げた勇者像は、まるで神の加護があるのではないかと見間違える程の後光が射していた。道行く人々も、その敬虔ある姿に思わず足を止める。
これは思ったよりも凄い逸材かもしれない……。
勇者像に背中を預け、満身創痍でもたれかかるリックを見つめ、ミリアは感嘆の吐息をはいた。
「もー嫌だ! 絶対やめる!」
ギルドに戻ったリックは、開口一番叫んだ。
「猫を助けたり、草むしりをしたり、勇者像を磨いたり、どれもギルドの人間がするような仕事じゃねーよ! こんなの、単なるアルバイトじゃねーか!」
「でも、報酬は結構いいッスよ」
そう言って、ミリアはリックに巾着袋を放り投げた。
受け取った瞬間、ガチャリと音がする。開けてみると、そこにはギッシリとお金が入っていた。
「うお!」
結構な金額にリックは驚きの声をあげる。
「それは、リックの取り分ッス。今回は、フゴーさんの報酬が多かったっスからねぇ。結構儲かったッスよ」
「フゴーさん?」
「あの富豪のおばちゃんの名前ッス」
「なるほど……」
ズッシリとした巾着を手にし、リックはゴクリと唾を飲み込む。
まさかこんなに儲かるとは……。社会人1年目の新卒が、これだけの収入を得られるのなら、このギルドもそんなに悪くないんじゃないか? もしかして、俺ってば勝ち組?
そこまで考えたところで、リックはハッとするとブンブンと首を振った。いやいや、ないない。こんな仕事内容、どー考えてもおかしいだろ!
「いくら報酬が良くても、こんな便利屋みたいな仕事、やりがいがねーよ!」
「街の住人達に感謝されたじゃないッスか」
「そんなの一過性のことだろ。人間なんて、人への感謝なんて1日経てば忘れる生き物だぜ。それよりも俺は、もっとでかいことをしたいんだ!」
「でかいことって、例えばなんスか?」
ミリアの質問に、リックは答えに詰まる。
言ってみたものの、具体的なことは何も考えてなかったのだ。
「そ、そうだな……。世界の平和を守る……とか」
「ぷ!」
リックの途方もない目標に、ミリアは思わず吹き出しそうになる。
「い、いや、うんうん、世界平和は大事っスよ! みんなが安心して暮らせる為に世界の平和を守る! 素晴らしい目標だと……ぷ!」
必死で笑いをこらえようとしているミリア。
そんなミリアを見て、リックは顔を真っ赤にさせ激しく後悔していた。
「と、とにかく! 俺はもっと意義のある仕事がしたいんだ。戦士ギルドとか、魔術ギルドみたいに、一流のギルドならもっと世界を股にかけた凄い仕事をしているはずだ!」
それらのギルドが、実際にどんな仕事をしているかは全く知らないリックだが、とりあえず一流ギルドのイメージだけで彼は憧れていた。ようするに彼は、ミーハーなのだ。
「ほう、ならちょうどいい仕事があるッスよ」
「はい?」
そう言ってミリアは、一枚の依頼書を取り出す。
「戦士ギルド、栄光の太陽。ここから依頼が来ているっス」