ギルドのお仕事
次の瞬間、リックとミリアは屋根の上に居た。
「うおおお?! ム……ムグッ?!」
突然の瞬間移動に、驚いて声をあげようとするリックの口をミリアが両手で塞ぐ。
そのまま、顎で下方を指し示す。
「見るっス。彼が今回の依頼人っス」
言われた方を見ると、路地裏に身を潜める若い男が見えた。
誰かに追われているのか、男は挙動不審に辺りをキョロキョロと見渡している。
「リックはそこで見ているっス」
「え?」
そう言ってミリアは、ピョンと屋根から身を躍らせ男の背後に音も無く着地した。
予想だにしてなかった身軽な動きのミリアにリックは驚く。
「お待たせしたっス」
背後からの声に一瞬ビクッとした男だったが、振り向いてそれがミリアだと分かるやいなや、険しい表情を見せた。
「おせーよ! 危うく奴らに捕まるところだったぜ!」
不機嫌そうな様子の男だが、どこか安堵の表情も浮かべている。どうやら相当切羽詰まった状況だったらしい。
「申し訳なかったっスね。で、今回はどんな状況なんスか」
「ああ、ちょっと酒場でガラの悪い奴らと口論になっちゃってさ。ムカついたから酒をぶっかけてやったらあいつらマジ切れでさ。追われて困ってるってワケ」
男の話にミリアは呆れた表情を見せた。
「買われて困る喧嘩なら売らなければいいっスのに……。でも分かったっス。要するにそいつらの相手をすればいいって訳っスね」
「そういうことだ」
ミリアは、懐から奇妙な形をした手鏡を取り出した。そして、男に向かって鏡を向け姿を映すと、手元にあるスイッチを押した。そして、自分に向けて再度スイッチを押す。すると……。
――ボワン!
ミリアの体が奇妙な煙に包まれ、次の瞬間には彼女の姿はまるで鏡に移したかのように男と瓜二つの姿となっていた。
「いっ?!」
屋根の上から様子を見ていたリックは驚く。
ミリアは、再びあのロープを取り出すと、男の足元を囲むように置いた。
「じゃーな。後は任せたぜ」
男の足元に緑色の光が現れ、次の瞬間には男の姿は消えていた。残されたのは男に変身したミリアだけだ。
「見つけたぜ!」
男がその場から離れた直後だった。
突如、ミリアの背後から怒声を含んだ男の声が聞こえた。
振り向くと、そこには怒りの表情を浮かべた3人の屈強な男たちがいた。
「てめぇ、さっきは良くもやってくれたな。あんな舐めた真似をして、ただで済むと思ってるんだろうな」
一番横幅が体格のいい男は、指をバキバキと鳴らしながら距離を詰めてくる。
男に変身したミリアは、その場に膝をつくと土下座をした。
「さっきはあんなことをして悪かったッス! この通り謝るから許して欲しいッス!」
ミリアの殊勝な態度に、一瞬驚いた男たちだったが、すぐに怒りの表情に戻った。
「だ、誰が許すかよ! おいお前ら、そいつを立たせて両脇を掴んでろ!」
巨漢の男に命じられて他の二人がミリアを起こす。そしてそのまま両脇を掴んだ。
「謝るくらいなら、最初から喧嘩なんて売るんじゃねぇよ!」
「いや、全くその通りっスね」
――バキィ!
男の右ストレートが炸裂し、ミリアが激しく吹っ飛ぶ。そのまま積んであった樽の山に激突し、激しい音と共に樽の下敷きとなった。
「ま、素直に誤ったからこれくらいで許してやらあ。次からは俺の前でデカイ面してんじゃねーぞ」
そう言って3人組はその場を去っていった。
いきなりのことに呆気に取られていたリックは、暫くしてハッと我に帰ると屋根から飛び降りた。
「お、おい……大丈夫かよ」
「いちちち……あいつめ、思いっきりレディの顔を殴ってくれちゃって。これじゃあ、お嫁に行けないっス」
リックの手を取りながら、変身の解けたミリアが起き上がる。
赤く腫れた頬を押さえるミリアを見て、リックは居た堪れない気持ちになった。
「なんであんたが、あいつの代わりに殴られなくちゃいけないんだよ。あいつが売った喧嘩なんだろ?」
「それが、身代わりギルドの仕事だからッス」
「へ?!」
その時だった。
――ピーッピーッピーッ。
先ほどと同じけたたましい音が鳴り響く。
見ると、ミリアが自身の腕時計をカチカチと何か操作している。どうやら、あの腕時計から鳴っている音らしい。
「さ、次の依頼が来たっスよ。しっかりと捕まるっス」
再びリックの体に抱きつき、ミリアはロープのような物で自分の周囲を取り囲んだ。そして、次の瞬間二人はその場から姿を消した。
その後も、ミリアは色んな人の身代わりを務めた。
皿を割ってしまった女中の代わりに怒られたり。
頼まれた買い物を代わりに行ってきたり。
補習授業を代わりに受けてきたり。
とにかく、年代、職業、性別問わず、ミリアは色んな人の身代わりをした。内容は様々だったが、全てに共通して言えることは、どれもこれもろくでもない依頼だったと言うことだ。
――パンッ!
「ふざけないでよね! あんたみたいな男、こっちから願い下げよ!」
立ち去る女をバックに、手形を頬につけた軽薄そうな男が倒れている。
依頼は、別れ話を代わりに告げると言うものだった。
「ふぃ~。これで今日は店じまいッスかね」
変身が解けたミリアは、手形を頬につけたままニコリと微笑む。
そんなミリアを、リックはジト目で睨みつけていた。
「これが身代わりギルドの仕事ッス。理解出来たっスか?」
「ああ、理解したぜ。このギルドがろくでもないギルドだってことがな」
そう、身代わりギルドとは読んで字のごとく、他人の身代わりを務めるギルドらしい。
そもそも『身代わり』と言う言葉のイメージが良くない。
意味は、『替え玉』とか『スケープゴート』とか、ようするに本人の代わりの人間が、なんらかの不利益を被るという意味が込められている。
それを進んでやるとは、どんなマゾギルドだよ……。
「悪いけど、俺には務められそうも無いわ。今日限りでやめさせてもらいます」
そう言って踵を返そうとしたリックの首根っこをミリアが掴んだ。そして、無理矢理に引き戻す。リックはその場に尻餅をついた。
「な、なにするんだ!」
「これを見るッス」
そう言ってミリアは、リックの目の前に一枚の紙を見せた。それは、誓約書だった。
「誓約書の第一条にはこう書いてあるッス。『ギルドメンバーは、ギルド長の許可無くギルドを抜ける事は、ギルド法に照らし合わせ厳罰に処する。 もしくは、1億G以下の罰金に処する』」
1億G!
その金額に一瞬焦ったリックだが、すぐに平静を取り戻す。
「へん! そんな誓約書、無意味だぜ! 俺はそんな誓約書を見たことも無いし、誓約を結んだ覚えも無いからな」
「ここにはリックの印鑑も押してあるっスよ」
「え?!」
ミリアの言葉に驚いたリックは、誓約書をマジマジと見つめる。
確かにその誓約書の右下には、リックのサインと印鑑が押してあった。
「そ、そんな馬鹿な?! こんな誓約書にハンコなんて押した覚えなんて……」
そこまで言いかけてリックは、ハッとする。
――郵便でーす。ここにハンコとサイン下さ~い♪
配達員に化けて、わざわざ合格通知を届けに来たミリア。その時、あまり気にせずハンコとサインをしたが、あれってもしかして……。
リックの顔がサーっと青くなる。
「身代わりギルドは深刻な人手不足ッス。悪いんスけど、あんたの身代わりは居ないッスよ」
そう言って、 ミリアはニッコリと微笑んだ。