遠のく夢、近づく現実
麗華はバッターボックスに立ち、場外をバットで指すが、木製のバットの重みでふらつく。その様子を見て一度、投球フォームを構えた健介はため息をつき、構えを説く
「本気か?」
「もちろん、これでも小学校の頃はクラブ活動で野球やってたし、一度ローカルテレビに出た時一応真面目にやってんだから、」
「俺はやるからには手加減はしねぇぞ。」
「当たり前よ、そうじゃないと意味ないでしょ。それより約束守ってよね。」
「あぁ、当たり前だ。10球中1球でもあてられれば、お前の勝ち。俺への嫌がらせで精霊祭の太鼓も叩いてやる。」
「いいんでしょ、その条件で。」
「あぁありえないからな。その代わり俺が勝ったらおれをお前と同じ次元で考えんじゃねぇ。もっとも、その様子じゃ、俺が勝った所でその証明にはなりそうもないがな」
「だからって手を抜かれて、あとから言い訳されたらいやだからの太鼓の条件よ。」
「言ってろ、」
健介は構え直し、麗華のストライクゾーンのど真ん中に正確にストレートを放り投げる。
その速さに思わず、麗華は身を引いてしまうが、思わず口元が緩む。
それは勝ちを確信した笑いだ。
速さは予想以上だったが、コースは予想通り、直球ど真ん中。
今までの健介のピッチングの練習を見て確信した事が2つ、
それは健介がストレート以外一切投げられない事。
そして、ここ一番の時は、正確にど真ん中に最速で投げ込んでくる事。
それは健介の性格によると事が大きい。
正々堂々と、直球勝負。
野球の試合の経験がなく、一人でずっとやっていた健介は変化球や、牽制などは卑怯に感じている節がある。本来野球にはそういう戦略も当然必要だ。
だが、彼が野球に憧れたのは漫画や試合のここ一番の場面で見た名勝負と言われるそういう正々堂々とした勝負。それが彼の目指すべき理想。
だから彼の場合、誰にも打たれないために、誰よりも速く、そして何よりも正確に投げる。
それだけを考えて投球している。
だから挑発すればするほど馬鹿正直に、正々堂々と考えているど真ん中に投げてくると考え、予想は的中した。
健介は身を引いた麗華に、どうだ見たかと言わんばかりに笑い。
もう一度全く同じコースに投げてくる、球威も変わらず、見事なものだが、麗華にとってはより自分の考えを裏付けるピッチングだ。
麗華はその後も3球、4球と、バットを振る事はせずに見てタイミングだけを図り、5球目でようやくバットを振ったが、たまにバットは当たる事はなく、空振りしてしまう。
だが、それは麗華が全力でバットを振ったものの木製のバットが重く思った速度で振れなかっただけ、もう少し早いタイミングで振れば当たるはず、
麗華は6球目、あてるつもりでバットを振るがさらに速度の増した健介の球にあてることが出来ない、まだ速くなるのか、驚きながらも、麗華は負けるわけにはいかない。
絶対に打ってやると、7球,8球,9球と何度も頭の中でイメージをし、バットを振るタイミングを調整していく、そして最後の10球目を前に健介が余裕で話しかけてくる
「どうした、あと一球だ。辞めておくか?」
「馬鹿にしないで、まだ真剣勝負の途中よ。それなのに勝ちを確信しておしゃべりだなんて真剣みの足りない証拠よ。いいこと教えてあげるわ、どんな世界だって本物は最後まで気を抜かないものよ。先に謝っておくわ。あなたの心を傷つけてごめんなさい。」
麗華の真剣な表情にさらに怒りを増した健介は持ち得る全力で投球する。それは勝利を確信し、揺るぎ無い自信に満ちた完璧な投球。
だから、理解できなかった、何が起こったのか、何をされたのか、
そしてそれは麗華も同じだった。軽くあてるつもりだった、あんな速度の球をまともに打ち返せるはずがない、だが、彼女のバットは見事に球を捕え、彼女も経験がないほどはるか遠方、ホームランと言わんばかりに見事な音を奏で飛んで行った。
「やった!」
ここまで飛ぶとは思ってなかった麗華は状況を理解し喜んだが、一方、健介は未だにこの状況を理解できていない。一人喜んでいた、麗華だったが、何も言わずにただ球が飛んで行った方向を見つめる健介に彼女の中の熱が冷めていく。
元はと言えば健介に言葉を選ばず、傷つけられたことが原因だが、これではまるで自分が同じことをしているのではないかそう思えてきてしまった。
「健介君、、、ごめんなさい」
「?なんで麗華が謝るんだ?」
健介を心配した麗華が謝ると、健介は自分を顔を叩いて、気持ちを切り替え、
口元が笑った後、今までにないくらいに、温和な表情で、麗華に尋ねる
「だって健介君怒ってると思ったから、、、」
「、、、これは俺が俺に怒ってるだけ、別に麗華に怒ってるわけじゃない」
「ごめん、、」
「だから謝る必要なんてないさ、むしろ俺は素直に麗華を凄いって尊敬できるよ。」
「べ、別に凄くなんかないよ。」
「、、、打てて当たり前、か?」
「いや、そういう意味じゃ、、、」
言い訳しようとするが健介を見るとフォローを求めているわけではない事は明確だった。
「、、、健介君、たぶん趣味でやる分には、、、だけど、どんなに球が速くても真っ直ぐに同じところにだけ飛んでくるだけじゃ、私でも打てちゃうし、、、、」
「はっきり言ってくれた方が、いい。俺に現実を教えてくれ。」
「ずっと一人でやってきて、きっとTVとかで見た物をまねしてるんだよね。
投げ方も、バットの振り方も、客観的に見てると、なんか変、色々な人のをまねしてて、おかしな感じになっていると思う。」
「その通り、初見でそこまでわかるなんて麗華さんは凄いな。
健介、せっかくだ。いいことを教えてあげるよ、力任せは限界。
このまま一人でやっててもうまくはならない。結局、独りよがりの自己満足。
そんなものにウチの姫を突き合わせるなんて、ロクでもない男だね」
騎士は自転車で遠慮なくマウンドまで入ってくる。




