序章:ここに至る彼女の話②
そしてその週末に人生初のライブ会場。
ライブはその人単独ではなく、ライブハウスでの合同イベント。
でもみんな売れていない人たちばかりでお客さんは私たちを含めてたった十人程度。
「あなた、中学生?」
怖くて、全然楽しくなくて、端っこに座って目立たないようにしている私に制服を着た高校生と思われる女の人が唐突に話しかけてきた。
「はい」
私がライブの音でかき消される声で話しかけると、彼女は私の事をまじまじと見つめた。
「ダメだよ、中学生がこんなところに来ちゃ、特にあなた美人さんだから、危ない目に合うかもよ?一人?まさかその年で彼氏さん持ちとか?」
不思議な人。それが彼女に対しての第一印象
普通じゃない感じ、怖いという訳ではないけど、住む世界が違う人だ。そう感じる人だった。
「あの、今日は、私の姉に連れられて。今日、ここで姉さんの担当している人がデビューするからって、」
「、、、、ふーんそうなんだ。歌?好き?」
「はい、、、でもちょっとこういう激しいのは苦手です。」
「そっか、OK分かった、それじゃ、ちょっとだけ落ち着き目なので歌おうかなか、、、、ねえ、あなた、麗華ちゃんでしょ?」
「は、はい」
「やっぱり、聞いてたとおり、お姉さんにはいつもお世話になっているわ、見てて、今日が私のデビュー。あなたをファン一号にしてあげる。」
そう言って彼女は壇上のグループが演奏を終えると、当たり前のように、堂々と舞台に上がり、サイドにいる姉さんに合図を送る。
後から姉さんから来たのだが、彼女は極度の方向音痴で、学校から直接行くし、行ったことがあるから大丈夫といい、自分でここに来ると言った。
でも結局、予定時刻には間に合わず、まさかの予定外のオオトリを飾る事になった。
悪いのは彼女で、周りからは誰だあいつと、だれも彼女の事を知る人などいない状況で、
突然壇上に上がり、音響が準備をしている間にざわつきだしたお客を、
彼女はたったワンフレーズでその場にいる全員を黙らせた。
それほどまでに彼女の声は圧倒的で、彼女は自信満々に人生初のライブをやってのけた。
そして彼女の歌は確かに届いた。
心にそして魂に、私は理由もわからず、泣いていた。
それが朝霧つばさ、彼女の伝説の逸話として語れるデビューの瞬間だった
彼女のその様子を見て、私は彼女の様になれないと思った。
でも私は憧れた。私の中に消えていた歌と踊りに対する情熱が再び燃えてきた。
彼女の歌と私がなりたかったアイドルは違う方向性。
でも、それでも、私は彼女に憧れた。
この日のライブを境に、彼女の歌はこのライブハウスから口コミで広がり、ネットに広まり、わずか一年で、彼女はTVの向こう側の人になった。
そして彼女に憧れた私は、高校に行きながらグループアイドルの候補生として、たまにバラエティに出ながら
彼女と同じ芸能事務所、姉さんの勤め先で彼女と同じ舞台に立つために練習している。
あの日から彼女に近づくどころか、彼女は遠のいていく。
でも私は、諦められない、絶対、絶対、つばささんのいるところまで、
そしてついに私の努力が認められ、私はつばささんのドームライブで共演する事が出来るようになった。あの日から3年。バックダンサーとしてだけど、つばささんと同じ舞台に立てる。
私は寝る間も惜しんで練習した。絶対に失敗なんてしない。私が絶対に盛り上げて見せる。
だけど、そんな私の努力も、私の思いも、全部周りの人には伝わってなんかいなかった。
身内のコネ、見せかけだけの努力。それが私が大舞台に立つ理由と思われていた。
私は自分のしてきた事に自信があった。
責任と自信。私に何度だって、絶対になるまで、やってきた事がそのまま自信になる、
つばささんように、つばささんに負けないように、決して妥協なんてしない。絶対に諦めない、前だけを見て真っ直ぐに、真っ直ぐに、そんな私の思いが空回りして、
私は本番の前日、先輩たちが笑いながらリハーサルに望むのが許せなかった。
楽しもうとしての笑いではなく、ふざけて笑っていた。そんな気持ちでこの舞台には立ってほしくない。だから私は自分の気持ちを抑えられなかった。
やる気がないなら帰ってください!
何熱くなってんのよ。どうせ誰も私たちの事なんか見ていないわよ。
そういって、何熱くなっているのと私の事も笑った。
それは私の努力が馬鹿にされているようで、そしてつばささんのライブを馬鹿にしているようで、我慢できなかった。
だから私は演出監督に直談判した。本番前日のこのタイミングで、私は先輩を差し置いて一番つばささんに近い場所で踊らせてくれと、
今さら変更はできないという監督に対し、私は出来ます、実際に見て判断してくださいと、しつこく食い下がった。そして私は輩のポジションを奪った。
その時私は自分のことと、本番のことしか考えていなかった。
だから、先輩を傷つけた事も、皆の空気を悪くしたことも見ないふりをした。
そして当日、つばささんのライブの盛り上がりは過去最高潮、私は最高の演技を、それだけを考えて舞台に上がった。
大観衆がつばささんの為に、空気が揺れるような声援を送る中、私は舞台に立った。
周りのプレッシャーに飲まれないように、自分の演技にだけ集中して、
そして私は周りへの注意を怠った。
私は周りの先輩たちから、見えないように死角を作られ、何が起こっているのか、理解できないうちに思いっきり押され、つばささんにぶつかってしまった。
つばささんは私と共にその場に倒れ込み、マイクは投げ出され、会場中にマイクが落ちた大きな音が響いた。