リブート
食後すぐに騎士は自分の部屋に戻るが、麗華は何もしないのは気が引けるとさくらの後片付けを手伝う。食器を拭いている最中に、さくらの携帯から個性的な着信音が鳴り、さくらは嬉しそうに電話に出た。置いてあった携帯にはテツ君という名前にハートマーク、それに画面にはスーツをびしっと着込んだ騎士に似た男性の画像が表示される。
間違いなく、彼女の夫だ。
彼女は鉄平に今日会ったことを話していく、麗華も今日帰れなかったことを謝りたいと電話に出ると、物腰柔らかい口調で、非常に好感のもてる会話をこなしてく。
さくらに似合う男性とはきっと彼のことを言うのだろうというかなり好印象な人だ。
「えぇ、愛しているわ、あぁ後、週末には騎士そっちに行くから、うん、それじゃ」
さくらは最後にキスをするように音を出して電話を切った。
「仲がいいんですね。」
「ははは、ごめんなさい。いつもこれが当たり前だから、ごめんね。」
「いえ、、、大好きなんですね。」
「そりゃそうよ。だって好きで結婚してるんですもん。」
当たり前のように少しも恥ずかしげもなく言ってのけるさくら
「私が世界で一番愛しているのがテツ君で、一番大切な人が騎士。」
その言葉に麗華の方が恥ずかしくなる。
「それはテツ君も同じ。それがお互いに分かっていればいつまでもラブラブですよ。」
片づけを終えると、さくらはコーヒーを、麗華には低カロリー野菜ジュースを出して世間話を続ける。
「麗華ちゃんって、結構大変ね、カフェインもダメ。カロリーから何から何まで」
「私、少しでも油断するとすぐに体に出るんです。スキンケアから食事、運動も、普通の人以上に気を使わないといけなくて、、まぁ、多分もういいんでしょうけど、私の中にまだあきらめがついていない自分がいて、でも、もしここで自分が油断したら、自分の意思で辞めたんじゃなくて戻れなくなるだけだから、変ですよね、学校で友達に会うのが怖くて、人に陰口を言われるのが嫌で、部屋に引きこもってたのに、そういう事だけで最低限やってて、女々しいっていうか、」
「つらくて嫌にならない?」
「習慣になっていますから、それほど、でもたまには、思いっきりだらけたいって思うんです。でも、私は努力する天才を見てきているから、私はいつだって全力じゃないとって、
勇気がいるんです。諦める方が、無理なんですよ、だから宙ぶらりん。」
「そんなことないわよ。そう思えるのはそれだけ麗華ちゃんが真面目に一生懸命やってきたから、諦めないのはそれだけですごいと思うわよ。
私はそういう人は好きよ。諦めるのはいつだってできる。
誰にだって、それこそ、本当はとても簡単に、自分の心に嘘をつけばいい。
納得させる理由を作ればいい、仕方がないって、でもそんなのは嘘だって、自分が一番わかるから、私ね、実家は結構なお金持ちなの、JITって知っている?」
「もちろんです。広告代理店の大手です。私も何度かお仕事でかかわった事があります。」
「私のお父さんは元そこの代表取締役。今は引退しているけど、
私が学生の頃は現役バリバリ、正直かなりいい生活を送っていたと思うわ。
でも、何不自由ない代わり、なんでも親が決めた生き方をしていた。
今にして思えば全部私の為だって思えるのだけど、反抗期の長かった私にとってはそれがずっと分からなかった。だからわざと親の決めた大学に落ちて、遠方の大学にだけ受かった。親の力が及ばない範囲で一人でやってみたいと思ったの。まぁ、その為に結構な仕送りをもらってたし、結局、高校時代に遊べなかった分、遊びたかっただけなんだけどね。
でも、入学して早々、私はテツ君に出会って好きになった。
それで大学1年の時に騎士が出来た。その事でテツ君は相当私の両親から圧力かけられて、勤務していた会社もクビになり再就職もままならなくて、私は両親から子供を産むな、戻って来いとさんざん言われた。それで結局、失踪同然で二人で大学をやめて、こっちの方まで逃げてきた。もうそれからが大変。とにかくお金がなくて、テツ君も夜はアルバイトで、昼は自分たちで立ち上げた会社の営業。騎士が10歳になるまでみんなでテツ君の会社の事務所で暮らしてたんだから、それからようやく仕事が軌道に乗って、この島で暮らしだしのが4年前。私にゆとりが出来たのはようやくその頃になってから、
まぁ、そう選んだのは自分だし、後悔なんてしてないし、辛い事も沢山あったけど、騎士とテツ君と3人で頑張ってきた事は私にとっての宝物。
でも、あの時、テツ君と出会ってなければって思う事もある、思い描いていた大学生活。友達と遊んで、遊んで、たまに勉強して、いろんなこともできたんだって、
たまに思うの、本当にこれでよかったのか、私の人生はこれでいいのかって、私は欲張りで我儘で、自分大好き人間。だから私は、テツ君の妻で、騎士の母親で、二人の為に、それも悪くないし、できる事はしてあげたい。でも同時に宮野さくらって一人の人間なんだって、だから私にとって今が青春真っ只中なわけですよ。
後悔とかそういうのは後からするものよ。何かをしながら悩むこともできるし、やってるうちに答えが出ることだってある。ただ中途半端は良くないわ。
騎士からメールで麗華ちゃんに事情を知っているのばらしたって聞いてるから言うけど、今麗華ちゃんが置かれている状況を変えるほどの情熱があるなら、全力でもう一度やりなさい。諦められないのなら、諦めるか夢をかなえるかどっちかまでやりぬく事。
自分で決めて、辞めるならそれでもいい。
それならそれで私が思いっきり楽しい夏休みにしてあげる。
そうじゃなくて、麗華ちゃんが芸能界の舞台に戻りたいっていうなら私は全力で麗華ちゃんの力になる、学校であなたに罵声を浴びせた友達全員にビンタしてもいいし、事務所に乗り込んで頭だって下げるわ。あぁ、でも偉くもない関係もない私が頭下げても何にもならないから、麗華ちゃんをいじめた先輩たちと責任者に説教ね。
どっちでもいい。どんな道を選んでも、私は麗華ちゃんの味方になる。
でも、周りの人がどうだとか、自分のせいで迷惑がだとかそんな消極的で他人任せにならない事、自分で選びなさい。自分の将来、自分の夢、自分の人生よ。」
「お母さん、声大きすぎ、あと窓締めないと、隣に迷惑だよ。」
騎士が、演説モードに入ったさくらに釘をさしに降りてくる。
「本当はね、麗華さんに、仕事の事とか学校の事とかそういうの全部忘れて、楽しく過ごしてもらおうって、気分転換になれば、って思ってたんだけど、今日神社で愛理さんが歌うのを見る麗華さん、何より楽しそうで、一番生き生きしてたから、
この人はやっぱり歌が好きで、全然諦めてなんかいないって、」
「悩んでるのが辞めるかどうじゃなくて、どうすればもう一度あそこに戻れるか、
そう言う風に悩んでいるんじゃないかって、だったら背中を押そうって、考えたの、
私たちの勝手な思い込みだったらごめんなさい。」
「、、、いいえ、たぶんそうなんだと思います。きっと、私、自分の事が訳が分からなくて、自分がどうしたいのかも分からないんだと思ってました。でも、愛理さんの歌を聞いて思ったんです。私、負けたくないって、、、あの、お願いがあります。ここら辺で、、」
あの日の出来事の後、ショックは大きかったが、
彼女自身。ライブでの出来事は自分のせいでの事故ではなく、周りにはめられたという気持ちが強く、心の傷はそれほど深くはなかった。
でもその事を誰も分かってくれない、理解されない不満、怒りによる周りへの犯行の意味合いが大きかった。でも友達の怒りが、世間の声が、彼女に罪悪感を植え付けた。
友達にどう伝えればいい。私は悪くない、そんな事じゃない。友達が怒っているのはライブに行けなくなったことだ。本当の事なんて友達には関係のない事だ。それが彼女の罪悪感の始まりだ。
周りの罵声、中傷。罪悪感を抱き始めていた彼女はそれらを流す事が出来なかった。
ネットでの批判、学校での視線。内容の聞こえない会話が自分に向けられた悪意だと感じた。時間たつほどにその傷は大きくなり、引きこもり程に彼女は戻れなくなっていった選択肢がなくなり、どうすればいいか分からなかった。
私は誰にも求められていない。私は邪魔な人間。みんな私のせいで迷惑している。
だが、さくらは迷いなく背中を押してくれる。
見ず知らずの人がこんなにも本気で強く。
だから、私はもう一度、前に進みます。その為にも、




