オカン系男子宮間君の受難
宮間一樹(17)
身長は197㎝。少し短めに切られた髪はツンツンとしていて、目付きは鋭い。ガタイもいい強面の彼は、高校に入学した最初こそ周囲に怖がられていた。のだが、
「宮間ー、ボタン取れたー」
「たくっ、貸してみろしゃあねぇな」
一年もしてしまえば、クラスメートには『Mr.オカン』として馴染んでしまっていた。
クラスメートの葉山の上着を受け取り、自身の胸ポケットからコンパクトな裁縫セットを取り出した宮間君は、慣れた手付きでボタンを上着に縫い付けていく。そこいらにいる女子の比ではない、いっそ鮮やかな手付きであっという間にボタンの縫い付けが終わった。
「ほらよ、もう取るんじゃねぇぞ」
「おーサンキュー!」
葉山はお礼を言いながら上着を受け取り、友達の方へと走っていく。裁縫セットを胸ポケットにしまい込みながら、宮間は一人嘆息した。
(あいつきっとまた2ヶ月か3ヶ月したら『ボタン取れたー』ってくるんだろうな。派手な動きするときは上着脱げよ。あと脱いだらハンガーにかけろよシワになってんぞ)
オカンのような事を考えながら、宮原は教室を見渡した。そして、一人の少女を見つけてギシリと歯軋りする。
宮間の視線の先にいるのは、小柄な少女だった。
たっぷりとした黒髪は緩くウェーブをかいていて、小柄な背中を隠している。友達とおしゃべりしているその肩は、小さくフルフルと震えていた。
(あんのバカ。いっくら5月だからってその格好はさみぃだろうがばか!)
先週が暑かったのもあるのだろうが、今の彼女は半袖のYシャツを着ていた。だが、今日は雨が降っているせいか比較的寒く、セーターを羽織っている人もいるほどだ。
宮間君が彼女を睨み付ける視線はドンドン強くなっていく。そうして彼女が小さくくしゃみをしたとき、宮間君の限界を越えた。宮間君は無言で席を立ち、保健室へと足を運んだ。
「佐原」
教室へと戻ってきた宮間君の低い声にピクンと反応した少女、佐原千咲は宮間君に振り返る。
童顔とよく言われている彼女だが、顔は中々整っている方だ。大きな瞳をぱちくりと瞬きして、じわりと彼女の頬が赤くなる。
「な、なに?宮間君」
「お前、さみぃんだろ。さっきから震えてんぞ」
「だ、大丈夫だよ!」
そういった瞬間、また佐原さんは小さくくしゃみをした。小さく舌打ちした宮間君は、右手に持っていた物を佐原さんに差し出す。
「これでも着てろ。保健室から借りてきてやったから」
ずいっと宮間君が差し出したのは、女子用のカーディガンだった。190㎝強の宮間君がこの小さな女子用のカーディガンを借りれたのは、一重に彼のオカン属性が先生方にも発揮されているお陰だった。
常日頃オカンな宮間君は、例え相手が先生だろうとも世話を焼いてしまうオカンなのだ。
ぶっきらぼうに差し出されたカーディガンを、佐原さんはおずおずと受け取った。そして、彼を真っ直ぐ見上げて、ふんわりとはにかむ。
「ありがとう、宮間君」
その花が咲いたような笑顔と柔らかな声色に、宮間君はギシリと歯軋りした。
ズグン、心臓が高鳴る。だから佐原に世話を焼くのは嫌なんだと彼は心の中で叫んだ。
佐原さんに微笑みかけられると、ありがとうと言われると、何故だか宮間君の心臓はドクンドクンと跳び跳ねた。それは心地よくはあるが、むずかゆくって宮間君には慣れない疼きだった。
なんだかもどかしくってどうしようもない。こんな気持ちになるならいっその事佐原さんに世話を焼かなければいいと考える宮間君だが、それでもお節介を焼いてしまうのがMr.オカンクオリティ。
「……風邪引くなよ」
(だああムシャクシャするっ!!)
宮間君は盛大に顔をしかめて、頬を若干赤くして、佐原さんの元から離れた。
元々、佐原千咲は有能な生徒だ。
テストでは上位成績者としてよくその名前を貼り出されるし、よく周りを見ているから気配りも上手だ。だが、いかんせん彼女は自分の事は些か無頓着な所があった。多少無理をしてでも人の役に立とうと頑張っていて、自分への配慮は全くしない。だから、宮間君はよく佐原さんに世話を焼いていた。
なのに、だ。
いつの間にか、彼女からの『ありがとう』が宮間君の心をいとも容易くざわめかせる魔法の呪文となっていた。
これが、最近宮間君を悩ませている『佐原の笑顔とありがとうが辛い』事件である。
(もう決めた!俺はもう決めたんだ!もうあいつにはぜってー世話焼かねぇ!!金輪際一生だ!)
心の中でグチグチと呟く宮間君は、一人で帰宅しながらそう決心した。どんなに困っていようとも、もう絶対に佐原さんに手を差し伸べない。そうすれば、『ありがとう』と言われる事はないだろうし、胸の疼きだって起こる訳がない。そうすれば、宮間君は平穏な学生生活をエンジョイ出来る。
そう決心した宮間君が、比較的人が少ない道を曲がったところに、
「は、離して下さい……」
「あー?聞こえないんだけど、もっとおっきい声で言ってくんない?」
不良に絡まれる佐原さんを見つけて思わず地面に手をつきたくなった。
なんで決心した途端にそういうトラブル起こすんだよぉーー!!
などという宮間君の叫びは勿論声にはならず、ギンッ!と宮間君は佐原さんと不良を睨み付けた。
(いや、俺はもう決めたんだ。もう佐原を助ける事はしない。金輪際、誓って……「ほら、ちょっと一緒にご飯食べ行こーよ」
もんもんと悩む宮間君の耳に、不良の言葉が入り込む。
そして視線を上げた宮間君は、不良が佐原さんの腕を掴む様子をはっきりと確認し、
瞬間、宮間君は本能的に不良に飛び蹴りを喰らわせていた。
「ぎゃああっ!?」
悲鳴を上げた不良は、ゆうに一メートルは吹っ飛んだ。ゴロゴロと地面を転がって、痛みと怒りで自身を蹴飛ばした相手を確認して、
正に鬼の形相となっている宮間君に恐れおののいた。
元々強面の宮間君が怒ったその顔は、鬼か悪魔か般若にしか見えないものへと化していた。彼の頭に角が見える気がした。多分きっと気のせいじゃない。
「おい、てめぇ」
地を這うような宮間君の声。ゴゴゴゴゴという地響きが聞こえてきそうな気がして、不良は意識が飛びかけた。
宮間君の鋭い眼孔が不良を射抜く。アニメか何かなら赤色に光っていそうな鋭さだ。
「ここから立ち去るか、俺に殴られて病院行くか、どっちか選べ」
「さ、さーせんしたああああ!!!!」
不良の選択肢は決まっている。ガクガクと恐怖に震える体を叱咤して、立ち上がる。あんな熊みたいな奴が放つ拳など、それはもやは凶器でしかない。
バタバタと遠退く不良の背中を見つめていた宮間君は、ふと佐原さんの存在を思い出して心臓を高鳴らせた。
恐る恐る視線を横にずらすと、そこにはぽかんと宮間君を見上げる佐原さんの姿がある。
彼女はいつものように目をぱちくりとさせ、じわりと頬を赤くした。
「あ、え?宮間、君?」
「……怪我ねぇか」
「う、うん、大丈夫。その、ありがとう、助けてくれて……」
少し視線を下げた彼女は、若干瞳を潤ませ、両頬をポポポッと赤くさせた。
その一部始終を見ていた宮間君は、自身の胸元をがっしりとつかんでグッと何かを耐えるかのように息を詰めて視線を下げた。
「てん、めぇ……」
「え?」
絞り出すような声に、佐原さんが首を傾げた。その瞬間、佐原さんの小柄な肩を、宮間君の大きな手がわしづかんだ。
「その顔今すぐ止めろ!だからあんな奴に絡まれんだよバーカ!!」
「え、え?」
「今は俺がいたからいいけど俺がいなかったらどうするつもりだバカ!てめぇはちっせぇしか弱いんだからもっと危機感持って行動しろバカ!あともっと人気の多い道選べよバカ!」
「う?え?」
バカバカと連呼する宮間君に、ただ目をぱちくりするしかない佐原さん。他人がみたら熊が兎に噛みつこうとしている図に見えなくもない。ひたすらバカバカと連呼した宮間君は、絞り出すように叫んだ。
「家どこだ!!絡まれないようついていってやるから早く教えろっ!」
そこまで言って、宮間君の頭が真っ白になった。
え?は?何くちばしってんの俺。は?ついていってやるって、いやいやいや、は?もうこれただの変態じゃね?もうこれ俺警察に捕まってもいいんじゃね?は?俺キモッ!超絶キモい!!
「す、すまん、今のは違うんだ、ただちょっと、「いい、の?」」
宮間君のテンパった声は、佐原さんの小さな声にかき消された。彼女の期待に満ちたような瞳に、更に宮間君は混乱していく。
「え、い、いいってなんだ、それ」
「え、や、その……」
固まる宮間君に、今度は佐原さんがわたわたと焦りを見せた。そして、深呼吸をして、一言。
「み、宮間君と一緒に帰れるの、嬉しいと思って……、その、なんか、ごめんなさい」
目を臥せて気まずそうに、『ごめんなさい』と言った佐原さんに、宮間君は顔を真っ赤にして口に手を当ててプルプルと震えた。
初めての佐原さんからの『ごめんなさい』は、『ありがとう』よりも宮間君の心に衝撃を与えた。
「くっそーーー!!」
宮間君の悩みはまだまだ続く。
宮間君それは恋だよ宮間君!
てなわけで息抜きとして書きました。堅物世話焼き男子でした。このあとも宮間君は佐原さんにお節介を焼いて悶々して佐原さんの好き好き攻撃に顔真っ赤にさせてプルプルします。楽しんでもらえたら幸いです。佐原さんバージョンも考えてはいますが最近忙しいので夏休みになんないと無理かなーと遠い目をしている作者です。