真夜中のテロリスト
彼女は音もなく現れる。そのくせ、皆が気づいた瞬間はほぼ同時だ。どれほどの意識が交錯している場所であろうとも絶対に自分を見せるタイミングを知っている。そして、一挙一動から絶対に目を離させないのだ。美人なのか不細工なのか、可愛いのかかっこいいのか、そんな概念は彼女に通用しない。綺麗かもしれないし、そうじゃないかもしれない。かもしれないがそうとは言い切れない、それが彼女だと思う。僕は彼女のことを綺麗だと思うが、別の人は醜悪の塊だという。彼女からしてみればそんな評価どうでもいいんだろうなあと思う。確かにそれは一理ある。どんな評価を受けても人を魅了してしまうのだから。人の奥底の欲望にぐりぐりと空間を作って見事なまでに自分を入れてしまうのだから。
だから、その日も唐突だったんだ。
僕等は確かに楽しんでいた。お互いを励まし、泣き、笑い、きらきらと笑っていたはずだったのだ。
金属の当たる音がして、皆がその音の発生源を見たときにはもう遅かった。
「こんばんは。」
彼女は柔らかい笑みを浮かべていた。いや、これも僕の主観でしかないのだけれど、確かにそこにいた。戸惑い、焦り、そういった負の感情が渦巻く。彼女は鈍い輝きを持つ金属をちらつかせる、それだけで皆静まり返った。姿を見つけられたからなのか、音を立ててゆっくりと彼女は歩く。中央のテーブルの前まで来て、ゆっくり一回転すると恭しく頭を下げた。
こうなったらもう独壇場だ。
金属をテーブルに置く。しかし、緊張の糸は解けることはない。彼女の一挙で白い煙が舞い上がる。その煙に圧倒されて、人々は息を飲む。じりじりと、じりじりと、押さえつけていた欲望が起き上がる感覚を覚える。
魔法のような一時を経て、僕らの目の前には宝石のように輝く――――
オムライスがあった
証明に照らされて光るその茶色いソースは高貴な雰囲気を持っているが、下から仄かに垣間見える黄色は触れたら消えそうな儚さを持っている。その中には一体どんな輝きを蓄えているのだろう―――――。
ごくりと誰かが唾を飲む。少し酸味がありそうで、でも底を支えているのはどこまでも自然な甘い香り――――。もう耐えられない、誰もがそう思っている。
「今宵も皆様の心に何か残りましたら幸いでございます。」
彼女は金属にもう一度蓋を被せた。
「それでは」
一礼をし、くるりと一回転するとその場は彼女が来る前と、物質上は何も変わらないままだった。しかし、もう皆の気持ちは変わっているのだ。
あのオムライスを口にすることが出来たならどんなに幸せなのだろうと……
彼女はいつだって奥底の欲望を揺り動かすのだ、そしてそれをそのままにして帰る。
そう、食欲という名の抗えない欲望を――――――――
おなかがすいたら、テロ成功です。