暗黒事件 3
つまり、レウレトは全民衆の注目する中で欧州との終戦条約締結を全面的に支持することを公言したのである。加えてジュストの面目を保ったばかりでなく自身の存在感を大々的にアピールしたのだ。そうしてこの心理的効果がいつしかレウレトに対する人気へとすり替えられてしまった。これにはさすがのジュストもただ黙って事の成り行きを見守るしかなかった。"とんびに油揚げをさらわれた"格好ではあったが、取り合えずの目標を達成せんと予見した。しかしながらこのジュストの予見は外れてしまう。なぜならアーチの言ったもう一つの"芝居"が用意されていたからだ。それは先の茶番劇から一ヶ月も経たずに起こった世に有名なレウレト暗殺事件である。いったいアーチはどのような陰謀を用いてこの"芝居"を用意したのだろう。
それはレウレトとアーチがロシア大使館にて密談を交わしていた時である。アーチは例の精密機械(※後の中央情報局)を使って独自の情報網を展開していた。そうして蛇のような執拗さをもって反政府民兵組織ジェヌス・コミューンの資金提供者の身元を突き止めることができた。その長い報告書を読み終えたアーチはボルティモアにある田荘の自室にて静かに微笑した。なぜなら報告書にある資金提供者の名前には欧州の名門貴族であり、共和国軍退役元帥ラグダッド=フォン=ガリカと記されていたからだ。しかしただでこの情報を公開するのは馬鹿と愚か者のすることだ。なにかうまいことこの情報を料理する方法はないものか。そんな風にアーチが掛け金と配当を天秤に掛けながら思案している。ようやくシナリオの道筋がたったのか、受話器を取って十六桁の暗号回線を開いた。
「やあバルジーニ」
とアーチが親しげに声を掛ける。すると、
「テールノワールか、君からこの回線を使ってくるとは珍しいな。ということは急ぎの用件か?」
と太く高い声が返ってきた。
「察しがよくて助かるよ」
「わかった、時間と場所を教えてくれ」
「セントラルパークの西にあるミニシアターに十七時半ではどうかな?」
「わかった」
薄暗い空間に一階のみという観劇席に中肉中背のスーツを着た男がステッキを手に持ち座席に着いて無声映画を眺めていた。そうして左側の隣席に置いたサンドイッチをつまんでいる。と、不意に右隣に座る長身痩躯にスーツを纏って帽子を被った男が座った。
「上映中は飲食禁止だぞ」
「暗くてよく見えなかったんだ。それに為替取引が終わったばかりではらぺこだったんでね」
「中央銀行のバルジーニ総裁殿もなかなか忙しいようだね」
「外相を務める君ほどではないさ。ところでテールノワール、用件というのはなんだい?」
「ああ、さっそくで申し訳ないが何分急用でね。君が使っているベルン銀行(※スイス連邦にある銀行の一つ)のリッテンマイヤー頭取との会食をセッティングして欲しい」
「ずいぶんと回りくどいな、君が懇意にしてる所じゃだめなのか?」
「君は私の性格をよく知っているだろう?」
「ああ、欧州が絡んでいるのか」
「君は本当に察しがよくて助かるよ」
「そうでないと君とは付き合えないよ」
対等にね。とバルジーニが心中にて加えながら続ける。
「わかった、三日後に会食できるように努めるよ」
「いつも悪いね」
「いやいや、僕の方がいつも君に助けられっぱなしさ」
「そういうことにしておこう。礼がわりと言ってはなんだが、一つ情報を」
「待ってました!」
「君は相変わらずだな、これから一ヶ月後にユーロは頭打ちになるだろう。それ以降はどこまで下がるか分からない」
「おいおい、穏やかじゃないなあ。これから戦争でもはじまるのか?」
「あくまで可能性を示唆したに過ぎないよ、ではまた会食の時に」
その後アーチはバルジーニを交えて和平交渉という名目で欧州に飛んでリッテンマイヤーとの会食に臨んだ。しかしこの男が和平を望むわけがない、戦争を望んでいるのだ。そうして急進派の貴族を北米から追い払いつつも穏健派のブルジョワジーと一部の資産家達に恩を売って欧州という金脈を確保したいのだ。そのためにはいま一人役者が必要になってくる。それが先のビスマーク会戦の責任をユグラテリア大公に取らされて退役していたガリカだ。そのガリカはいま憤怒と怨念の炎に駆られた野犬のごとき執念を以ってして復讐の炎に燃えていた。あのくちばしの黄色い青二才のレウレトに一矢報いる機会を探っていたのである。これ以上の役者はいるだろうか! 縁もゆかりも恩も怨みもないが、ガリカには尊い生贄になってもらおう。そう思いつつ狐の狡猾さながらに擬態してリッテンマイヤーに話しかけるのだ。




