幸福の絶頂 5
そうして今度はパサディナにある補給基地を見つけて飛空船二隻を手に掴むと、サンタバーバラに駐屯する欧州一個師団目掛けて投げつけた! それで気分を良くしたのか、きゃっきゃっと戦車やら輜重特務兵をばらばらと薙ぎ倒してゆく。そうして欧州と米帝の軍隊全てを吹き飛ばしてしまった。
「あっはっは! おまえはすごいな、あっという間に西海岸を征圧してしまったぞ! さあこっちにおいで」
そうレウレトがルイを抱き上げて自身の頬を擦り寄せる。
「おや、そう言えばマーマはどうしたんだい?」
「マーマまだ寝てたから、ぴいちゃんといっしょに来たの」
とルイが被っていた三角帽子を取ると、そこにはいびつに丸められたピガットがぐったりしていた。
「なんだ、そんなとこに居たのか」
「うう……、今日もルイは元気が爆発しているぞ……」
「子供は元気過ぎるくらいで調度いい」
「まあそうだけど……、うう、おれをキッチンに連れてってくれ。ミスターピッポー(※茶褐色の炭酸飲料)が、おれを呼んでいる……」
「わかったわかった、さあルイ、一緒に行こう。パーパがサンドイッチを作ってやるからな」
そう言ってレウレトは満面の笑みをしてルイを抱きかかえた。
最愛の妻との間に生まれた愛児がこんなにも可愛いのか。そうレウレトは三歳になる我が子を愛撫する父親の幸せをかみ締めていた。人を人と見ない天才特有の振る舞いで政界を我がまま放題に歩き回り、戦場を縦横無尽に疾駆した彼ではあったが、しかし同時に自身の置かれた立場というのがいかに危ういものであるかを認識していた。それはやはり彼自身がシェイン族であるということだ。シェイン族に対する偏見と差別が無くならない限り、彼の心身が本当の意味で安らぐことはないのだ。
――いまもし一度でもこの秘密が一般世間に露見するとどうなるか。自分にそれを否定することができるだろうか。そうして愛するロクサーヌとルイとを見捨てることができるだろうか。大恩ある母上を見殺しにできるだろうか。なによりも自身の夢を裏切ることができるのか。それだけは断じてならぬ! そのためには今よりも強大な権力が必要だ。しかもそれは全世界の一般民衆からも認知されなければならないのだ。そのためには自分はただの一度も失敗もしてはならないのだ。敗れてはならないのだ。
その時、一団の火炎のごとき情熱を身に纏ったもう一人のレウレトが心眼に出現した。緋色の軍服、朱拵えの佩刀、黒の軍靴、胸元には大十字勲章、肩には金モール、燃えるような真っ赤な髪、そうして右目は金、左目は赤という両眼異色の瞳を炯炯と光らせた彼が疾呼する。
――おまえはなぜそこにいる? なんのために軍人になったのだ? おまえはいますべき事を全力でやらなくてはならないのだぞ。さあぐずぐずするな! 前進、前進だ! 見よ、おまえの眼下に糾合せし幾十万の兵士を、左右に並ぶ将官佐官を! 皆が皆おまえの号令を待っているのだ、命令を待っているのだぞ。それだけではない、敵も味方も、いや全世界がおまえの一挙手一投足に注目しているのだぞ。休息はもう十分だ、さあ戦え!
彼は命令すべく生まれた。計画すべく生まれた。駆け引きすべく生まれた。そして戦うべく生まれた。いま一度彼は純愛に包まれた家庭を離れて血風逆巻く戦場へとその身を投じなければならない。闘い続けなければ彼は生きていくことができないのだ。例え彼の敬愛する母上の死に目に逢えずとも、幼い可愛い我が子が流行り病を患って死に至るとも、そのせいで最愛の妻が精神を病んで重篤の身になろうとも、彼は前進しなければならないのである。
後年レウレトは統領府にてこう述べている。
「全ては大きな運命の流れであった。我が輩の往く道にはしかるべき用意がしてあったのだ。しかし我が輩は自らの意思に随ってこの運命を選んだ。そこに生ずる義務を果たすのは致し方なかったのだ。しかしいま思えばなんという大きな犠牲を払ってきたことか。地位や名声や富貴や栄誉といったものは平和な家庭という純愛の前では風の前の塵にすぎぬ。しかしシェイン族解放という自身の夢のためには、我が輩には純愛を捨てるという選択しか残されていなかったのだ」




