幸福の絶頂 2
日が経つごとにロクサーヌのお腹が大きくなり、それにつれて彼の喜びようも形容しがたいほどのものになっていた。そうしてとうとう彼女の出産予定日がやってきた。その日、彼は元帥府に出て軍備の確認をしていたのだが、まるっきり仕事がはかどらなかった。出勤する際には何度もロクサーヌにキスをしたのに、デューイとルブランに対して、
「なにかあればすぐに報告するのだぞ、よいな?」
と何度も念を押していたのに、それでも彼は心配でならなかった。
上級将官の着ける紫の軍服にマントを羽織ったレウレトが元帥府の広い公務室を早足でぐるぐると歩き回っている。そのせいでマントをなびかせていたがそれが気になって脱ぎ捨ててしまう。そこにセリセが公文書をどっさりと抱えて持ってくる。だが彼はそれをじろりと一瞥するだけで気にも留めない。しばらくしてマルローがやってきた。
「閣下、参謀会議室にて皆が待っております」
「そんなものはあとにしろ、オレはいまそれどころではないのだ」
とマルローを帰してしまう。
今度は入れ違いにワトリックがやってきた。
「閣下、各軍団並びに師団の再編成についてご報告を……」
「わかった。だがオレはいまそれどころではないのだ、あとにしてくれ」
とマルロー同様に帰してしまう。その次はスラタニがやってきた。
「閣下、V・S・N搭載の軍事衛星についてフラットレイ技術中佐が謁見を求めております」
「うむ、オレはいま忙しいから、あとにしてくれ」
と帰してしまう。そうしてしばらくするとセリセがまた入ってきた。
「閣下……」
「うるさい! オレはいま忙しいのだ! 誰も部屋に入れるな!」
「し、しかし閣下、デューイ殿から連絡がありまして……」
「なんだと? 回線をこっちに回せ! ……デューイか? わかった、すぐ行く!」
言うや彼がバタンとドアを開け放して部屋を出ていく。そうして緊急車両を使ってボルティモアの屋敷に着き、ずかずかと待合室に向かう。そこにはデューイが居てピガットがクッションの上であわあわと落ち着かないでいた。
「デューイ、経過はどうだ?」
「いましがた始まったところです」
「うむ、そうか」
そう言って彼が後ろ手に組んで部屋をぐるぐると回っている。隣室ではロクサーヌとルブランがいてレティシアが出産の手助けをしている。そうして時折ロクサーヌのうめき声やレティシアの励ます声が聴こえる度に彼は髪に手を突っ込んでいた。
「デューイ、手術が始まってどれくらい経つ?」
「およそ二時間は……」
「時間がかかりすぎてはいまいか?」
「いやはやなんとも……」
「くそっ! なにもできない我が身を呪うぞ!」
言って彼が赤髪をクシャクシャにする。そしてさらに一時間が経つと隣室のドアからルブランが出てきた。
「おい、どうした? なにがあったのだ?」
とレウレト。
「難産だ、覚悟をしておいて欲しい」
とルブラン。
「覚悟とはなんだ?」
「赤ん坊か母親か、どちらを優先するかということだ」
「なんだと!」
そう言って彼が顔を真っ白にした。しかしすぐに決断してこう言った。
「ロクサーヌを優先しろ!」
それから少ししてレウレトが呼ばれ、ロクサーヌの傍につと彼が駆け寄った。
「ロクシー、大丈夫か?」
「レト……、あの子は、わたしたちの赤ん坊は……」
「心配するな、きみはなにも心配しなくていい……」
そう彼が言いかけた時、ふいに赤ん坊の泣き声が部屋にこだました。そしてレティシアがシーツに包まれた赤ん坊を抱えて二人の許に寄ると、
「元気な男の子よ」
そう言ってロクサーヌに抱かせる。
「レト、わたしたちの子よ」
「うん、そうだな」
「フフッ、レトにそっくりね」
「ああ、そうだな」
「レト、この子を抱いてあげて」
ロクサーヌから赤ん坊を受け取り、よく顔が見えるよう窓辺に立つとじっと見つめていた。そうして彼は、
「オレたちの子が、生まれた……」
そう何度も呟いて、満顔に涙を貯めては喜びを噛み締めていた。




