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一期一会 第三部  作者: ヤルターフ
第三編 天馬行空
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幸福の絶頂 1

 この世をばわが世とぞ思う望月もちずきの欠くるとこ無きレウレトは、いままさに栄華の頂点に昇らんとしていた。


 一九八八年九月六日折しも国の名称を米英帝国としたこの日、ホワイトパレス謁見の間にて叙勲式が行われ、数々の戦功が讃えられて彼は米英帝国軍次帥べいえいていこくじすいの称号が与えられた。これで彼は軍内部に於ける実質的権限を握ったわけである。その彼はというと、新たに設けられた元帥府において自ら論功行賞の人事をして腹心のマルローを陸軍中将並び参謀総長(※作戦立案から計画、指導を各司令部に伝達する)に任命し、ワトリックを陸軍少将、スラタニを准将並び統合軍備総長(※全軍の兵站輸送を統轄する)とした。


 その叙任式じょにんしきのこと、紫の軍服に金モールを掛け、胸には大十字勲章と黒地に赤獅子を施したマントを羽織ったレウレトが兵士達に勲章を与えていた。公式の場において彼はいつも赤のサングラスを掛けて鉄のような顔をしていたわけだがこの時は違う。まるで愛児達を慈しむような穏やかな顔をして一人々々に話しかけていく。そうして勲章を首に掛けていくのだが最後の一人になった時、どういうわけか勲章が足りなくなってしまった。どうやら手違いのために一つだけ発注をし忘れたらしい。勲章を乗せた盆を持っていた一等秘書官のセリセが急に青くなって体を震わせた。と同時にその雰囲気を察したワトリックとスラタニが凍りついた。もちろんマルローも顔を強張らせて竜ひげを震わせている。これからレウレトが哀れなセリセを叱り飛ばそうとするのだから皆がおののいているのも無理はない。しかし彼はそうしなかった。セリセを下がらせると彼が最後の兵士につと尋ねた。


「名前は?」

「はっ! 第十三独立歩兵部隊所属、ポール=アンダーソンであります!」

「我が輩の直轄ではないか。階級は?」

「大佐であります!」

「前に一度話さなかったか? 確かオレンジで歩哨していた……」

「その通りであります!」

「やはりそうか! うんうん……」


 と彼がしきりにうなずいている。ややあって彼がまた口を開いた。


「すまない、どうやら手違いがあってきみの分が無いらしい。だが安心したまえ」


 と言いつつ彼が左胸に飾っていた大十字勲章を外し、それをアンダーソン大佐の左胸に付けて、


「我が輩の勲章をやろう」


 そう言って哄笑こうしょうしていた。


 その叙任式が終わって三日後のこと、彼が自邸にある薔薇園で剪定せんていをしていた時、つとデューイが血相を変えて飛び込んできた。


「御屋形様!」

「どうした?」

「ロクサーヌ様が急に気分が悪いと……」


 それを聞くと持っていた剪定ハサミを放り投げ、取るものも取らずにロクサーヌの許へと走っていく。そこにすぐさま医者のルブランがやってきた。彼がわざわざアイルランドから呼び寄せたのだ。自身のしっぽを隠すのとロクサーヌを妻としたのを隠すためである。そうしてルブランとレティシアが部屋に入って診察している時、彼は廊下をぐるぐると歩き回っていた。ピガットも落ち着かないのかピカピカと点滅を繰り返している。やがてルブランが部屋から出てきた。すかさずレウレトがつかつかと近寄った。


「彼女は? ロクサーヌの容態は!」

「三ヶ月だ」

「なんだと! 彼女は三ヶ月しか生きられないのか!」


 とレウレトが顔を真っ青にして言う。


「落ち着け、懐妊したんだ」

「そうか、もっと早く言ってくれ。てっきりオレは……、えっ?」

「つまり、"おめでた"ということだ」


 それを聞いてしばらくの間、彼は石像のように突っ立っていた。やがて我に帰ると喜色満面の笑顔をして彼がこう叫んだ。


「オレの子が、オレの子が生まれる!」


 すると今度はピガットを手に持った。


「おい、ピガット! オレに子供ができたんだ! ロクシーとオレの間に子が生まれるんだ!」

「わ、わかったから少しは落ち着けって。でないとおれはまたおにぎりになってしまう!」


 それからというものレウレトはまさに有頂天であった。公務を終えて屋敷に戻ると、どっさりと買い込んだ育児書を書斎に持ち込んでは読み耽っていた。そのため書棚は育児書で埋め尽くされるほどであった。そうして胎教に良いからと寝室にはバッハやらモーツァルトの曲を流していた。ある時は大量のおもちゃを買ったためにロクサーヌに叱られていた。だが彼はというと顔をにこにことさせてそれを聞いている。そして聞き終えると、


「すまないロクシー。しかしだなあ、オレは嬉しくてつい買ってきてしまうのだ、許してくれ。ああ、はやくきみとオレの子が生まれてこないかなあ!」


 そう言いつつ彼は手に持ったおもちゃをガラガラと振っていた。

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