平和克服 2
その日の宵、彼は陣中にて一筆を記して秘書のセリセに書簡を持たせると、カナダにいる仏国の次席宰相デュバルファス=ヴァン=メベドを経由して欧州側に送った。
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余はここに米英連合と欧州共和国との間に停戦を求むることを記す由是有候。
いずれの干戈に相見えるえるもその被害は両軍甚大であり、これ以上の戦いは無益なりというのが余の衷心である。また両国に於ける国政や民心を顧みる時期でもあると余は所存している。乞い願わくば互いに胸襟を開き腹蔵無く両国との間に建設的なる会談を設けたい所存なり。ついてはこれにメベド公をここに交えて幾猶予の停戦期間を置きたく良き返事を待ちたく候。
恐恐謹言。
レウレト=フォン=ルクレール
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金言琴線に響き文外に鳴る。なんらの名文なるか。レウレトは欧州と米英との間に停戦協定を結び、寛大なる条件で応じようというのだ。
その条件として、
一、仏領カナダ、米英、欧州に於ける三国間の不侵略条約の締結。
一、欧州との停戦期限を最短でも二年間とすること。
この二つを主軸に非武装地帯や捕虜の扱い等詳細を話し合いたいというのである。
はたしてセリセがユグラテリアからの親書を携えてレウレトの元に帰ってくる。その内容を見て彼はしきりにうなずいていた。
なぜに彼がこの時機に停戦協定を結ぼうとしていたかというと、それは偏に拡大した版図を治めんがためである。度重なる戦闘は米英を疲弊させた。莫大なる戦費は国民に課せられる税となって重くのしかかり、さらに物価騰貴を招いて経済を酷く痛めつけてしまった。さらに拡大した前線に配備するための兵を徴集した為に農作物の収穫がままならない。すなわち慢性的な食料不足という状態である。これにより都市部での治安が悪化して民心の政情不安を扇動する一部の活動家が出てきた。逼迫する財政金融経済の混乱、政情不安及び民心に広まる閉塞感等、これらが折り重なって負の螺旋階段を構築しつつあるのをレウレトは察知して欧州との協定を結ぼうとしたのである。
元来レウレトは平和主義者ではなかった。戦争をして北米大陸に跋扈する欧州に鉄槌を下して追い払う道を選んだ。しかるにその一方で恒久的事業を構築するには平和が一番に必要だというのを彼は知っていた。戦争は多くの人間を失い、簡単に破壊してしまう。外交によってなるべく戦争を回避しようとその優れた頭脳で百計を案じていたのだ。後にカナダと南米大陸を米英の版図とするにもそのほとんどがこの外交手段によるものである。戦争は目的を遂行するための一手段でしかないというのが彼の一貫した信条であった。政治が主で戦争は従であるとしていたのだ。あらゆる手段を講じて、しかしそれでもやむなき事態になって初めて彼は剣を取ったのだ。この点は彼の崇拝するナポレオンと軌を一にしている。
そのレウレトから欧州に対して休戦協定の提案がなされた。欧州にしてみれば願ってもない提案である。なぜならば欧州もまた米英同様に深刻な財政難に陥りつつあったからだ。加えて東亜細亜の筆頭である中国と大国ロシアが不穏な動きを見せては虎視眈々と欧州を窺っている。言い換えれば欧州が新世界にて"ケチ"が付きはじめたのを見計らって虎と狼が手を結びつつあるわけだ。かかる事態に於いて欧州は北米大陸から撤退するかそれとも抗戦するか、その矢先にレウレトから寛大なる条件で提案されたのだからこれを受けないわけがない。
かくして欧州は米英との停戦協定を締結することになる。そしてこの一九八五年という年が百年間続いた三国大戦に於ける一大分岐点となった。なぜかというと、それは独仏戦争のあった一八七一年以来から属国となっていたフランスが欧州連合から外れて中立国となったからだ。フランスが中立的立場を取ることで百余年続いたこの三国大戦は収束に向かうことになる。その立役者とはいったい誰であろう。一九八一年にオーランド事変の責任を取り、内相を辞任して間雲野鶴の一読書人としてしばらく国政の場から離れていたこの男に白羽の矢が立てられた。天才陰謀家、アーチ=テールノワールその人である。




