田園詩的純情 2
こうして彼は情熱を燃やして書いた手紙の返事を一日千秋の想いで待っていた。はたして返事の手紙が来ると傍目から見てもいじらしいほどに歓喜して何度も読み返していた。だがある日ぱたりと手紙の返事が来なくなった。
――これはいったいなにごとか!
不安の波が怒濤となって彼に押し寄せてきた。居ても立ってもいられずに幕舎の中を大虎のごとく彼が歩き回っている。するとそこに非番で愛馬のサンダーボルトの世話を終えたワトリックがやってきた。レウレトは自身の悩みをワトリックに打ち明けた。聞き終わってしばらくしてもワトリックは怪訝な顔をしてあごひげをしごいていた。戦場では鬼神のごとき働きを見せ、勢望日の出のごとくであるレウレトから、まさか恋の悩みを聞くとは思わなかったのだ。なんと答えたらいいのかと、やっと考えがまとまってワトリックがこう口を開いた。
「閣下、待つ恋もまた至極と言うではありませんか。ですからまずは落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるものか!」
言ってレウレトが立ち上がった途端、その拍子で机に飾ってあったロクサーヌの小照が落ちて割れてしまった。それを見てレウレトが蒼くなって驚いた!
「見ろ! ロクサーヌは病気か、もしくは誘拐されたかも知れん!」
――こうしてはいられない!
そう思いレウレトが幕舎を飛び出そうとする。ワトリックが必死になってなだめていると、はたして彼のもっとも望む手紙がきた。それでやっと彼は落ち着いた。人払いをして、“呼び出すまで誰も人を入れるな"と厳命したあと、彼は一人幕舎に閉じこもり椅子に座って手紙を読んだ。手紙を読み終えて彼はほっと胸を撫で下ろした。その内容はロクサーヌが風邪をひいて大事を取るためにとデューイが手厚く看病していたために返事ができなかったというものであった。しばらくして彼はハッとしてまた驚いた。返事がなかなか来ないのでロクサーヌを責めてしまい、何度も手紙の催促をしたのを思い出したからだ。すぐさま彼は謝罪の手紙を書き記して秘書のセリセを呼んだ。そして先程書いた手紙を渡してこう命令した。
「この手紙を直接ロクサーヌに渡すこと、そして彼女を無事にテキサスに連れてくること、その出発の際にはヴォルンを使って知らせること、そして一時間ごとにその様子を知らせること。復唱しろ」
そうしてセリセが復唱して幕舎を出ると、テキサスの守りを任せているマルローをデ・モインに呼び寄せて司令官とし、彼はヒューベリオンに乗ってテキサスに向かった。この時期、欧州との戦闘は小康状態にあり、お互いに様子を窺っていた。それを見越してロクサーヌに会うことを決めたのである。
――はじめからこうすれば良かったのだ。
ヒューベリオン船内にある指揮官室にて彼はしみじみと窓外に広がる青空を眺めていた。テキサスに着いてからは兵站や前線にある兵の配置を検討しつつロクサーヌが来るのを首を長くして待ち続けていた。待って待って待った。一日が過ぎ二日が過ぎて三日目の朝にやっとセリセからの連絡が来た。一時間ごとにセリセからの定時連絡を聞く度に彼はうなずいていた。そしてロクサーヌがヒューストンに着く報を聞くと彼は我慢しきれずに自ら車に乗り込んで迎えにいった。はたしてレウレトはロクサーヌに会うことができた。セリセがその様子をこう述懐している。
「あの時の閣下の喜びようと言ったらなかった。会うなり閣下はロクサーヌ殿を抱きかかえるとくるくると回っていた。そうして人目もはばからずに接吻をしようとしているのをなんとかロクサーヌ殿がなだめていた」
それからというもの彼は二週間もの間ロクサーヌに付きっ切りだった。彼自ら馬を引いてダラス郊外を案内し、馬上にいる彼女を楽しませていた。だが突如としてこの英雄児の幸福の一時が終わってしまう。敵大将ダマスクとガリカ元帥がそれぞれ兵十万を率いてデ・モインに向かっているとの急報が入ったのだ。ダラス空港にある軍用滑走路には離陸準備を完了した飛空船ヒューベリオンが統合司令官の搭乗するを待っていて、そのタラップの前でロクサーヌが見送りに来ている。夫が万死を賭して戦地に赴くの時、ロクサーヌがふいに一掬の涙を零す。その涙を指で拭いつつ心中にて彼がこう叫んだ。
――ダマスクにガリカめ、ロクサーヌを泣かせたな! ことごとく粉砕してくれる!
怒りに狂ったレウレトはガリカ、ダマスク両軍を相手に鬼神のごとき働きでこれを木っ端微塵にしてしまった。そうして彼は北米各地を転戦していった。
天馬行空並み居る軍勢を打ち払い勢望止まるところを知らず、途中々々の都市では英雄を迎えるべく多くの女性が群がっている。しかし彼は鉄のような顔をして一顧だにもしない。ミズーリ川の辺にあるスー・シティにて、彼はロクサーヌにこんな手紙を書いて送っている。
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幾山河、荒野を照らす月下にて、少年のように詩人のようにただただ君を想う。
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そうして彼は幾日もの眠れない夜を過ごした。こういった田園にて紡ぐような純情が彼の中に流れていた。彼はまさに命懸けの恋をしていたのだ。
全人の恋、なんぞ峻烈なるや。
半神の英雄、詩中の人、これ一曲無韻の譚歌である。




