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一期一会 第三部  作者: ヤルターフ
第三編 天馬行空
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日常生活 8

 奉公人を雇うことでレウレトはロクサーヌと過ごす時間を作れた。公務から屋敷に帰ると帝都から取り寄せた流行の服や装飾品を彼自身が着せては、


「ロクシーはなにを着ても似合うなあ」


 と満面の笑みを浮かべて喜んでいた。


 そうして休日は二人だけで過ごしていた。広大な敷地には山があり、川が流れ、湖がある。辺りには四季折々の草花が咲き、清澄な空気が辺り一面に漂っている。山に行っては散策をして、ある時は川では釣りをして、またある時は湖でボートに乗っては彼女お手製のサンドイッチで食事を楽しんでいた。そうして湖畔に浮かぶ白い雲を眺めつつふとレウレトが言った。


「なあ、ロクシーの夢はなんだ?」

「わたしはもう叶っているわ」

「うん?」

「あなたとこうしていること」

「そうか」


 と彼が微笑む。ロクサーヌもまた微笑みつつ聞き返した。


「レトの夢は?」

「オレは君との家族を築くことだ。そして、その子供達が幸せに暮らせる世界を創ることだ」

「レト……」


 言いつつロクサーヌが愁眉しゅうびを浮かべる。


「そんな顔をするな。オレはまだまだやることがいっぱいあるのだ。だがなによりも一番に思うのは、もっと君を幸せにしたいのだ。もっと君を愛したいのだ。だからオレは死なない。君を置いて死ぬものか」


 夕刻になると二人は湖畔に建てたログハウスで夕飯を済まし、入浴の時はロクサーヌに背中を流してもらい、夜は互いの名を呼びつつ求め合い激しく愛しあっていた。睦事の後に彼はロクサーヌに本を読んでもらうのが好きだった。彼女の音律豊かな声を子守唄にし、柔らかな胸に頬を当てて眠るのが彼の至福の時であった。またレウレトは非常に子煩悩であった。奉公人の中にも恋人がいて夫婦がいる。彼はそういった者達のために家族寮を建てて世帯ごとにあてがっていた。そして新しい家族が誕生すると名付け親になり、祝い金と育児休暇を与えた。さらに子供達のために校舎を建て、教師を雇い、教育を受けさせた。そうして成長した子供達とピガットも混じえて一緒になって遊んだ。


 ある時は鬼ごっこをして彼が鬼になって子供達を追いかけていた。キャーキャーと喜びながら走り回るピガットと子供達、短い脚に大きな頭の彼が一生懸命に追いかけると足がもつれて派手に転んだ。それを見てピガットと子供達がコロコロと笑う。すると彼がごろんと仰向けになり、むくと上半身を起こした。それにびっくりした子供達が笑い声をぱたりと止めてしまう。その途端彼は愉快そうにカラカラと笑った。つられて子供達もまた笑いはじめた。


 時節は足早に過ぎていき、冬を越して春を迎える。そうして欧州と米英との休戦協定の期限が切れた。この日の彼の格好は将官の着用する深紫の軍服に身を包み、朱拵えの佩刀を腰に差して赤いサングラスを掛け、漆黒の外套を羽織った出で立ちである。ロクサーヌが見送りにと邸の門前に佇んでいて、それに気づいた彼が声をかけた。


「ロクシー」


 呼ばれてロクサーヌが持っていた赤のスカーフを彼の首に巻き付ける。古来より妻が夫の無事と再開する時にすぐに分かるよう目印を付ける意味でスカーフを巻くのだ。そうしてロクサーヌが心配そうに言った。


「御武運を」

「君に勝利を捧げるために必ず戻る、必ずだ」


 そう言って彼は車に乗りこんだ。


 エンパイアステートに着いた彼はすぐに元帥府と参謀省合同の指揮官級会議に参加した。彼の左右には准将になって黒い八字ひげを生やしたマルローと副官で金髪直毛のスラタニが出席している。そうして周りにいるのは三軍の将官と次帥、元帥、参謀総長といったそうそうたる面々が名を連ねている。会議の主題は米英軍の統合司令官を誰にするかというもので、結果は満場一致でレウレトをその任に着くことを決定した。この時分で彼の階級は陸軍大将で弱冠ニ十三の青年将官であるのだが、なぜに統合司令官という重責に抜擢されたのか。当時の上級将官の面々はそのほとんどがアーチの恩恵を受けて現在の地位に就いていて、ゆえにアーチと頻繁に密談をして根回しをしていたのだ。このように彼は軍内部に於いても着々と権力を手中に納めていくのである。しかしこの蜜月関係は長く続かない。なぜならばアーチがアーチでいるために。


 一九八三年の五月二十六日、米英は欧州に再び宣戦を布告した。その翌日にはエンパイアステートにて軍事パレードを行い、多くの民衆が沿道に集まって戦場に赴く兵士を見送った。そうして街宣車の上にいるレウレトを見つけては歓呼してこの英雄の名を叫びつつ万歳をしている。しかるに彼は鉄のような顔をしていた。だが一度だけある方向に向かって敬礼をした。なぜならその先には黒服を着た長身の男が立ち、その傍に紺碧の髪をした女性がこちらに向かって手を振っていたからである。

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