日常生活 3
* * *
初夜を過ごした翌日のことである。新妻であるロクサーヌのメイド服に着替える音が聴こえてレウレトが目を覚ますと、それに気付いた彼女が声を掛けた。
「おはよう、レト」
「おはよう……。なあ、ロクシー」
「なに?」
「なぜメイド服を着ているのだ?」
「なぜって……、これから仕事だから」
言われてレウレトは少し不機嫌になる。そうして子供の拗ねた顔をした彼が言った。
「オレたちは結婚したのだから、君はメイドの仕事をしなくていいのではないのか?」
「わたしはレトの妻だから、家を守らなければいけないと思うの」
「しかしだなあ……」
「お母様もそのつもりでいらっしゃるわ」
そう言われてレウレトは黙ってしまった。彼をなだめるために着替え終わったロクサーヌが子供をあやすような顔をして横に座った。
「そんな顔しないで」
「む……」
「今日はハンバーグだから楽しみにしてて」
「うむ」
「じゃあね」
言ってロクサーヌがレウレトにキスをして部屋を出ていく。それで彼は一人残されたわけだが彼女にキスされて幾分か機嫌が治った。なぜに彼が機嫌を悪くしていたかというと、その理由は至って単純であって、彼はロクサーヌといる時間を何よりも大切にしていた。新婚の夫婦にありがちな感情が彼の心中にもあったわけだ。
確かに彼は米英陸軍中将であり、テキサス方面軍の総司令官並びに総督を兼任し、加えて国税省官房のポストに着いている。貴族の御歴々達は自身の名誉を飾ろうと彼を招待し、官僚並びに政治家といった猟官運動者はなんとかして彼の歓心を買おうと躍起になっている。民衆と兵士は彼を英雄として称え且つ憧憬している。旧世界に目を向ければ欧州、露国、東亜細亜は彼という存在を畏怖し、対照的に新世界と呼ばれる南米、オセアニアは彼を太陽のように仰ぎ見つめ、特に暗黒大陸と呼ばれたアフリカ連邦の人々は彼を救世主として崇拝している。けれども彼を一個の人間として見てみるならば、まだ年歯僅か二十二の若い青年なのだ。好きな人ともっと一緒に居たいと思っていたのだ。彼がわがままを言おうとして、しかし思い止まって愛するロクサーヌの好きにさせていたのである。
まだベッドに座っているレウレトは、ふと自身の唇に触れた。キスの感触と、彼女の熱い吐息が思い起こされた。そうしてめくるめく夜が甦ってきた。自身の上で踊る彼女の媚態と嬌声を脳裏に浮かべると彼の男性自身が熱く滾り脈を打った。自身の肉欲を彼女の中に迸らせたいという激しい衝動が彼を襲った。寄せては返す山火事のような快楽の波に思いを馳せていると、つと嫉妬心が彼の心中に黒炎となって燃えあがった。ロクサーヌの体に残る痣があるのを思い出したのだ。ぎりぎりと口端を結んで拳をわななかすと、
「いかにしてウォーレンを奈落の底に落としてくれようか!」
そう胸中で叫んだ。と同時に彼の脳裏にある案が浮かんできた。即決即断が彼の武器である。直ちに彼は傍にある受話器を取り出してデューイを呼んだ。
「セリセはいるか?」
「確か、セリセ殿はマイアミに休暇中かと」
「いますぐここに連れてこい!」
御屋形様の命令は絶対である。その命令を即座に遂行するべく優秀なる執事デューイは二人の黒服を伴って一路マイアミへ飛び立った。
白い砂浜、滔々たる紺碧の海、母なる鼓動を想わせる波の音、そして燦として降り注ぐ陽光……。嗚呼、ここは本当に地上の楽園なのか。なんとはなく横に視線を移せばそこには妙齢の女性が居て、そのなよやかな褐色の体に香油を塗って寝そべっている。実になんとも艶めかしい。
――閣下が休暇を取ってくれて良かった。
そうセリセがしみじみとしている。
――よし、もう一泳ぎするかな。
それでセリセが体を起こす。すると、どこか遠くからジェット機の噴射する爆音が聴こえてきた。なんだなんだとセリセが慌てていると上空にバリバリと音をさせてジェットヘリがゆっくり降りてくるではないか! プロペラの起こす風によって砂塵が舞いあがる中、黒のサングラスを掛けた三人の黒服がこちらにやってくる。そうしてやはりセリセの前で立ち止まった。
「セリセ殿」
「デュ、デューイ殿か?」
「左様でございます」
「い、いったいこれは……」
「御屋形様がお呼びでございます。さ、早くヘリに御搭乗を」
「しかし僕は」
「御屋形様の御命令です」
言ってデューイが指を鳴らして二人の屈強な体をした黒服がセリセの腕を取る。そして水着のみという格好のまま、あれよあれよと無理矢理押し込まれ、ジェットヘリは爆音を鳴らして空へと飛び立った。




