日常生活 1
× × ×
統領府の執務室にある大窓からは夕日が差し込み、部屋を茜色に染めている。それを背にして座るレウレトをフェデリコが眩しそうに見つめていた。燃えるような赤い髪、両眼異色の瞳がこちらを見つめている。その表情は以前よく見た鉄のような顔ではなく、穏やかな微笑みをたたえている。
ふとフェデリコが質問した。
「閣下、北米大陸を制している当時、どんなお気持ちでありましたか?」
「そうだなあ……。我が輩の敬愛するナポレオンになったような気分だったなあ。我が輩は宙を歩いていたような錯覚を感じてな、その下をテラがくるくると回っているのだ。テキサスはもぐらの穴のように小さく感じたなあ……」
少年のように瞳を真ん丸くして、そう言った。
「御屋形様、そろそろ……」
「分かった。マルロー、フェデリコ、また明日来てくれ。この続きをしよう。デューイ、二人を送ってくれ」
「かしこまりました」
マルローとフェデリコがレウレトに敬礼をして、それからデューイに連れられて執務室を出ていく。一人残されたレウレトはおもむろに椅子から立ちあがった。そうして大窓に歩み寄り、桜華街の様子を見つめていた。わんわんお広場には沢山の人が往来している。その中には小さな楽隊がいて、それを聴いている人垣があったり、小さな子供が駅から出た父親を迎えたりしている。そういった、黄昏色に染まった日常の風景が彼の目に映っている。
――嗚呼……、今日も平和なのだな。
そう思い、胸元にあるロケットを取り出しパチンと音をさせてフタを開ける。中には今も色褪せぬ紺碧の髪をした女性が華のような笑顔を咲かせていた。
――ロクサーヌ。
見ているか。オレの創った国を見ているか。君の夢を、叶えたぞ。オレの夢を、叶えたのだぞ。
ロクサーヌ。
オレは君の許には逝けないかも知れない。なぜならオレはあまりに多くの血を浴びてきたのだからな。
ロクサーヌ。
もし君の許へ逝けるのなら、もし君を一目見る機会があるのなら……、その時はオレを褒めてくれ。
それでオレは十分だ。満足だ。幸せだ。心置き無く、地獄へ逝ける。
ロクサーヌ。
オレはもう少ししたら、そっちへ逝こうと思う。それまで、精一杯、生きないとな。
それが、君との約束だからな……――
コンコンとノックの音がして、デューイが執務室に入ってきた。
「デューイ」
「はい」
「おまえはいま、幸せか?」
ふいの質問にデューイは少し逡巡したが、細い目をさらに細くして答えた。
「御屋形様と共に歩めて、私は幸せでございます」
「そうか」
言いつつ彼がデューイの持った上着に袖を通す。
「子供達はどうしている?」
「皆元気に遊び、学んでおります」
「うん、そうか」
袖を通した時、上着の裏地に獅子の刺繍があるのを見つけた。それをなぞりつつレウレトがまた続けた。
「アルバは、どうしている?」
「前のアパートに戻り、仕立屋の傍らに絵を描いて生計を立てているようです」
「シャノワもか」
「はい、二人で助け合って生活しているようです」
「二人は、幸せそうだったか?」
「それはもう、仲睦まじく」
「そうか……」
レウレトがステッキを手にする時、デューイが言った。
「御屋形様、アルバ様には会われなくてよろしいので?」
「うん、幸せなら、それでいい」
× × ×
レウレトとロクサーヌは結婚した。一九八ニ年の十月十三日のことである。挙式は教会ではなく彼の薔薇園で行われた。人が通れるほどの荊のトンネル。石畳には赤いカンツォーネの花びらが敷き詰められている。東屋にあるテーブルを祭壇に見立て、その前にレウレトが一人佇んでいた。赤は彼のトレードマークでもあったから、衣装もそれに倣って深紅で纏めている。そこから少し左に視線をずらすと白椅子の上に置かれたクッションに身を置いたピガットがいる。赤い髪を総て後ろに流した彼が声を掛けた。
「ピガット、どう見える?」
「バッチリ決まっているぞ、士官学校の時とは大違いだ」
「フフン、減らず口を」
「おっ! 誰か来たぞ」
ピガットの見るほうへ振り向くと、ちょうどレティシアが入ってきたところだ。
「母上」
「もう少ししたら、あなたの花嫁さんが来るわ」
「そうですか」
「ああ、レト……、もっと顔をよく見せて」
「母上……」
「彼女を幸せにするのですよ」
「はい」
そうしてしばらくすると、トンネルの方からゆっくりと薔薇を踏み締める音がしてきた。




