レティシア 1
ここでレウレト少年の敬愛している母上のことについて記述しておきたい。なぜなら彼を一番良く知る人だからだ。
彼女の出身は奴隷である。ロンシャンやシャノワもそうであるように、髪や耳、瞳、性別、年齢で値段が付けられる。こういった奴隷を売買するのだから、当然そこに利益が生じる。ではどのようにして奴隷商人や"愛好家"の貴族達が利益を得ていたのか。それは馬産家がサラブレッドを作るような、いわゆる"ブリーダー"がいて、優秀な子孫を残すために選別をして掛け合わせて配合して、理想に近い子孫を産ませるという、全くもっておぞましい人外の行為であり、悪魔の所業を思わせる行為を生業としていたのだ。そういった“ブリーダー”達には貴族や商人というお得意様がいて、それで需要と供給の関係が成立する。さらに貴族達は自分好みの奴隷がいないかと、色眼鏡を掛けながら探すうちに、やがて同じような考えを持った、いわゆる"ドッグコレクター"と呼ばれる輩が集まるようになる。そうして行われる競売は言わば貴族達の社交場であり、そこで互いのコネクションを広げたり、"愛玩具"を自慢するような、低劣極まりない会話をしていたのだ。悪魔達の催すサバトがいかなるものか!
そういった社交場に"奴隷の子"としてレティシアもいて、壇上に引き出される順番が回ってくるのを、いまかいまかと震え怯えながら待っていた。買い手によっては、生きながらの地獄の日々を過ごすかも知れないからだ。その社交場に金髪を七対三に分け、深紫の軍服に絢爛たる意匠を煌びやかに光らせ、黒無地に赤獅子の紋章を施したビロードのマントを纏い、威風然とした大貴族のアイルランド領主、エスカレット=フォン=ルクレールが居た。
ルクレール家はランカスターが英雄王となる草創から忠誠を尽くしており、その武勲によって立身出世したために、世人に武門の棟梁と称賛され、武名を天下に轟かせていた。そのエスカレットがなぜにこの場所にいるのかというと、彼自身は全く興味が無かったのだが、いわゆる上流階級のお付き合いということで、仕方なくここに来ているのだ。およそ武骨一辺倒な彼はこの異様な雰囲気に早くも辟易としていた。幼少の頃から帝王学を研鑽しては日々の鍛錬を怠らず、青年の日から戦地を駆け巡って齢四十を迎えた彼は、さっさと家に帰って剣でも振っていた方がましだと考えていた。
そうしてエントランスに向かおうとした時、鎖に繋がれた、裸のレティシアが壇上に立った。彼女の一糸纏わぬ姿にエスカレットは全てを奪われた。気づいたら右手を掲げていた。自分でも信じられないほど大声を張り上げていた。ようやく競り落としたその瞬間、彼の胸中は有無言えぬ達成感に満たされた。戦勝を得るよりも、世界一の宝を手に入れた気分になった。戦争に明け暮れ、まだ結婚をしていない中年のエスカレットに激しい恋が訪れた。
彼は騎士であり、紳士でもあったから、彼女が着る服を用意させて丁重にもてなすようにと、自身の身の回りを世話させていた若かりしデューイに言い付けた。そして矢も盾もたまらずにすぐさま車を飛ばして屋敷に戻り、改めてレティシアと対面した。そのレティシアはというと、赤い巻き毛を折々と束ね、英国製のピット金剛石を散りばめた、満天の星にも勝るとも劣らない煌びやかな萌黄のドレスを着ている。普段、麻でできた服とも呼べないぼろ切れを着ていたから、慣れない彼女が困惑の色を紅玉の瞳に映しては筆の払ったような眉根を寄せている。そうしてうやうやしくお辞儀する彼女の可憐さに、エスカレットは陶酔した。初対面こそレティシアは怖がり、エスカレットは腫れ物に触れるようにしていたが、二人は徐々に打ち解けて、心を開くようになる。相思相愛の仲になるのに時間はかからなかった。だが運命は悪戯を好むもので、二人の幸せは長く続かない。




