アンダー ザ ローズ 10
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広大な庭園にはいくつかの建物があり、それは果樹園や南国の植物を集めた植物園が建ち並んでいて、その建物の一角にレウレトが造らせた薔薇園がある。休日になると彼は良くここに来ては観賞をして心身を癒していた。白や桃や黒や黄と、繚乱と薔薇が咲き乱れる中に石畳の敷かれた小道に人が通れるほどの荊のトンネルがあり、コツコツと音をさせてトンネルを抜けていくとそこにはこじんまりとした空間が広がっている。そこは言ってみれば東屋といったもので、小さな白のテーブルと、傍には椅子が二脚向かいあって置いてある。そこから少しく見上げると吹き抜けになっており、薄暗い中に月光のカーテンがたなびいている。
鮮やかな赤のカンツォーネが咲き乱れる中、白木で出来たベンチに傍立つようにして紅いガウンを着たレウレトが佇んでいる。ふと足音に気づいておもむろに振り向くとそこにはロクサーヌがいた。紺碧の長い髪を総て下ろし、矢のように直い体には白のネグリジェを纏い、その上に水色のカーディガンを羽織っている。しばらくの間、彼はその姿に見惚れていた。
「レト?」
「ああ、ごめん」
言って彼はベンチにハンカチを敷き、そこにロクサーヌを座らせる。そうしてその隣に腰を下ろした。清香馥郁たる薔薇の香りに包まれる中、月光を浴びて二人はただ静かに自身の手を見つめている。ふとレウレトが口を開いた。
「ロクシー、この屋敷にはもう慣れたか?」
「ええ……、たまに迷子になりそうな時があるわ」
「そうか」
言って彼は微笑んだ。
「仕事は大変か?」
「デューイ様やレティシア様が丁寧に教えて下さるので大丈夫です」
でも、とロクサーヌが語を続ける。
「たまにピガット君がイタズラをするけど」
「しょうがないなあいつは……」
それを聞いてロクサーヌは微笑んだ。そうしてしばらく二人は互いに見つめ合っていた。ふいにレウレトが言った。
「ロクシー、君が好きだ」
それを聞いて彼女はうつむいてしまう。だがなおも続けてレウレトが言った。
「オレはきみの総てが好きだ。きみの声や仕草、振る舞い……、総てだ。オレは君を幸せにしたいのだ。そして、きみの笑顔が見たいのだ。きみという存在だけがオレを照らしてくれる……。オレはロクサーヌ無しでは生きていけないのだ」
「ありがとう、レト。でも、わたしはあなたの心に添えられない……」
「なぜだ?」
「あなたは……、貴族だから」
「身分がなんだ! そんなもの捨ててやる!」
「あなたは……、英雄だから」
「そんなものは偶像にすぎない!」
「あなたは人間で、わたしは奴隷だから……」
「それは違う! それは違うぞロク……」
「なにが違うの!」
レウレトの言葉を遮るようにして彼女がそう叫んだ。
「あなたはわたしがあの男になにをされたか知ってるんでしょう! それに、わたしの体を見たじゃない! ええ、そうよ! わたしはたくさんの男に飼われてきた性奴隷なのよ! 賎しい牝犬なのよ……」
「ロクシー……」
言ってロクサーヌを抱き寄せると彼女が泣き止むまでそうしていた。
「怖かった……、あなたに知られるのが怖かったの……。あなたがわたしと一緒に居たいって言ってくれた時、とても嬉しかった……。でも……」
一旦うつむいて、それから彼女は意を決するようにしてまた口を開いた。
「わたしは……、あの男に毎夜抱かれていた。体を縄で縛られ、宙吊りにされて、叩かれて……、それでもわたしは劣情を感じていた、浅ましい女なのよ……。だから、わたしはあなたにふさわしくないと思ったの……」
途切れ途切れに紡ぐ言葉を聞いてなぜ彼女が避けていたのかを彼は理解した。と同時に腸がちぎれるほど痛心していた。そうして克己心で憤怒の情を抑えつつ親身に彼女の話を聞いていた。
「わたしはいつも暗闇に覆われていた。朝日が昇ってきてもわたしの心はいつも夜だった。いつかこの暗闇に呑まれてしまうのだろうと生きるのを諦めていた。そんな時にレト、あなたが現れた……。ねえ、覚えてる?」
「なんだ?」
「わたしがあなたのことを太陽だって言ったのを?」
「ああ、もちろん覚えているぞ」




