アンダー ザ ローズ 6
しばらくして舞台脇に照明が当てられると紺のブレザーを着た男が登場して慇懃に挨拶した。そして男の合図を元に犬耳をして、しっぽの付いた年端のいかない裸の少年が装着された首輪に鎖を繋がれた状態で引き連れられてきた。
「そういえば君は競売に参加するのは初めてだったな」
「あ、ああ……、そうだな……」
「では簡単に落札の仕方を説明しておこう……」
とアーチが説明し始める。だが彼の耳には届かなかった。なぜなら目の前で繰り広げられている光景があまりに衝撃的だったからだ。舞台の上で得体の知れない恐怖に体を震わせている少年を見て自身の幼少時代がまざまざと蘇ってきたのだ。蔑まされ、罵られ、嗤われた光景が脳裡に浮かんできた。石を投げられ、体のあちこちをめった打ちにされたことが走馬灯のようにして目の前を横切っていく。額から汗を流し、蒼白な顔をしているレウレトを見てアーチが声を掛けた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……」
「少し休んだほうがいいのではないか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか、では私はそろそろ……」
とアーチが言い掛けて席を立つのを止めた。レウレトがある一点を凝視していたからだ。何を見ているのだろうとアーチも顔を向ける。壇上には長い紺碧の髪を総て下ろし、表情には羞恥の色を浮かべた一糸纏わぬ姿の女性が後ろ手に立たされていた。
「ロクサーヌ……」
そうレウレトが洩らすのをアーチは聞き逃さなかった。
――彼女がロクサーヌか。どういうわけかレウレトは彼女に"ぞっこん"のようだ。どうやら彼女がレウレトの弱点らしい。さて、どうしたものか……。
暗夜老樹の上で獲物である小ネズミを見つけたふくろうのように、アーチは内心ほくそ笑んだ。そうしてロクサーヌからレウレトへと視線を移すと、その瞬間彼は"ぎょっ"とした。冷々死灰にして寒厳枯木とした鉄面皮の、いつも無表情でいたアーチが驚いた。例え十年の知己であろうと幾度も助けられた恩人であろうと斃す時機がくれば知謀の限りを尽くし、相手目掛けて一気に突進して寸裂したあのアーチが戦慄した。いったいなぜにアーチは体をわななかせていたのだろう。
それは、レウレトが鬼の形相をしていたからだ。すなわち、眉間にシワを寄せて目を見開き、歯ぎしりをして口を真一文字に結んでいたのだ。体をわななかせ、握り拳からは血を滴らせ、それを激しく震わせていたからだ。そうして彼は髪を逆立て烈火のごとく怒ったまさに阿修羅といった様であった。目の前でロクサーヌの傷だらけの体を好奇の目で見ては嗤い、卑しい野次を飛ばしている輩をレウレトは憎悪していたのだ。それを見てアーチは背中に冷や汗をかいていたのである。
だがさすがにアーチと言うべきか、非凡なる人間研究家である彼は持ち前の冷徹さを取り戻し、レウレトを観察した。そうしてその剃刀のように切れる頭脳が即座にロクサーヌに手を出す愚を犯すまいと看破した。それと同時にボックス席にいるウォーレンを憐れんだ。彼は近々破滅するだろう。そう思い蝮のように微笑んだ。
ふとその時、
「一千万!」
という半ば叫ぶような声で言う者がいた。声の主は果たしてレウレトである。彼が言ったおかげで場内は水を打ったような静けさに包まれた。それに気づいたロクサーヌが顔を上げた。その刹那、ロクサーヌとレウレトの目が交わる。レウレトは一つうなずきまた言った。
「一千万だ」
その声を聞いて他の参加者は驚いた。レウレトが居ることに仰天し、その横にアーチが居たことで驚愕し、一千万という法外な金額に色めき立った。進行をしていた司会もしばらく呆然としていたが、やっと我を取り戻して他の参加者に確認する。
「一千万、これ以上は?」
ここで手を挙げる勇気がある者など居るのだろうか? 司会がハンマーを二つ叩いて、それでレウレトはロクサーヌを落札することができた。横にいたアーチがレウレトに声を掛けた。
「おめでとう」
「君に教えてもらったおかげで落札できた、感謝するよ」
「いや、礼には及ばない」
「そうだ、このあと時間を取れるか?」
「今日は陣営の確認だけだから……」
「それを私も応援しようと思う」
「それは願ってもない話だ、君がくれば百人力だよ」
「それと、"彼"についてもじっくり話をしたいのだが……」
言ってレウレトがボックス席を見上げる。つられてアーチもその方へと見やり、それからこう返事した。
「それは楽しみだ」




