アンダー ザ ローズ 3
いまレウレトの眼前には左手を後ろに置き、脇を絞めてサーベルをぶら下げたデューイが佇んでいる。いわゆる防御の構えだ。一方のレウレトは朱拵えの刀を正中点に留めてデューイを見据えている。こちらは攻防一体の構えである。その二人がじりじりと距離を詰めていき、それに連れて二人の殺気が混じり合い、鬼気が辺りを支配する。そうして二人は一足一刀の間合いを見切ろうとしていた。剣の勝負に於いてまず大事なのはこの間合いである。相手の気迫、呼吸、表情、その他ありとあらゆる事象を見極め力量を計る。達人同士ともなるとこの間合いを制するためにお互いがまったく動かなくなることが多々ある。素人目からすれば何もしていないように見えるのだが、いま二人は熾烈な制空圏争いをしているのだ。
強烈な威圧感に包まれる中、ふいにレウレトが佩刀を横に揺らした。デューイにはそれが誘っているように思える。なので警戒しつつもレウレトがあと半歩進んだら踏み込もうと決めた。そうしてサーベルを握り直した刹那、レウレトが陽炎のように揺らめいて、轟! という音と共に飛び込んだ。そしてピガットが瞬き一つした間にレウレトの剣先がデューイの喉元でぴたりと止まっていた。
「お見事!」
額に汗を滲ませてデューイが言う。それでレウレトは刀を鞘に納めた。
「腕を上げましたな」
「あと半歩オレが進んでいたら、デューイの勝ちだった」
そう言ってレウレトが噴水の縁に腰を下ろす。デューイもまたレウレトと同じようにするとしばらく二人は無言でいた。デューイはただ前方の虚空を細い目で見つめ、レウレトは両手を後ろに置いて月の無い夜空を見上げている。二人の髪を若葉風が撫でていくと何とは無しにレウレトが口を開いた。
「いつから知っていた?」
「もう、二十年以上も昔のことです」
「そうか……、母上も奴隷だったのか」
「先代は、微塵にもそのように振る舞われませんでした」
「ああ、分かっている。オレがロクサーヌを慕うようにな……」
そう言うとレウレトは胸ポケットにしまってあるロケットを取りだしてフタを開けた。中には紺碧の髪の女性がこちらを向いて微笑をたたえている。それを見てレウレトは微笑んだ。そうしてロクサーヌのことを案じていると錐で刺すように胸が痛んだ。
パチンとロケットを閉じてそれを胸ポケットにしまうと、レウレトが尋ねた。
「オレは、強くなったかな?」
「お強くなられました」
「オレは、ロクサーヌを守れるかな?」
「男は偉大であればあるほど、その愛もまた深くなる。そう先代はおっしゃられました」
「そうか……、父上は偉大だったのだな」
「それはそれは、レティシア様を深く愛しておられました……」
感慨深げにデューイがそう言うと、おもむろに細紐の蝶ネクタイを外して夜空を見上げた。
「オレは、偉大でありたいと思う」
「御屋形様なら、なれます」
「父上よりも、偉大でありたいのだ」
それからしばらくして、ふとレウレトが言った。
「なあデューイ、そろそろいいんじゃないか?」
「はて、なんのことでしょう?」
「母上にはデューイが相応しいとオレは思うんだが」
「な、なにをおっしゃります!」
「朝になるとデューイが母上のために薔薇を生けているのをオレは知っているぞ」
「そ、それは……」
「母上もそれとなく知っているようだ」
そう言うとデューイは押し黙ってしまった。なのでレウレトが、
「黙秘は肯定と受け取るぞ」
と言って呵々と大笑した。そうして脇に置いた直刀を取って母屋に戻っていった。
ややあってそこにひゅーっという音をさせてピガットがやって来た。
「師匠!」
「おや、ピガットじゃありませんか」
「話は聞いていた。不肖ピガット、師匠のために一肌脱ぎましょうぞ!」
「盗み聞きをしていたとはいけませんね」
「それは謝るぞ」
とピガットが空中でぺこりと頭を下げてみせる。
「しかし師匠のために働くのが弟子の誉れだぞ」
聞いてデューイがにっこりと微笑んだ。
「善は急げだ、さっそくレティママにそれとなく聞いてくるぞ」
言ってピガットが光の玉となって弾丸のように飛んでいく。そうして勢い盛んにカランと音をさせて寝室に戻ったその瞬間、突然ピガットに強烈な睡魔が襲ってきた。




