アンダー ザ ローズ 2
――これは困ったぞ。せっかく師匠に特製の出入口を作ってもらったのに、これじゃあ出れないじゃないか。それどころか水が飲めないぞ! 汗をかいたから喉が渇いているのに……。
そう思いつつ体を垂直にしてみる。もちろんクッションも一緒に垂直になってしまう。こうしないと周りが見えないからだが、傍目にはやはり円盤が立ち上がったように見える。そうしていまピガットはグラスに入っているストローを恨めしげに見つめている。
――うう、喉がカラカラだぞ……。そうだ!
とアイデアが浮かんでピガットが電球のように輝いた。
――あのストローをこっちに引き寄せれば……。
テーブルの上にはグラスが置いてあって、その中には水が入っており、さらにストローが差してある。普通にストローを口に入れようとするとクッションが邪魔して届かない。それでピガットはグラスをテーブルの縁に移動させて吸い口をテーブルの外側に向けさせようとした。しかし思いのほかクッションが重くてなかなかうまく事が運ばない。なので案の定ごとりと音を鳴らせてグラスを倒してしまった。
――あーあ、やっぱ無理があったか。でもこれでなんとか水が飲めるぞ。
ニヤリと顔に笑みを浮かべつつ体を水平にして顔を下に向かせると、ぴちゃぴちゃという音をさせて零れた水を飲み始めた。
――ふう、生き返ったぞ。とりあえず戻って寝るか。朝になったらレティママに頼んで助けてもらおう。
満足したのかピガットはうんうんとうなずいて体を浮かせようとした。けれどもなぜか体が浮かばない。テーブル一面に零した水を飲んでいる間にクッションがその水を吸い込こんだせいで重くなってしまったからだ。
――くっ……、ふう、重くて動かないぞ。よし、もう一度……。
と何度も何度もやってみる。だがずっしりと重くなったクッションはまったく動かく気配がない。そうしているうちに息苦しさを覚えてきた。
――い、いかん、空気が無くなってきた……。おれは、ここで死ぬのか? いやだ……、こんな無様な死に方はしたくない!
それでピガットは最後の力を振り絞った。
――ふっ、んっ……、そおおおおおいっ!
人間死に到るような危機に直面すると普段意識しない筋肉を使うことで力を発揮することがある。ピガットにもそれが当てはまったのか、クッションの穴から"キュッポン"という音をさせて飛び出ることができた。
――ふいー、いやあ今のはあぶなかったぞ。やれやれ……、うん?
ほっとしたつかの間、ピガットのお腹からクルルルと音が鳴った。
――運動したから腹へったぞ、何かあったかな……。
それで専用出入口の戸をカランと音をさせて部屋を出ていった。そうしていまピガットはキッチンにて失敬した犬さんウィンナーをつまみ食いして部屋に戻るべくふわふわと廊下に浮いている。
――いやあ、食った食った。やはり犬さんウィンナーは赤に限るな。
そうしきりにうなずいては満足げに光っている。遠くから見ると暗闇にぼうっと浮かんだ霊魂を連想せずにはいられない。と、どこか遠くから金属のぶつかり合う音が聴こえてきた。何だろう? そう気にしたピガットが音のする方へと向かっていく。母屋を出ると浄化装置の役目をする大きな噴水があって、その噴水を背景に二人の男が剣を手に取り対峙していた。一人は黒のスラックスに白のワイシャツ、首に蝶ネクタイ巻いた長身の男だ。黒髪を総て後ろに流し、前髪をハラリと垂らしている。
――おっ、師匠だ。こんな夜中に誰と闘っているんだ?
そう思いつつ反対側に目をやると緋色の軍服を着用して赤髪を風になびかせている男が対峙していた。
――おお、相手はレトか。久々に二人の勝負が見れるな。確か師匠が百十一連勝中だったかな。でも、あの頃のレトは小さかったからな……、いまも小さいけど。
そう思いつつピガットは弟子の成長を見守る師匠の眼差しで勝負の行方を追った。




