カンツォーネ 5
こういった反省や失敗を何度も繰り返し、秘密の場所に薔薇を植えてから五年目のある日、ついにレウレト少年の努力は報われた。薔薇の名はカンツォーネといって、一枚々々まで深紅に染まっている。早速その花を丁寧に摘み取り、一輪ずつ丹念に棘を取り除き、水分を含んだ脱脂綿で切った部分を包み、一つ一つ藁半紙にくるんでかばんに詰め込んでいく。そうしてピガットと共に繁華街に繰り出して、デートで待ち合わせる男性に声を掛けては一輪二百円で売っていた。
始め、客は怪訝な顔してレウレト少年の顔を見ていた。だが値段を聞くやすぐに薔薇を買っていった。事前に市場価格を調べ、三割安く価格設定したのだから当然である。かばんに詰め込んだ二十本の薔薇はあれよと飛ぶように売れていき、あっという間に無くなってしまった。そうしてレウレト少年の手元には空のかばんと、売上の四千円が残った! こうして得た金でレウレト少年の生活は少しだけ豊かになった。敬愛する母上を助け、ピガットにカリカリ(※小麦粉に卵と牛乳と砂糖を混ぜ合わせ、小さく丸めてフライパンで炒ったもの)を食べさせることができた。
第三統領時代、彼は桜華街郊外にある自身の起臥する広大な邸宅に庭園を造り、薔薇を愛でていた。そうして幼少時代を懐かしんでいたのかも知れない。二百年経った今では邸宅は彼に関する記念館になっており、庭園は常時解放され、観光客が薔薇の美しさを嗜み、同時に彼の生涯を想い偲んでいる。
× × ×
「今にして思えば、我が輩はこの時から自ら文献を調べ、現地を調査し、行動しながら計画を練る癖がついていたのだな」
執務室の椅子に腰掛け、大窓の方に顔を向けながらレウレトが言う。傍らに居たマルローが答えた。
「なるほどな。しかし、普通ならば計画というのは事前に作ってから行動に移るものじゃないのか?」
「我が輩はそうは思わない」
そう前置きしてレウレトが続けた。
「確かに事前に計画をしてから事に当たるのは大事なことだ。計画というのは、している時は一種の快感を覚えるし、その準備をするのは楽しい。だが物事は得てして思い通りにはいかないのだ。だから行動しながら計画する。そうすればうまくいかない事に思い煩うことはないし、いつだって軽やかな気分でいられる」
そう聞いて、マルローは納得した。若かりし頃から副官として彼の右腕となり、自身も栄達して参謀総長となったマルローは、いずれの戦場でもこの赤獅子の"やり方"を己が眼を通じて見てきたのだ。そうマルローが感慨深げに唸って白枠が黄ばんだ白黒の写真を見ていた。
「この頃はまだ、耳があったんだな」
「ああ、そうだな……」
と、レウレトがマルローから写真を受け取って、金と赤の瞳でまじまじと写真を見つめている。ややあって、彼がこう呟いた。
「母上……」
× × ×
幼少時代のレウレトには母親のレティシアと同じ赤毛の犬耳がついていた。彼は敬愛する母上と同じ耳をしているのを誇りとし、ゆえに血の繋がりを感じていた。そうして彼は智慧を絞り出すようによく左耳をねじっては生活を助け、レティシアにその耳を撫でてもらうのを喜びとしていた。そんな彼が何故に自身の耳を失ったのか。その最大の理由はレティシアにある。母親のために彼は犬耳を失ったのだ。なぜならレウレト少年にとって、レティシアは世界の中心であり、全てであったから。そして、ある出来事を発端として、母と子は離れて生活することになるだろう。
この鳳雛の住まう貧乏長屋の前に、忽然と運命がやって来て扉を叩くのだ。




