美しき青きロクサーヌ 7
「ロクサーヌは売りました」
「売った、とはどういう意味だ?」
「ああ! 閣下はほんとうに何もご存知ないようで! 彼女はね、奴隷なのですよ。ずいぶんと前に競売で彼女を落札しましてね。それでまあ新しいのが欲しいので彼女を下取りに出したというわけです」
――奴隷だと!
心中にて彼が雷鳴のごとく叫んだ。もちろん鉄のような顔をしてである。
――こいつはオレがロクサーヌを想っているから、それを利用したのだな! ずいぶんと"こすっからい"手を使う。いいだろう、それならオレにも考えがある。
と努めて冷静にレウレトが口を開いた。
「競売の日時はいつだ?」
「明後日にオーストリア大使館で行われます。なにせ愛犬家は世界中にいますからなあ、余計な介入の無い場所でやるのが望ましいのですよ。そうそう、現金だとかさ張りますから小切手を持っていくことをおすすめしますよ」
そうウォーレンが好色な顔にいやらしい笑みを浮かべつつなおも続けた。
「それにしても、閣下は随分とロクサーヌにご執心のようで。言ってくれればいつでも格安でお渡しできたのに」
レウレトは侮蔑の意を込めてウォーレンを見た。もちろん例のサングラスを掛けていたからウォーレンには分からない。
「ところで、なぜ彼女を競売に?」
「言うなれば……、飽きたとでも申しましょうか」
「飽きた、と?」
そう聞くとおもむろにウォーレンがソファから立ち上がって大仰に身振り手振りしつつ興奮気味に話しだした。
「ええ、それはそうでしょう! 毎回いつも同じ鳴き声をされては飽きてしまいますよ。初めは反抗的で返って新鮮でしたがねえ。それである日趣向を変えて裸にしたアレを浮浪者のたまり場に放り込んだのですよ。あの時は傑作でしたなあ! アレは実に良い悲鳴を上げて泣き叫んでいましたよ。あの喜悦に歪んでる顔が汚されていくのはなんとも言えませんなあ! 閣下もそう思いません?」
言い終えるとウォーレンは高笑いをした。
「おっと、夜会の主賓があまりゲストを長く放ったままでいるのは良くないですな。私はこれで失礼しますよ。そうそう、当日は警備の者に私の名前を出せば通してくれますので」
とウォーレンはレウレトの後ろに回り込み、笑みを浮かべながら肩を叩いて、
「期待していますよ、ではまた」
そう言って部屋を出ていった。
それでレウレトは一人部屋に残されたわけだが、やおらにサングラスを外した彼の表情はいつものそれではない。全身をわななかせて赤みがさした顔に青筋をたてた、さながら鬼の形相であった。その横顔が窓に映っている。彼がそれを見た。ワトリックとスラタニが窓から覗いていたならば間違いなく震えていたに違いない。彼の中を窺い見るならば、強烈な嫉妬と憎悪と憤怒の念が絡み合い、それは黒炎となって渦巻いていただろう。
――にっくきウォーレンめ、八つ裂きにしても飽き足らぬ。どうやって彼奴を破滅させてやろうか!
そう怒りつつ拳から血を滴らせていた。
レウレトは自身の純情を私欲のために利用するやり方に怒りを覚えた。さらにウォーレンが犯した数々の所業を聞いて彼の胸中には嵐のように激しい感情が吹き荒れた。ウォーレンにしてみれば同じ愛犬家のつもりで話していたのだろう。だがロクサーヌに対するレウレトの感情を履き違えていた。自分と同じ種類の人間だと勘違いしていた。つまりレウレトの逆鱗に触れたのだ。言ってみればウォーレンは知らず知らずのうちに自分の体に油を浴びて、ご丁寧にも自分の墓穴を掘り、棺桶に片足を突っ込んで火を点けようとしていたのである。
しばらくしてレウレトの怒りが鎮まってきた。そこに先程のメイドがレウレトのいる部屋にやってきた。
「すまない、連れてきた執事を呼んできてくれないか?」
「デューイ様ですね、少々お待ち下さい」
少ししてデューイがレウレトの下にやってきた。
「用事は済んだ、帰るぞ」
「かしこまりました」
「帰ったら少し手合わせをしてくれ」
デューイが細い目をさらに細くして返事した。
「それは楽しみです」




