美しき青きロクサーヌ 3
星光闌干たる夏の宵、彼はただ黙して星達を見上げている。ふと後ろからコツコツと足音をたてて歩く音が聞こえてきた。振り返れば矢のように直い体をしたロクサーヌがいる。
「少し、散歩をしよう」
言って彼が彼女の手を取り階段を降りていく。それで二人は中庭を逍遥した。こうして並んでいると、やはりレウレトは背が低い。と言うよりロクサーヌの方が背が高いと言うべきか。なんとはなく歩いているとレウレトがあるものをみつけた。なにを見ているのだろうと気になったロクサーヌが口を開いた。
「ルクレール様?」
「レウレトでいい」
「そんな……、恐れ多いです」
抑揚のある音律豊かな声色で彼女が言う。愁いげな眼差しをして彼女を見上げつつレウレトが言った。
「きみにはそう呼んで欲しい」
仕方なく彼女が"レウレト"と恐る恐る口にする。それを聞くと彼は子供のように微笑んだ。
「何を見ていたのです?」
ロクサーヌが尋ねるとレウレトが体をずらして彼女に見えるようにした。
「薔薇を見つけたんだ」
「お好きなんですか?」
「ああ、趣味で育てている」
「まあ」
「意外かな?」
「え、ええ……」
「フフッ、きみは素直なんだな……。確かに軍人の私には似合わないだろう」
「そんなことないです」
「そうか、そう言ってもらえて私は嬉しい」
そう言うレウレトの表情は戦時のそれではない。彼はいまピガットや母上にも見せたことがない笑顔をしていた。そうして蝶を慈しむ眼差しでロクサーヌを見つめている。
「きみは薔薇が好きか?」
「はい」
「それはよかった、是非きみを我が屋敷に招待したい。私の育てた薔薇を見せたいのだ」
「そんな、わたしのような賤しい者には過ぎる事です……」
「身分など関係ない」
「ですが、わたしには仕事が……」
「ウォーレン殿には私から言っておく。きみさえ良ければ……、来てくれるか?」
そう懇願するレウレトの表情は実に切実そのものである。そうして彼のする上目遣いが彼女の心を揺さ振って、
「はい」
と言わせてしまった。
ふと彼がおもむろにナイフを取り出して、薔薇を一輪落とす。そうして白のハンカチで包むと、
「これは約束の証だ、受け取ってくれ」
そう言って差し出すレウレトの指先に赤い雫があるのを彼女は見つけた。薔薇を包む際に棘に刺してできたものだ。彼女は薔薇ではなく彼の手に触れた。そして彼の指を持ち、それを口に含んだ。その刹那、彼の指先から彼女の熱が電流となって全身に駆け巡る。それと同時に自身の中心に熱く滾り、疼くものを感じた。
しばらくして彼女の唇がゆったりと離し、仕事柄持っている絆創膏を取り出して指に巻き付ける。
「あ……、ありがとう」
そうレウレトが火のように顔を赤くして俯いてしまった。
「で、では仕事が残ってますのでわたしは失礼します」
言って彼女がそそくさとその場を去ってしまう。その姿が外灯の薄明かりに溶けると、彼は絆創膏の巻かれた指に視線を移し、じっと見つめていた。体の火照りが鎮まるまで彼はそうしていた。
それからというもの、レウレトは暇を見つけては足しげくロクサーヌの下に通いつめていた。そして彼女を自邸に招いては自慢の薔薇を披露し、親友のピガットを紹介しては幼少時代に過ごしたアイルランドの話をしていた。その折のこと、ロクサーヌがレウレトの歳を聞いてやはり驚いていた。彼はこの時二十一で彼女は六つ年上の二十七である。どうにもレウレトは年上が趣味らしい。レウレトはと言うと、彼女が字の読み書きが出来ないことに驚いていた。なので彼は付きっ切りで彼女に読み書きを教えていたようだ。
ある日デューイがレウレトにこう言った。
「ロクサーヌ様はレティシア様と良く似ていらっしゃる」
「そうか?」
「エスカレット様もそれはそれは熱心にレティシア様に読み書きを教えていらっしゃいましたので」




