天才陰謀家 5
それは困るとランカスターが言う。目にも留まらぬ早業で十四人もの反逆者を捕えた鉄腕を買っていたのだ。しかしアーチの決意固しと見たランカスターは、それならばと陸軍大臣の職を与え、さらに褒賞として内相の機密費二百四十万ドルのうちの半分を与える。枯木寒厳アーチが謹んで受け取って懐に入れるとなにも言わずに一礼して謁見の間を退出した。ホワイトパレスを出た彼が青ざめた顔に笑みを浮かべて独白した。
「しばらく休暇を取って見に入るとするかな」
これがアーチの一回目の失脚である。
彼はボルティモアに宏大な田荘を買って閑雲野鶴を友とする一読書人となった。酒もやらず煙草もやらず女もやらず、妻を愛し子を愛する家庭人となった。散歩をして隣人に会えば、
「やあ、今日はいい天気ですね」
と挨拶を交わしていた。しかし彼はそうした傍らにあの締めきった部屋で毎日届くスパイの報告書に目を通し、中央政局の推移をじっと見定めていた。そうして彼は財を貯えていた。権力の味が忘れられないのだ。そんな彼が政界に返り咲く日は思いの他近かった。一九八十年一月、レウレトを総司令とする宣伝文がテレビで報じられた。そしてテキサス進攻の段になってレウレトが僅々四ヶ月半で陥落させた報を聞くと冷然と新聞を見つつコーヒーを啜っていたアーチがいよいよ思った。どうやらレウレトは女神に愛されているらしいと。それでこの軽業師は欧州に与するのを方向転換した。今までいた多数党である欧州から今度の多数党であるレウレトに与したのである。獅子の後ろにつく狐のようにして甘い汁を吸うことに決めたのだ。そうして蝮のようにじっとして、やがては陥穽に落としめてやろうと考えたのだ。
それでアーチは夜会の招待状を書き送った。はたして返事がきた。その内容は丁寧なる文辞にて夜会に赴くのを断りつつ、代わりに高名なるテールノワール先生を篤く歓待したいというものである。その約束の日時がくるとボルティモアの屋敷に一台の車がやってきた。デューイが迎えに来たのだ。アーチの出で立ちは紳士のそれで、上下ねずみ色のスーツを着こなし、頭には帽子と意匠を凝らした杖を手に持ち歩いている。やがてアーチを載せたリムジンが到着して上下深紅のスーツを着たレウレトが慇懃に貴族の礼を取り、二人は莞爾として骨だらけの手で握手した。そうして二人とも油断のならない男だと感じていた。さらに使えるだけ使ってやるかとも思っていた。
二人が個室に入ってレウレトが合図するとジェラルミンケースを載せた台車を転がせたデューイか部屋に入ってきた。なんだろう? と、アーチが訝しげにしている。レウレトがケースのふたを開けるとアーチの死人のような顔が喜色に染まった。中には彼の好きな金塊が敷き詰められていたからだ。その表情を見ながらレウレトが言った。
「テールノワール先生に是非ともお力添えを頂きたいと思い、些少ではありますが用意致しました。どうか受け取って頂きたい」
「先生とは仰々しい、これからは気軽にアーチと呼んでくれ」
「それはもったいない! ではわたくしのこともレウレトと呼んでください」
そうして二人は今後の方針などを話し合い、歓談に耽っていた。その歓談も折も折、ふとレウレトが名残惜しげにこう言った。
「アーチ、申し訳ないがこのあと人と会う約束をしている。また機会を作って話したい」
「そうか、次は貴公を我が屋敷に歓待しよう」
「その時は是非ともお伺いしますとも」
それで二人はまた握手して別れた。
レウレトも父親と同じ、ただの戦争屋のようだな。そう思いながらアーチがエントランスに向かっているとどこかで見た姿があった。そうして近づいていくとその顔がはっきり分かった。
――ドルオールじゃないか! なんで奴がここに居るんだ!
向こうも気づいたのか、アーチをちらと一瞥しつつバルバロッサを連れて鷹揚に歩いていく。
――レウレトのこれから会う相手はドルオールだったのか!
それでアーチは先ほどまで思っていたレウレトに対する考えを改めた。自身の政敵であり、宿敵のジュストをわざとニアミスさせたのだと瞬時に察した。そう簡単に利用されないぞというレウレトの意思表示を汲み取ったのだ。
底の底、裏の裏、知者の知恵比べ。人生の嶮難は山にあらず水にあらず、ただ人情反覆の間にあり。こうして三人の腹の探り合いが始まった。




