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一期一会 第三部  作者: ヤルターフ
第三編 天馬行空
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天才陰謀家 3

 それで彼は先のコネクションを使って得た機密情報をもとに確かな筋の情報だと言って山師どもと結託して投機をした。これが面白いように当たった。金塊がころころと転がってきた。そしてその金を元にまた投機をしてウォーレンを儲けさせた。その見返りとして彼は代議士になった。


 当時の英国議会には二つの政党があった。一般労働者とプチブルジョアジーがランカスターを支持するフェビアン党(※後の労働党)が一つ、いま一つは元来の保守政治を目指す貴族の支持するトーリー党である。アーチの所属していた政党とはなにか。多数党である。初めて議会に出席した彼は満堂の議場をゆっくりと見回した。そして議席が一番多いトーリーの席に着座した。そうして彼は五年間、一度も発言せずにじっとしていた。沈黙は金、雄弁は銀というカーライルの言を知っていたからだ。自身の顔が不味いことを知っていたし、あまり目立つと他の議員からの反感嫉視を買うから、これは良くないと思ったからだ。議員生活六年目にエスカレットが台頭して、政局が変わりつつあるを知った。ランカスターがこの英国を纏めて英雄王となる日が近いのを知った。先見の明ある彼はいよいよ思った。


――そろそろ潮時かな。


 それで彼は陰謀という網をずらと引き出して二重三重四重と方々に張り巡らせた。有力企業の請託せいたくを入れてその金で他の議員を買収する。そうして暗中飛躍して密談を重ねては綿密に計画を練る。さらには敵対する議員の秘書を買収してスパイにする。そうして議場のそちこちで、階段の踊り場で、エントランスの一隅で度々アーチの姿が見受けられた。その彼が耳うちをしてこう囁いていた。


「どうやらあの人も賛成の札を入れるみたいですよ。ええ、もちろんわたしもそのつもりですけどね」


 いよいよ投票の日がやってきた。千番に一番の機会が到来したのだ。ランカスターを英雄王とする是非がこれで決まるのだ。まず少数の中立派が登壇して透明の箱に一枚ずつ札を重ねていった。賛成は白札、反対は赤札である。白と赤とそれぞれ半分だ。続いてフェビアン党が札を重ねていく。やはり賛成の白札が多い。ようやくアーチの所属するトーリー党が票を入れる番がきた。まず最初に反ランカスターの急先鋒であるクーベリックが登壇した。もちろん持っている札は赤である。その彼が得意顔で、これみよがしに赤札を見せ付けて演壇を降りていく。続いてトーリー党の有力者であるウォーレンが登壇して札を入れた。その瞬間、満堂の議場が大きく揺れた。フェビアン党の席から一斉に万雷の拍手が湧いた。白札が積まれたのだ!


 クーベリックが、


「この裏切り者の淫売野郎!」


 とウォーレンの胸倉を掴んでやかましく喚いている。満堂の議場は一転して大騒擾だいそうじょうと化した。その混乱に乗じて続々と議員が登壇しては札を積んでゆく。白、白、白……、クーベリックの顔が蒼白紙のようになった。最後にアーチの順番が回ってきた。これが例の逆艪であって、彼は一番最後に札を入れるようにしていたのだ。その彼が幽霊のようにゆらゆらと長身を揺らしながらつかつかと檀上に登っていく。そしてピクリとも顔色を変えずにそっと白札を置いて、五年間座っていた席から今度の多数党であるフェビアン党の席にそそと腰を下ろした。


 一夜にしてアーチは英国議会の有力者となった。ランカスターの覚えもめでたく、彼は公爵の位を授かって貴族に返り咲いたのである。思えば七年間のどんぞこ生活は流謫るたくの日々であった。砂とろうを噛み、貧困と辛酸を舐めつくし、苦衷くちゅうと悲哀を味わった日々であった。その彼がいまや宏大な領地を持つウィンザー公だ。しかして一千万ポンドの億万長者だ。そこで開かれる夜会に誰もかれもが訪れるようになった。そしてその夜会の傍らに締めきった秘密の部屋で、彼は誰かしらと密談をしていた。女絡みの厄介なスキャンダル、交通事故を起こしたどら息子、有名大学への裏口入学、さらには公金を横領したなど、そういった事を彼は快く引き受けてさも些末であるかのごとく便宜を図り、魔法使いのように解決していった。そうして彼はその見返りにと、警察省や内務省や内閣調査室、さらには海外駐在大使のコックといった政府高官の身辺にスパイを置かせては独自の情報網を敷設していった。

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