カンツォーネ 4
「なあ、名前はなんて言うんだ?」
「うーん、なんだっけ? 忘れたぞ」
「そうか、じゃあ、どうしてこんなとこに居るんだ?」
「分からん、気づいたらここに居たぞ」
「ふうん……、なあ、オレの友達になってくれよ」
「レウレトは友達いないのか?」
「うん……、オレの目が気に入らないらしい。それにこの耳を見ては自分のが偉いと思ってるみたいだ」
「そうなのか、だけどおれは気にしてないぞ。なにせわんわんおには色んな奴がいっぱいいるからな」
「だろう! やはりオレの考えは正しかったんだな……。それで、どうだ? オレの友達にならないか?」
「毎日この甘いカリカリをくれたら友達になってやるぞ」
「毎日は無理だな」
「どうしてだ?」
「貧乏だからなあ……。あ、でも薔薇がうまく育ったら毎日食べれるかも知れないな」
「バラ?」
「知らないのか? 母上が好きな花なんだぞ」
「そうなのか……、よし。レウレト、おれがおまえの友達になってやる」
「やった! よろしくな、えっと……」
と、少しく考えてレウレトは好きな競馬騎手の名を思い出したのか、手を一つ叩いてこう言った。
「ピガット、おまえの名前はピガットだ」
「うん、今日からおれはピガットだ」
こうしてレウレト少年はピガットという、終生の友を得た。ピガットは他のわんわんおと違い、実に不思議な存在である。どこが違うのかと言うと、まず、体が透明である。そして軟体動物のように伸び縮みする。量は少ないが、もちろん食べたり、飲んだりする。さらに奇妙な点がある。食物(※主に雑食)を摂取して排泄をするのだが、ピガットの排泄物は十五ミリくらいの水晶玉なのだ。しかもきわめて透明度が高く、装飾品の材料になる代物である。ためにこれを母親の通う馴染みの質屋に見せると、一日の食費くらいになった。今にも崩れ落ちそうな貧乏長屋にペットを飼うことを反対していたレティシアではあったが、あまり物を欲しがらない可愛い息子の押しに負けて渋々許した彼女にとってピガットの存在はいかに大きかったか。レティシアは息子にこう洩らしている。
「ありがたいことに、ピガちゃんは我が家の福の神様ね」
何と言っても驚くべきはピガットの不可思議なる特技だ。ピガットが光を発することができるのは読者の承知の通りだが、この光を利用して、周囲の色に合わせることができるのだ。それはさながらカメレオンのように、空を背景にすればその色に、地面にいればその色と同化してしまうのである。それゆえレウレト少年の肩の上に、或いは頭の上に乗っていても、誰にもわからない。そんなふうにしてピガットを連れ歩くレウレト少年の心境に変化が表れた。
いつもならうつむいて、とぼとぼと歩いている少年が、顔を上げて前を見て歩くようになった。他の子供達が彼をからかっていても、
「言いたい奴には言わせておけ、いつか見返してやる」
と相手にしなかった。とは言っても、やはり敬愛する母上のことを悪く言われるとムカッ腹がたった。なので、その時だけは仕返しをしていた。
そんな日々を過ごすなか、レウレト少年は足しげくダブリン市内にある国立図書館やトリニティ大学の図書館に通ってはピガットに読み書きを教えつつ薔薇の生態や育て方を研究していた。それは生長発育させるための条件、気温や気象、日照時間、土壌や適当な肥料と水の与え方、美しく咲かすための剪定の仕方などである。
始めの一年は試行錯誤の繰り返しであり、自分の計画通りにはいかないので苦心していた。どうしてうまくいかないのか。彼は日課である地見屋の仕事をしている時、母親とピガットで質素な食事をしている時、そしてフェニックス公園で見かける庭師の仕事を見ながら考えていた。そんなある日、先の庭師が自分の仕事を熱心に見つめている子供に気づいた。その庭師が声をかけると、このぼさぼさ頭に赤い犬耳をした子供が矢継ぎ早に質問をしてくる。そのあまりの情熱ぶりに庭師は薔薇の育て方を教えてやると、レウレト少年は即座にそれを実践していった。




