神速の兵 5
「そう畏まらないでくれ。今日、君を呼んだのは他でもない。君の考案した、EPR理論に基づいた通信技術に関して、教授を受けたいと思ったからだ」
「わたくしが……、教授?」
「そうだ、我が輩はこの北米から欧州を駆逐するためにはいかにすればよいかを考えていた。そして、その後の戦後処理にも思案していた。戦争は、無益である。しかるに外交談判で解決しようにも欧州は頑として受け付けない。我が輩は仕方なく戦争をしているのだ。民衆は疲弊しきっている。政府もその内情は腐敗が進んでいる。我が輩にはこの戦争を終わらせ、政府の浄化を断行し、その上に平和を築き、民衆に安寧を与えなければならない。これはもはや我が輩の使命と言っても過言ではない。そのためにもこの戦争を早急に終わらせなければならない。しかも米英の圧倒的勝利でだ。そうでなければ欧州はいつまでもこの地にしがみついているだろう。我が輩は君の手紙を見て直感した。君の構築したシステムは神速の兵に成りうると……、君の力が必要なのだ。協力してくれるか?」
レウレトの言葉には力があった。確信に満ちみちていた。彼の声を聞けば皆一様に納得し、心の奥底から勇気が湧いてきた。暗闇に陽光が差し込み、天空に希望の鐘が鳴るのを感じるのだ。知らず知らずのうちにフェデリコは感涙していた。日々刻苦勉励を重ね、積み上げた論文が評価されたのだ。それは彼に取ってなによりも換えがたいものになった。そして彼の目に映る世界がまざまざと変化した。彼の胸中に存在する魂が煌々と輝きだしたのだ。それがレウレトに対するフェデリコの第一印象であった。
その後二人は一昼夜かけてヴォルンシステムについて議論を交わした。そしてその実現化に向けて二人は大いに語り合った。晩年フェデリコはレウレトノートの編纂を手伝う傍ら、それとは別にレウレトに関するあらゆる資料を蒐集していたのは先にも述べた。そして、これを元に彼はレウレトノートには触れない形で伝記を書こうと構想を綴った膨大なノートを作成していた。フェデリコの書こうとしたレウレト伝記は未完に終わったが、レウレトと初めて対面をはたした感動が伝記らしく飾り気のない無味簡素な表現でそこに記されている。以下にその部分を抜粋する。
――エンリケ(※フェデリコ自身)とレウレトは共に食事を取った。ふと互いの故郷の話になった。
エンリケの故郷はナポリで、レウレトの故郷はダブリンである。共に港町出身であり、出自は別ながらも共に貧乏で苦労した少年時代を過ごしていた。それは、その日暮らしの中でいかに知恵を絞って食い物を手に入れるか、貧乏であるがゆえに友人という尊貴な存在がいなかったか、母親のみじめな姿に心を痛めていたか、いかに大恩ある母親に報いるか……。苦衷に喘ぐ中、読書をして慰められたことも二人には共通していた。特に皇国の思想家、内村鑑三の次の一節を知っていたことが互いの距離を縮めさせた。
「嗚呼憂いに沈む者よ、嗚呼不幸をかこつ者よ、嗚呼冀望の失せし者よ、春陽の期近し」
二人の間にはいつしか友情が芽生えた。年の差や身分の垣根を超えた、真の友人ができたことを二人は祝福した。互いにとって、それがなによりも共通の財産となった。――




