一夜の春雨 4
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パレードから一夜明けたホテルの一室にて、レウレトはいま大いに真剣であった。丸椅子に座り、腕を組々サングラスを外した両眼異色の瞳でチェス盤を睨んでは、ああでもない、こうでもないと言っている。彼は誰と闘っているのだろう。相手はレウレトに対面してふわふわと浮いている、水晶の体をしたわんわんおのピガットだ。
「まだか?」
小憎らしい顔をしてピガットが言う。額に玉の汗を滴らせては渋い顔してレウレトが答える。
「まだだ」
言って赤髪をくしゃくしゃにする。トランクス一丁という格好でふさふさのしっぽをぶんぶんと振っている。
「よし、こうだ」
ルビコンの川を渡るシーザーの顔をしてレウレトがポーンを動かす。だがピガットはその一手を予見していたのか、神色自若としてやおらに持ったクイーンを置いてこう言った。
「チェック」
「ま、待て!」
「もう三回目だぞ、負けを認めたまへ」
「ぐっ……、強くなったな」
「まあな、レトが居ない間、ずっとチェスの本を読んでいたからな」
「うむ……、よし、もう一戦だ」
「かかってきたまへ」
言ってピガットが踏ん反り返っていると、ふいにベルの音が部屋に響いた。
「誰か来たな、ピガット」
言われてピガットは周囲の景色に溶けた。
肌着とズボンを履いたレウレトがドアを開けると、郵便配達員が立っていた。手紙を受け取って差出人を見ると、陸軍省とある。
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米英帝国陸軍オーランド連隊所属 レウレト=フォン=ルクレール大尉
上記の者をテキサス討伐軍総司令官とする。
上記の者を一階級昇進して 少佐 とする。
上記の者はランカスター皇帝より褒美として、ボルティモアにある邸宅、褒賞として金一万三千ドルを賜るものとする。
陸軍大臣 アーチ=テールノワール
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中にはボルティモアにある邸宅の所在を示す地図が同封されている。目を通したレウレトがピガットに言った。
「おい、新しい屋敷を見に行くぞ」
「屋敷?」
「ああ、母上を迎える屋敷だ」
「レティママに会えるのか?」
「そうだ」
「やったぞ! これでレトの作るクソまずいカリカリとはおさらばだ!」
言いつつピガットが虹色に輝いている。
「そんなにひどかったか?」
「ああ、レティママと比べるのも失礼なくらいだ」
「ぐっ……、正論だけになにも言い返せん」
「なにぶつぶつ言ってるんだ? 早く支度しろ」
「むう……、ずいぶんとピガットは生意気になった」
透明になったピガットを肩に乗せたレウレトがホテルを出て、途中でタクシーを拾って目的地へと向かう。エンパイアステートから北へ車を走らせること約二十分。ボルティモアに到着した。一見して閑静な住宅街なのだが、広大な敷地面積に豪壮な邸宅が並ぶこの区域には大将校並びに上級将官、貴族、大臣や有力政治家といった名流が居を構えている。一般市民の立ち入りはもちろん、マスコミの出入りも制限されている。従来なら佐官であるレウレトが入れるものではないが、この破格の待遇を見ればいかにランカスターの彼に対する期待が大きいものかが窺える。
タクシーはボルティモアの南門に到着した。ここから先はレウレトしか入れない。護衛を勤める兵士に軍属を示す赤のIDカードを渡すと、しばらくして先程の兵士が戻ってきた。
「IDをお返し致します。オーランドの貴公子にお会い出来て光栄です!」
「うむ」
「車を用意します、しばらくお待ち……」
「いや、それには及ばない」
「しかし、歩くと三十分は……」
「最近、運動不足でな」
そう言ってレウレトは門を通った。
時節はもう秋で、並木道には色鮮やかに染まった紅葉が植わっている中、透明になったピガットを頭に乗せたレウレトが歩いていく。緋色の軍服に深紅の外套を羽織り、黒の軍靴に朱拵えの軍刀を佩き、赤のサングラスを掛けて赤髪をなびかせている彼はやはり目立つ。ために通りすがる人々は一様に足を止め、彼の歩武堂々たる姿に見入っている。そんな視線を気にせずに彼がつかつか歩いていくと、これから自身の住む屋敷に到着した。




