一夜の春雨 1
オーランドの戦闘から一週間が経った。街の北側、周囲二百メートル程はピースメーカーの爆撃により更地と化したのだが、住民は全員避難していたので死傷者は一人も無く、また味方の被害も極めて軽微で済んだ。勲功者であるレウレトは戦勝の翌日から仕事をしていた。その内容は反乱軍の首謀者、すなわち誰が手引きしたかという調査である。その調査報告を受けた陸軍省は顔色を失い、米英は震駭した。リストに並ぶ者はこれことごとくランカスターの信頼を置いていた高位高官である。報告を受けたランカスターが色を失い、震怒したのは想像に難くない。さらには欧州と呼応してクーデターを起こそうという動きもあったのだから内心は煮え繰り返っていただろう。ランカスターは直ちにこの十四人を本人不在のまま略式裁判に掛け、全員を処刑に付した。
これがオーランド事変の概要であるのだが、ではいつ頃からその計画はあったのだろう。それはレウレトがこの新世界に来ること五年前、一九六九年まで遡る。米英がエスカレットという強固なる楔を失った時機を掴み、欧州は毒という手段を用いた。その毒とは偽造紙幣と米英高官に対する賄賂である。偽造紙幣は貨幣価値を下落させて恐るべきインフレを巻き起こし、ためにパンが高騰して暴動が発生するなど、市場経済は大混乱に陥った。また賄賂はエスカレットに恨みを持つ者、ランカスターの施政に不満を抱く者にとって、非常に有効なる手段であった。議会は金権で支配され、次第に堕落して浸潤し、瀰漫していった。民衆からの怨嗟の声甚だ大きく、求心力を失いつつあるランカスターの玉座がぐらついた。軍並びに政府高官が欧州と内応する素地が出来上がったのである。
段取りは実に緻密にして用意周到に着々と進んでいった。計画はオーランドを陥落させ、港に欧州艦隊を引き入れて兵を上陸させるや直ちに北上してエンパイアステートに入城し、速やかにランカスターを討つというものだ。そのためには高位将官を任地から外し、さらに兵を異動させて手薄にしなければならない。加えて隠密裏に事を運ぶために実行部隊は少数精鋭にしなければならない。こうして造反者が暗中飛躍して、あっという間にオーランドは占拠されてしまった。ここまでくれば八割方成功したようなものだ、そう欧州はほくそ笑んでいたに違いない。だがここに最大の誤算があった。と言うより、欧州は気づかなかった。紺碧の海が安らかなる濤声を発てているこの南国の地に蛟竜が眠っていることを。
その蛟竜はというと、
「これは何か裏があるな」
と瞬時に恫見した。駐屯する兵が少な過ぎるのと上官が居ない時に三千五百もの兵が蜂起したのだ。時機が良すぎる、そう思ったのだ。試しに陸軍省に問い合わせてみると向こうは右往左往の大騒ぎである。それで電文にて志願するとすぐにレウレトを討伐軍司令官とする通達が届いた。さらにピースメーカーの使用許可を得て彼は確信した。元帥府は相当焦っていると、それで彼は一人冷笑していた。
――これでオレが手柄を立てれば軍はおろか、米英全土に再度ルクレールの名が知れ渡るだろう。さらに陛下の覚えもめでたくなるに違いない。オレの頭上の星が輝き始めたぞ。
若き赤獅子はそう思いながら地図を眺めていたのである。果して彼の目論見が当たった。ランカスターは賞罰を明らかにする人だったから、オーランドの武勲を讃えようとレウレトをエンパイアステートに呼び出す次第となった。それで彼は真面目屋のマルローと、がさつなワトリックと、プレイボーイのスラタニを連れて行くことにした。
エンパイアステート行きの飛空船にて、四人がなにか色々と話している。その内容のほとんどはテキサスをどう攻略するかということで、レウレトは顔を上気させながら語っていた。彼の明晰なる脳中には、テキサスの地理と天候と共和国内の情勢と欧州軍の配置と兵数が入っていて、いつも持ち歩いていたテキサスの地図を広げては三人の質問に全て答えていった。テキサスに関してレウレトがあまりにも知悉していることに三人は改めて彼の頭脳に感服してしまった。




