オーランドの武勲 1
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統領府、紅の間にて一人の男がソファに座っていた。総髪白髪の好好爺といった雰囲気の男は百科書店の主フェデリコである。なぜに彼がここにいるのかというと前日にデューイが百科書店を訪れたからである。フェデリコにはだいたいの見当がついていた。なぜなら米帝にいるはずのマルロー、ワトリック、スラタニと会っていたからだ。そして彼らから事前に話を聞いていた。にわかには信じ難いことだが、レウレトの表情は三十年以上前から変わらずにいて、いまだに生気が漲り、彼の体からは光彩燦然たるオーラが放たれ、永生不死の印象を与えている。その彼が余命いくばくも無いとは果たして本当なのだろうか?
ふとノックの音がして、デューイが入ってきた。
「御屋形様の許へ案内致します」
デューイに伴われて執務室に入ると、レウレトが笑顔で出迎えた。
「久しいな、健勝そうでなによりだ」
「閣下もお変わりなく」
二人は隣にある応接室に移り、対面するようにしてソファに腰を降ろした。
「マルロー達にはもう会ったか?」
「はい」
「そうか、なら話は早い」
言ってレウレトは棚に陳列する勲章を見やった。
「今日呼んだのは他でもない。おまえにも我が輩の生涯を編纂するのを手伝ってもらおうと思ってな」
それを聞いて、いつも微笑をたたえているフェデリコの表情が一変した。
「やはり、マルロー達の言った通りでしたか」
「ああ、我が輩は人生の総決算をしなければならない。後始末をしなければならないのだ。この大事業を経て、初めてこの世界をさらなる高みへと導くことができる。おまえにもそれを手伝って欲しいのだ。これは第三統領でも、元帥総長としてでもない。人間レウレトとして、友人としての頼みだ。引き受けてくれるか?」
「このフェデリコ、喜んで参加致します。元より閣下の伝記を綴ろうと、材料を蒐集していたところです」
「そうだったな……、早速始めるとしよう」
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一九七八年十月二日、レウレトは大陸を縦断してフロリダはオーランド付きの連隊に配属された。士官学校を卒業した彼は、その成績とルクレールの名から未来を嘱望されて大尉からスタートした。全く異例のことに思えるが、没落してもなお残るルクレールの名とエスカレットの偉業がいかに輝いていたかが窺い知れる。しかし彼はそんな小さなことには決して満足しなかった。さっさと偉くなって世界を変えてやると野望を抱きつつ泰然自若として時機到来を静かに待っていた。
オーランドに赴任したばかりのレウレトはどんな事をしていたか。彼は支給された尉官の軍服ではなく、好んで兵卒の着る緋色の軍服を身につけていた。そして士官学校時代に使っていたアイパッチをやめて代わりに赤のサングラスを掛けていた。これなら紅い左目が目立たない。そうしてこの全身赤づくめの小男は最低限の仕事として自身の任された部隊を精兵にしようと全魂を注いだ。
ここに一つの挿話がある。
初めて出来た部下との初顔合わせのこと、レウレトは即座に異様な雰囲気を察した。下士官を含む兵卒達がこれみよがしにと横柄で不敬な態度を取っているからだ。自分達より年下のちびのお坊ちゃんをどう歓迎しようかと躍起になっているのだ。そのお山の大将というのが無精ひげだらけの見事にはげあがった頭を光らせたゴムタイヤのような筋肉を纏ったワトリックだ。さながらヘラクレスといった彼がぽきぽきと拳を鳴らしてレウレトの前にそびえ立つと山の頂きからさせる声でぐらぐらと言った。
「なあルクレール大尉殿、敵兵を倒す手本を見せてくれや」
それでレウレトが相手をして、鮮やかな一本背負いでワトリックを投げ飛ばしてしまうと、並み居る下士官達はみな唖然としてしまった。レウレトがつかつかと近寄ってワトリックの耳を手に持つと、
「貴様は気に入った!」
そう言って鷹揚に去っていった。稲穂畑のような胸毛を大きく広げたワトリックが幼なじみで戦友のスラタニに言った。
「わし、あのちびに驚かされちゃった」
これが兵卒たちの語り草になって、彼を見る目がたちまちにして変わった。




