蛟竜池を出ず 5
それからというもの、彼は大好物の鳥の唐揚げをつまみながらビールを少しずつ飲んでいた。そうしてユーリがかいがいしくテーブルを行き交いしているのを見つめていた。
「ドーレス」
「はい」
「この唐揚げはうまいな、気に入ったぞ」
「ありがとうございます」
「土産にするから一人前包んでくれ」
「かしこまりました」
「それにしても、ユーリはよく働くな」
「ええ、家内の代わりによくやってくれます」
「奥方はどうしたのだ?」
「アレが二十の時に、材料の買い出しに行く途中、交通事故で……」
「つまらないことを尋ねた、許せ」
「いえ、もう四年経ちました、それなりに整理は出来とるもんです」
「うむ……、ということは……、ユーリはいま二十四か」
「はい、店を手伝うと言って、いつの間にかその歳になってしまいました」
「そうか……、ドーレスは良い娘を持って……、幸せだな」
「いやあ、早く嫁に行かないかと心配してる始末です」
「フフン、痩せ我慢は良くないぞ。ところで……、さっきから揺れて……、地震か?」
「いえ、地震など起きちゃいませんよ」
「そうか……、なら……、いい……」
言ってレウレトがカウンターに突っ伏してしまった。ドーレスがジョッキを見ると、まだ半分以上もビールが残っていた。
およそ世界の半分を主戦場とした英雄にも弱点はある。彼は酒が一滴も飲めないほどの下戸だった。
曰く、
「我が輩は酒を飲むと思考回路が鈍って、正しい判断ができなくなる。そこに頭痛が追い撃ちをかける。さらに激しいめまいと吐き気に襲われて、ついには意識を失うのだ。酒を飲む人間を否定するものではないが、我が輩にとって酒は毒でしかない。皇国の英傑、土方歳三も我が輩と同じ下戸なんだぞ。もっとも、彼は自身の失策を責めている時に飲んでいたようだが」
とマルローに熱弁を奮っている。万邦万民が彼のみならず、古今千年の英雄を憧憬して止まないのは、こういった人間らしい欠点に自身の心情を重ねているのかも知れない。
気を失ったレウレトをなんとか自室まで引き連れ、ベッドに寝かせて介抱しているのは誰だろうか。ハッピー・エンジェルの看板娘、ユーリである。体の小さいレウレトをなんとか部屋に引き入れ、ベッドに寝かしつけると、軍服のボタンを外し、窓を開け放しては冷たい夜露を入れ、ノートを使って風を送っていた。そうして彼女はまだあどけなさの残るレウレトの寝顔をただ見つめていた。そうして自分より六つも年下だということを、ようやくはっきりと思い出した。"たち"の悪いチンピラに絡まれていた時、颯爽と彼が現れるやたちまち竜巻を起こしてあっという間に倒してしまった。あまりの光景に目を奪われ、気づけばハートを奪われていた。その張本人がこうして目の前に眠っている。いったいどうすれば自分のハートを奪い返すことができるのだろう。そう考えながらユーリはレウレトの燃えるような髪に触れた。それに気づいたのか、隻眼を開いた紅玉の瞳がユーリを仰ぎ見た。
「あ……、オレは……、いったい……」
「安心して、ちょっとお酒が合わなかったみたいね」
「ああ、そうだ……、確かビールを飲んでいて……」
そう言いつつ体を起こすと軍服のボタンが外れているのを確認した。
「看て……、くれてたのか」
「無理しちゃダメ、まだアルコールが抜けてないわ」
「無様だな」
言って枕に頭を沈ませる。ユーリを背にして、レウレトがまた言った。
「まあ、なんだ……、ありがとう」
アルコールが抜けた頃、彼は土産を手に持ち帰路についていた。その道すがら、彼女のことを思い浮かべていた。寄宿舎に着いて自分の部屋に入っても、彼はユーリの起臥するベッドの匂いを思い出していた。ピガットが、
「四年ぶりの唐揚げはうますぎるぞ!」
と口の周りを油でてからせながらモキュモキュと光り輝いていても、彼はぼうっとしていた。そうして日課であるブラシ掛けもせずに就寝してしまった。




