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一期一会 第三部  作者: ヤルターフ
第二編 前進!
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蛟竜池を出ず 2

 他の人間に夜会に行こうと誘われても、神経質で常に孤独を好む彼はいつも断っていた。だがその誘いがあまりに頻繁であったので、仕方なく出たこともあった。その夜会で彼はいつもホールの隅にいて、誰に話すわけでもなく、ただ腕を組んではじっと立っていた。両眼異色の瞳をして、一張羅の軍服を着た背の低い彼を見て、女性陣が笑った。それが聞こえてくると、蒼白な顔の筋をピクリと動かし、手を所在無げに動かして、忙しく脚を揺らしていた。それゆえ彼はいつも部屋に閉じこもってはプルターク英雄伝とナポレオン伝を読み耽り、空想癖と孤独癖をより強くしていった。この空想癖一つ見てもわかるように、レウレトには冒険心と勇猛心を多分に持っていたことと、それと共に内向的で繊細な心の持ち主でもあることが窺える。一見、相反して矛盾するこの二つの性質は、なにも彼だけが持っているものではない。シーザーやナポレオンもまたこの性質を持っている。


 彼は類い稀なる非凡な頭脳を持っていた。どの教科も優秀であったが、特に数学と物理が抜群に優れていた。ことさらに驚かされるのは彼の神懸かった分析力である。物事を俯瞰ふかんして大観する人はよく足元をおろそかにしてしまう。逆に細かい部分を凝視する人は大勢を見極めることが難しい。しかし彼は先の二つを同時に行うことが出来た。その一つの例を挙げるならば、元帥になる前の大将校時代、彼は戦地にて必ず自ら現状視察を行った。そうしてテーブルに測量させた地図を広げ、砲台と戦車と歩兵と重武装兵と胸甲騎兵と後方支援と兵站を精緻に配置していく。さらに敵の戦車並びに砲台と兵数を把握し、且つ地形、気候、季節も計算に入れる。そうして戦術を練り、随時計画に変更を加えながら戦略を立てる。それと並行して民衆の動向を瞬時に把握し、政局を看破して軍内部の支持率を保つための努力も怠らない。


 これほどの総合的分析が出来た人物を探すのは難しい。古今東西の史中に求めるならば、皇国の豊臣秀吉と、東亜細亜ひがしあじあ諸葛亮しょかつりょうと、欧州のナポレオンくらいだろう。彼は望遠鏡と顕微鏡の二つを駆使した、非凡なる現実感覚の持ち主だった。さらに彼は記憶力に恵まれた。その頭脳は常にきりきりと回っていた。戦場に於いても然り、トイレに於いても然り、湯水のごとく智慧と神策が湧いてきては、矢継ぎ早に下知していく。神智霊覚しんちれいかく湧く泉の如く、との横井小楠よこいしょうなん(※皇国幕末の思想家、開国論者)の名句はまさに彼に当てはまる。


 このような知勇兼備ちゆうけんびにして博学才英はくがくさいえいを地でいく男なら、必ずや参謀本部に志願してエリートの道を歩んでいくと誰もが思うだろう。だが彼はそうしなかった。レウレトが志願したのはどこか。花の騎兵隊でも華麗な航空隊でもなく、ましてや海兵隊でもない。砲兵隊であった。理由は至極単純明快そのもので、彼の偶像であるナポレオンが砲兵隊出身だったからだ。さっさと偉くなるには参謀省に出仕するのが早道なのだが、彼は納得しなかった。空調完備された、安全な場所で棒を振って指揮を執るのは男らしくない。戦場にて指揮して自ら敵陣に飛び込んで名を上げるのが良い。ナポレオンがそうしているではないか。かの英雄にならって兵を味方にし、世論を動かしては民衆を魅きつけ、法律の名の下にシェイン族を解放し、保護しなければならない。その手本を示さなければならないのだ。


 そう思っての砲兵隊志願である。ナポレオン癖、恐るべし!


 十八で卒業するまでの四年間、彼は母親と共に暮らすという夢を昇華させて、民族解放という使命感に総身総霊そうしんそうれいを燃やしていた。その間に空腹を空想で埋め、偽りの仮面を被っては孤独をピガットと分かち合っていた。そうしていつしか彼は鉄のような顔をするようになった。ただ、そんな彼に唯一心安らげる一時があった。それは真夏の夜の夢のような淡い恋愛だ。田園にて詩を綴るような純情が彼の孤独を癒していた。

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