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一期一会 第三部  作者: ヤルターフ
第一編 鳳雛生誕
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カンツォーネ 1

 旧アイルランド領、首都ダブリン。アイルランド島東部に位置するこの街はアイリッシュ海に面しており、東西に懸けて流れるリフィー川がダブリン湾に注ぎ、南北に渡って市街が広がっている。南にある旧市街にはダブリン城を中心として中流階級の人々が生活しており、美しい町並みは近世ヨーロッパを彷彿ほうふつさせる。リフィー川を渡す橋は十以上もあり、中でもハーフ・ペニー橋は景勝地として人気が高い。またダブリンはパブと音楽の街として栄え、テンプルバーを中心として千以上のパブが集まり、多くの観光客をトラディショナルミュージックとアイリッシュダンスで迎えている。リフィー川を挟んで北側にはデヴォン鉱業地帯で働く人々が生活する下町が形成され、人口の多くがここに集中している。気候は穏やかだが、北緯にあるために年間平均気温は十二度前後と低い。また自然豊かな街でもあり、ダブリン西郊外には森林公園や動物園、植物園等からなる、広大なフェニックス公園がある。


 一九六十年五月五日未明、ダブリンにて曠世こうせいの英雄児が人知れずこの世に産声を上げた。酒場で働く下女レティシアの一人息子、レウレトである。レティシアはシェイン族であり、自身と同じように貧苦に喘ぐ"みじめ"な人達という、数少ない理解者に助けられつつ口に糊をして幼子を育てていた。レウレトの言によれば、彼女は常に誇りを持ち、周囲の人を気遣い、気丈に振る舞い、決して苦しい顔を見せず、泣き言を並べる人ではなかった。そして、


「自分に対して読み書きを教え、のみならず人間らしくあることを教えてくれた」


 と生涯仕えたデューイに口授している。


 レティシアは幼子を育てるために場末のパブで下女として働いていた。ために子供を連れて働くことは出来ないから、同じ貧乏長屋の住民に子供を預けなければならない。だが幸いにして心良く引き受けてくれた老夫婦がいた。けれどもそれは長くは続かず、老夫婦が天寿を全うしたために預け先が無くなってしまった。しかしこの時分、レウレト少年はまだ幼かったけれども、少しでも母親を助けようと、外に出て働いていた。それは"地見屋"と呼ばれるような、道に落ちている小銭を拾う仕事であったり、観光客を案内してはたまにチップを貰ったりと、様々である。


 統領府にて、レウレトは当時の事をこう振り返っている。


「我が輩は生きるのに懸命であった。そして母上を助けることが天からの至上命令であった。そのためなら盗みや強奪という、犯罪以外の事ならなんでもやった」


 彼の軍人時代からの部下で、参謀として辣腕らつわんを奮ったマルローが尋ねた。


「雨の日はどうしていたんだ?」

「雨の日は簡単だ。本を読んでいた。帽子で耳を隠し、しっぽを腰に巻いて、足しげく図書館に通っていた。そこでなにか金になるようなことを探していたのだ」


 そう言って彼が懐から一枚の写真を取りだして、それをマルローに見せた。


「これは……?」


「母上と我が輩だ。フェニックス公園に我が輩だけが知っている秘密の場所で薔薇を育て、その売上で初めて母上の誕生日の記念にと撮ったものだ。あの時の母上の顔は今でも鮮明に覚えている。そうだ、ピガットとはその頃に出会ったのだな……」

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