没落貴族 6
しかして葬儀が終わり一段落ついた頃、レウレトがピガットを頭に乗せて応接間の前を通り掛かると、珍しくデューイが声を荒げているのが聞こえてきた。こんな事はめったにない。ピガットに先に部屋に行くように伝えて彼が応接間に入った途端、ある光景が展開されていた。デューイが男の胸倉を掴んで、今にも殴りかからんとしているのだ。
「デューイ!」
レウレトが叫ぶと、デューイは振り上げた拳を止めた。
「いったいこれはどうしたわけだ?」
レウレトが訊くとデューイの掴んだ手をほどいた男が代わりに答えた。
「これはこれは若様、初めまして。私はルクレール家の財産管理を任されている、弁護士のカーターと申します」
「カーター、何故デューイが貴公を殴ろうとしたのかを聞きたい」
「私はただデューイ殿に仕事の報告をしたまでです。若様が受ける財産はルクレール家の家督のみで、私財等は相続できないと申したのですよ」
一を訊いて十を知るレウレトである。即座に頭脳をきりきりと働かせて、その炯眼にてカーターを一瞥した。
「事の内容は把握した、屋敷を出る準備に少し猶予が欲しい」
「それはもちろんです、この屋敷を出るにも行き先が必要ですからな……。それで、いつここを出て行かれますかな?」
「一週間後だ。それでいいな、デューイ」
「はっ……」
「さすがはエスカレット様の御子息、物分かりが早くて助かりますよ。一週間後にまた来ます。では……」
皮肉を表情に浮かべてカーターが部屋を出ていくと、ややあってレウレトが口を開いた。
「玄関に塩でもまいておけ、もっとも、もう我が家ではないがな」
「申し訳ございません、私の至らぬばかりに……」
「気にするな、"看板"があるだけまだマシだ。それより、これからどうするかだな」
「命に代えても若君をお守り致します」
「それは気にしなくていい、オレにはちゃんと算段がついているからな」
「どのような……」
「オレは士官学校に行く、元々これは決まっていたろう?」
「ええ、ですがそれは再来年になってから……」
「たった二年繰り上げるだけだ、問題ない」
「では私も傍に……」
デューイが言うのを彼が右手を掲げて制した。
「それは駄目だ、デューイにはこっちでやってもらいたいことがある」
「それは?」
「母上を支えて欲しいのだ」
「かしこまりました、必ずやレティシア様をお守り致します」
「ああ、頼む。それと……」
レウレトが微笑しつつ、こう言った。
「今からオレのことを御屋形様と呼べ、いいな?」
それから一週間後、ダブリンの屋敷前に手荷物を持ったレウレトとデューイがいた。
「また一つ、目標ができたな」
そう言うと、デューイがどんな目標かと尋ねてきたので、彼が答えた。
「偉くなったら、母上を新しい屋敷に迎えるのだ」
空港へ向かう車中のこと。レウレトは元いた屋敷を振り返りもせずに、ただサンルーフを開けた空に流れる雲を見つめている。と、ふいに彼が言った。
「そうだ、テンプルバーに寄ってくれ」
デューイの運転する車はテンプルバーに向かう。そしてレティシアが働く店が見える辺りで車は止まった。が、レウレトは車から降りず、窓から店の様子を窺っている。敬愛する母上の姿を一目見たかったのだ。果たせるかな、彼の望みは叶ってレティシアが店の前を掃除するために入口から姿を現す。彼はじっと見つめ、心眼に焼き付けた。
「よろしいのですか?」
デューイが尋ねると、彼が答えた。
「ああ、偉くなったら会うと約束したのだ。いまはまだ早過ぎる」
しみじみと言った後、こう付け加えた。
「デューイ、空港へやってくれ。でないとオレは母上を抱きしめたくなる」
英国首都ロンドンにあるヒースロー空港。アメリカ行きの搭乗口前にあるベンチにて二人は座っている。レウレトがレモンスカッシュを一口飲んだあとに言った。
「なあデューイ、オレの計画はこうだ。士官学校を首席で卒業すれば少なくともオレは尉官になれる。そして目立つ働きを見せればすぐにでもルクレールの名は流布するだろう。さっさと昇進しないとな」
「御屋形様なら、必ず出来ます」
「ああ、なんせおまえがオレを鍛えてくれたからな」
「ええ、よくぞ耐えたものです」
「まだ一度もおまえから一本取ってなかったな」
「御屋形様が帰る頃には取れるものでしょう、ですが、そう簡単には取らせません」
「フフン、その時が楽しみだな」
「はい」
「ピガット、腹へってないか?」
レウレトの肩に乗ったピガットが答えた。
「だいじょぶだぞ」
そうこうするうちにレウレトが飛空船に乗る時刻になった。
「デューイ、母上を頼む」
「御屋形様もお体を御自愛なさって下さい」
「では行ってくる」
キャリーバッグを引いて、小さなレウレトがゲートを通っていった。
年歯僅かに十四、赤髪の少年は大志を抱き、霊鷲となりて大空を飛翔せん。
いざや往かん、新世界へ!




