没落貴族 4
三軍叱呼激励して兵站を視察していたある日、レティシアが子を生んだ報せを受けた。たちまち彼は幸福の絶頂に昇った。なにせ家を継がせる嗣子を得たのである。しかも愛する女との間に授かった子だ。すぐさま彼はレティシアに必要な物を用意するようにとの旨を認めた手紙を送る。果してデューイから知らせが届いた。それは元帥府の指揮官級会議にて、彼が並み居る上級将官に対して百雷を落としていた時である。副官のラ=カースが会議室に入ってきた。
「元帥総長閣下」
「なんだ!」
機嫌の悪い彼が八字ひげを大きく揺らした。そのあまりの剣幕にラ=カースは元帥総長宛ての手紙を持ったまま凍りついてしまった。彼が額に青条をたて、大虎のごとくずかずかと近づいて手紙を奪い取る。差出人が誰かと見るとそこには"D"とだけ記されてある。
「諸君、急用を思い出した、暫時休憩としよう」
先程の怒気はどこへやら、丸い顔をした彼がにこにことひげを触りながら会議室を出る。執務室に着いた彼が側付きのメイドにこう言った。
「ミルクティーをくれ、砂糖三つでな」
そうして彼はいそいそと椅子に座って、手紙を読み始めた。
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レティシア様が屋敷に戻る意思は無し。ただ一言、
世の中は変わりますが、御屋形様への想いは変わらない。
等云々《うんぬん》。
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「なんだと!」
そう彼が絶叫したので、メイドは慄いて持っていたティーセットをひっくり返してしまった。
エスカレットはいよいよ思った。
――こうなったらさっさとこの大陸を平らげてやる。そうすれば誰もわしに文句を言う奴なんか居なくなるだろう。もし文句を言ってわしの恋路を邪魔する奴がいたら、そいつのこめかみに糞する穴を作ってくれる!
彼が会議室に戻って開口一番、
「諸君、宣戦布告しろ、用意あれ!」
と右手を掲げた。
* * *
「わしは一日たりとも、おまえの母親を忘れたことはない。早く戦争を終わらせて、新世界で一緒に住みたいと思うておるのじゃ」
エスカレットの話を聞いて、しばらくした後にレウレトが尋ねた。
「それは……、本当ですか?」
「ルクレールの名に懸けて誓う、断じて嘘は無い」
そう聞いて、レウレトは表情に安堵の色を浮かべた。
「そうじゃ、この指輪をおまえに渡しておこう」
と、エスカレットが前置きして左手にはめていた指輪をレウレトに渡す。
「これはルクレール家の家宝じゃ。これと対になっている指輪をレティシアも持っているはずじゃ」
「どうしてこれを?」
「わしの跡を継ぐのがおまえだからじゃ」
レウレトがじっと指輪を見つめているのを見つつ、エスカレットがまた口を開いた。
「しばらく会えなくなる、デューイにおまえの世話をさせておこう」
「どこへ行かれるのです?」
「決まっておる、新世界じゃ」
言ってエスカレットが立ち上がってデューイを呼び寄せる。
「デューイ、レウレトを頼む。手続きは万事任せた」
「かしこまりました」
エスカレットがマントを翻して往こうとする時、レウレトが呼び止めた。
「父上!」
「なんじゃ?」
「御武運を」




