没落貴族 2
× × ×
母親と過ごした、思い出多き貧乏長屋を離れる時、レウレト少年はすっかり用事を済ませ、身仕度を調えていた。とは言っても手荷物は無く、連れて行くのは親友のピガットだけである。そうしていま彼はこの家の唯一の贅沢品である姿見にて、レティシアの用意した服が似合っているかを確認している。身長は一三十センチあるかないか、赤髪は直毛で横と後ろは刈り上げて横分けにしてある。白のワイシャツに赤のチョッキを合わせ、黒のスラックスを白のサスペンダーで留めており、足元には黒の革靴がぴかぴかと照っている。
――やはり耳が無いのは寂しいな。
そう思いながら髪に埋もれた名残を左手で触ってみる。
――しかしこうして見てみると、まるでオレはどこかのお坊ちゃんだ。
そう思って口の端を上げると、ピガットがひょこと鏡を覗いてきた。
「どうした?」
「いいお坊ちゃん振りじゃないか、馬子にも衣装だな」
「ほっとけ」
レウレトがぼやくと、アパートの戸口を軽くノックする音がした。
「おい、上手く隠れてろよ。おまえは内緒で連れていくんだからな」
「言われなくても」
そうピガットが返事して景色に溶け込む。それを確認してレウレトが玄関を開けると、そこには長身に黒ずくめの男が立っていた。
「誰だ?」
「ルクレール家の執事を務めます、エイブラハム=D=デューイと申します」
「そうか、オレがレウレトだ」
言ってレウレトはデューイに握手した。と同時に彼を観察した。総髪を全て後ろに流し、前髪をハラリと垂らした白いほそおもてには線のような瞳、男らしい眉、端正な鼻、引き締まった唇。そしてごつごつとした手の感触。一見してデューイのただならぬ雰囲気にレウレトは身震いした。
「御屋形様の命を受け、お迎えにあがりました。ご案内致します」
「わかった」
擬態したピガットが彼の肩に乗り、デューイに伴われて彼がついて行く。車中にて、ふとレウレトが尋ねた。
「どこに向かってるんだ?」
「ダブリン城です、御屋形様がお待ちかねです」
「"おやかたさま"とは?」
「アイルランド領主、エスカレット様です」
「母上と関係があるのか?」
「御屋形様に直接お尋ねするのがよろしいでしょう」
「そうか……」
と、窓を眺めながら膝に乗っているピガットを撫でている。また彼が尋ねた。
「デューイは母上を知っているのか?」
「はい、お若い頃にお見受けしました。聡明で、お美しい方です」
そうだろうと言わんばかりにレウレトがしきりにうなずいている。なにげない会話をしているうちにレウレトを乗せた車はダブリン城に着いた。
ダブリン城はいわゆる瑰麗な城ではない。ナポレオン率いるフランス軍を迎えるべく、高い城壁に監視台や砲台を施したもので、さながら要塞といった体である。ランカスターが英国を統治するのに際し、エスカレットをアイルランドに封じ、その治世はこのダブリン城にて執り行われている。




