没落貴族 1
× × ×
統領府の大窓に映る景色はいつしかどんよりと曇っている。そうしてぽつぽつと雨が大窓を打ち付けている。それをレウレトは漫然と見つめていた。
「まあ、こんな具合に我が輩は耳を失ったわけだな」
つと見ると、マルローがハンカチで目頭を押さえていた。
「どうした?」
「いや……、ふと、母を思い出してな……」
「そうか……、母君は御健在か?」
「ああ、この間の休みに会いに行ったら、この髭をどうにかしろと言われたよ」
「フフン、よもや"母上"の命令には逆らうまいな?」
レウレトが愉快にそう言うと、マルローは苦虫を潰したような顔して竜ひげを摘んでいた。そんな様子を見てレウレトは笑っていた。が、ふいに笑い声は咳に変わり、胃痛によって彼の顔が歪んだ。
「ルクレール!」
そうマルローが駆け寄ろうとする。しかしレウレトは左手で腹部を押さえつつ右手を掲げてそれを制す。たらたらと額に脂汗を流しつつなんとか呼び鈴を鳴らすと、デューイが薬と水差しを持ってきた。
「御屋形様」
デューイがカプセルを渡すと、彼がそれを口に含み、水で流し込んだ。
「ふう、少しすれば収まってくるだろう」
「あまりご無理をなされては……」
「他の仕事は任せられるが、この仕事だけは任せられん。それに、時間が限られている」
肩で息する彼がそう言いながらマルローを見た。
「マルロー、そんな目をするな」
「だが……」
「おまえの言わんとしていることはわかる。だがなマルロー、人は遅かれ早かれ死ぬのだ。そして大事なのは、どう生きるかという事と、どう死ぬかという事だ」
「それはわかる、わかるが、死ぬには早すぎる」
マルローが寂しげに言うのを見て、レウレトは子供のように目をまん丸くして、こう言った。
「仕方あるまい、なにせ我が輩は未来の分まで仕事をしたのだからな。だがなマルロー、我が輩も彼と同じ病気で死ねると思うと、妙に不思議な気持ちになるのだ」
そう言って彼はナポレオンの塑像を見つめていた。
「マルロー、疲れただろう。デューイ、代わってくれ」
マルローが席を立ち、代わりにデューイがその席に座って筆を取る。
「よし、続きをやろう。そうだな……、おまえと出会った頃から始めよう」
「私、ですか?」
デューイが不思議そうに尋ねると、レウレトが笑顔で言った。
「ああ、あの時のおまえはまだ髪が黒く、髭も無かったな……」




