レティシア 4
「だから、あいつを責めないでくれ」
言ってルブランは白衣の下に着たシャツの胸ポケットから小さな木箱を取り出して、それをレティシアに渡す。
「これは……」
「あいつの耳だ」
震える手で恐る恐る蓋を開けると、果して愛児の耳が丁寧に折り畳まれていた。
「うっ……、うっ……、レト……」
切々と紅玉の瞳から双頬を伝って涙が零れ、小箱の犬耳を濡らす。そうしてレティシアが悲痛そうにこう言った。
「わたしが……、わたしがレトを不幸にしてしまった……!」
* * *
それから三日経った。
「レト、今日の晩ご飯はなにがいいかしら?」
まだ自分の耳を切ったことを知らせていない、頭に包帯を巻いたレウレトが答えた。
「母上、今日はお休みですか?」
「ええ、たまにはあなたとゆっくり過ごしたいですからね」
レウレトがはにかみながら無い耳に手を当てて答える。
「そうですねえ……、犬さんウィンナーが食べたいです」
「そう、わかったわ。あと、卵焼きも作るわね」
そう言ってレティシアは愛児が満面の笑みをしているのを見つめていた。
レティシアはいつもレウレトに優しく接していたが、その日はより優しかった。なのでレウレトはいつもより甘えることができた。夕食は大好物の鳥の唐揚げで、レウレトは口いっぱいに頬張っていたし、ピガットは"もきゅもきゅ"と衣を食べては体を点滅させていた。
就寝前にレティシアはレウレトを椅子に座らせ、自身も向かい合うように椅子に腰を降ろした。そして静かだが真剣味のある声をして言った。
「レト、その包帯を外しなさい」
すると彼は顔をうつむかせてしまった。
「レト」
母親がもう一度そう呼ぶと観念したレウレトがするすると包帯を外す。そうして頭に巻かれた包帯が全て取れると、レティシアが声にもならない叫びを洩らした。
「ああ……、レト……、私が至らないばかりに……」
「母上……」
「レト……、ごめんなさい……」
言ってレウレトの耳の付け根をあかぎれだらけの荒れた、かさかさの手で触れる。
「なぜ、謝るのです?」
「私と居ると、おまえが不幸になってしまうからです」
「そんなことはありません!」
「レト、おまえはこれまで良く母に孝行してくれました。ですが母の至らないばかりに、おまえはその耳を失ってしまった……、そのことが母には堪えられないのです」
「こんな耳、無くても平気です」
「レト、耳が有る無いの話ではないのです。おまえが母のために自分を犠牲にすることが、私には許せないのです」
レティシアがそう言うと、レウレトは押し黙ってしまった。
「明日、ルクレール家の人間がここに来ます。おまえは明日からルクレール家の人間として生きるのです。そして、この母のことは忘れるのです。良いですね?」
満顔に涙を貯めて、レウレトが訴えた。




