レウレトノート
シェイン共和国建国から二百年余、世界は国という枠組みを超え、新たに世界政府を樹立した。
民族的、またはその文化や宗教といった価値観の相違から起こる、紛争やテロ等のゲリラ的武力行使は少なからずある。とは言え、国と国との間にある国境を取り払い、互いの価値観を尊重し、共存して平和を構築する土台が出来たのである。米英帝国、欧州共和国、東亜細亜連邦が覇権を争った三国大戦という、未曾有の惨劇を人類は経験した。そして二度と同じ過ちを繰り返さないよう、自らを遠くから見つめなおした結果であった。
皇国に置かれたシェイン共和国に世界首府が設けられたその時、同国にあるルクレール銀行の貸金庫から、ある書物が発見された。使用者の名はレウレトである。彼の没後から二百年が経過し、貸金庫の有効期限が切れたために見つかったものだ。その内容が公開されるや、瞬く間に飛躍して全世界に一大センセーションを巻き起こした。これが秘書等側近達に口授して、自らの人生と、歴史的事件に関する考察を書き記したレウレトノートである。
そのノートの冒頭文には、彼の直筆でこう記されている。
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我が生涯を、かの英雄に倣ってここに記述し、その評価を世界歴史の法廷に委ねん。
八月十二日 於統領府 R・R
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レウレトが世を去る三日前にこの冒頭文が書かれたのが推測できる。そして、この貸金庫の中にはレウレト・ノートと共に一枚の出生証明書が発見された。
姓名の欄には、――レウレト=ゼファー――とあり、母親の欄にはレティシアと記されている。
ところで、レティシアといえば彼が最初に雇ったメイドの名前であり、彼女には犬の耳としっぽがついていた。そうなのだ。レウレトは私生児であり、シェイン族だったのだ。この事実を知った全世界が驚地天動したのは言うまでもない。何故に彼が二百年という時節を経てこの事実を一緒に公開したのか。諸説あるが、もし彼の没した直後に公開されたなら、直ちに世界は混乱に陥ったであろう。そして世界政府の樹立はおろか、シェイン共和国の建国すら出来ず、彼の夢は潰えたであろう。さらに彼の偉業が災いして人々は彼の能力を恐れるがためにシェイン族狩りという、凄まじい惨劇が起こっていたかも知れない。用意周到この上ない、彼らしい配慮である。
この一期一会という本の冒頭にあるように、彼の人格形成において、ただならぬ影響を与えた人物が三人いる。そのうちの一人が銀髪直毛のイェオーシュアだ。
ノートにあるように、どうやらレウレトは彼女のことを想っていたようである。確かにそれは恋愛の情に他ならない。けれどもこの時分、彼女にはアルフレッドという夫がいて、アルバという子供がいて、さらに子を身篭っていた。そのことを彼は知っていたし、また、そうであるがゆえに彼の良心が愛してはならないと決めて、その克己心で彼女に対する恋慕の情を抑えていたのである。
いかにして彼はその滾るような熱情を抑えていたか。
それは彼女の訴えを聞き入れて、軍事工場で働くシェイン族の生活環境を変えることだ。身篭っていた彼女を気遣い、食事係に配属することだ。彼女が心労を重ねて体調を崩してはならないと慮り、わざわざ自ら手紙を配達することだ。彼女の出産祝いにと分厚い封筒を贈ることだ。そうしてわざわざ知らせることもないのに、アルフレッドが行方不明になったことを伝えることだ。さらには"見つかったら必ず連絡する"と、しなくてもいい約束をすることだ。そして、友情の証にと唯一無二の家宝であるルクレール家の紋章が刻まれた指輪を渡すことだ。
このようにして彼は自身の欲望を昇華させていたのである。その証拠に彼がロシア遠征に於いて最後の戦地に赴くの際、彼女から貰ったお守りを、――生涯を終えるその時まで――肌身離さずいつも持ち歩いていた。そうして彼女に対して自身の想いを伝えずにいながら愛恋の炎に全人を焦がしていた。これだけを見ても、単に彼が冷血な人間でないのがわかる。彼もまた矛盾する、一個の人間なのである。
彼が第三統領に就任して、自治区に赴いて任務をこなしている時。言い換えれば、自らの夢を実現させるために、日々奔走して殺人的なスケジュールを消化している時。レウレトはイェオーシュアのことを忘れてしまった。と言うよりは、記憶の片隅に鍵を閉めて大切に保管していた。彼の記憶力は抜群に秀でていた。その優れた頭脳には無尽蔵とも言える棚々が整然と並んでいて、一度思いだそうとしたら明確に棚を探しだし、いつでも取り出せるようなものだ。そういった戸棚の一隅に上げ底の引き出しを作り、二重底になっている場所に想い出をそっと入れて、厳重に鍵をして、大切に保管した。だが彼もやはり一個の人間だ。引き出しの場所はおろか、その鍵の在りかをも忘れてしまったのである。しかしある時、ある出来事をきっかけにして、二重底の引き出しに鍵をしたことを思い出す。
その鍵を見つけるまでの彼の経緯を、彼の人生を、レウレトノートを踏まえつつこれから記していこうと筆者は思う。
彼が喜び、怒り、哀しみ、楽しんだ人生を、
彼の闘いの日々を、
彼の夢を、ここに記す。
吾人にはどのように映るのだろう。彼を主人公として舞台は整い、幕が上がっていく。
レウレトよ、おまえはいま、なにしている。




