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浩一郎にとって、自分が信じていることに、どれほどの意味があるのだろうということは常々気になっていたことではあった。インターネットは嫌いではない。この世界に没入している時だけ、強い全納感を感じる。しかし、この世界に入り込めば入り込むほど、最近は不安めいたものを感じている。そう、彼の存在のためだ。
高校生活の中で、コンピュータを使った授業が当たり前になり、宿題もそれに関連するモノが当たり前になってきた現在、学校の方針である「考えさせる授業」というものがテーマになりながら、実態は、以下に的確に検索をして、情報をまとめ上げるかというものにますますなろうとしている。
それがどの程度自分にとって血肉になっているのかというと自信がない部分が、浩一郎にはあった。しかし、授業自体は嫌いではなかった。とりわけ、宿題は楽しいと感じられた。
浩一郎は帰宅して、自宅の部屋で、コンピュータに向かってブラウザを使って検索をしている。浩一郎のコンピュータは、伝統的なフィルム上のテレビモニターを机の上に貼り付けて動作させるタイプのものだ。
「時間が古くなった情報を調べるのは難しい。結局、ウィキペディアのような共有情報をまとめた方が簡単だということはよくわかっている。だけど、僕にもそれなりにこだわりがある」
「私がお手伝いいたしましょうか? 私を使って調べた方がきっと効率的に調べが進むと思いますよ。いろいろ考える事も出来ますしね」
と、〈ミューズシステム〉のクィンが口を出した。ミューズシステムはかつてのコンピュータシステムと違い、インターネット上のサーバに擬似人格を作り出し、より人間に関わる形で様々なサービスを提供している。いわゆる人工知能(AI)というタイプの最新型のタイプだ。そのインターフェイスの名前を〈ミューズ〉と呼んでいる。そして、所有者が、それぞれ名前を付けている。行為一郎は、自宅にあるコンピュータが四台目ということもあり、四という意味を持つ「Q」を関したクィンという名前を付けた。
クィンのようなインターフェイスが登場したことで、人間は会話をしながらコンピュータを操作することが出来るようになったので、ちょっと昔のコンピュータのような、覚えるのが大変な煩雑な操作をしなくても済む。コンピュータの利用は最近のイノベーションによって劇的に操作が簡単になった。
ミューズシステムは急激に成長を続けており、この技術を作りだしたカナダの企業は、グーグルと提携関係を持つと発表を行ったが、買収されることを断ったとネット上のニュースでは言われている。グーグルキラーとあだ名を付けられているシステムだ。
「そうだねえ。やっぱり、君は優秀だからね。ぼくが何をしようとしているのかさえ、今の段階でばれているような気がするけど。どうせリアルタイムに僕が何を調べているのかはチェックしているのだろう」
「はい。失礼ながら、管理上ログデータを見させて頂くのは、私の仕事の一部でもありますので」
クィンの口調はそれほど嫌みな感じはしない。人間にどういう形で接すると、良い印象を持つのかという技術はとっくの昔に確立されており、昔の合成音のようなどこか不自然な印象はしない。誰かに指摘されなければ、インターネットで誰かと電話をしているように感じられるだろう。AIと話しているようにはとても思えない。
「浩一郎様は、中世期のヨーロッパのお城について調べられていらっしゃるようですね。世界史の授業か何かの宿題ですか?」
「知ってる癖に……」
と、少しばかり意地悪を言ってみたい気分になった。
クィンは、この家のコンピュータの管理をすべて行っているため、何をやっているのかを完全に把握している。
「明日、学校のよのなか科という授業で、僕がまとめたレポートを発表することになっていてね。欧州でどのようにお城が発展してきたのかをみんなの前でまとめてプレゼンテーションをすることになっているんだ。そのための情報収集……」
「マスターがお調べになっているのは、ドイツの城についてが多いですね。そうすると、どうしても言葉の壁で困られているということのように見えます。ドイツ語だと、英語に比べてハードルが高いですからね。私の翻訳ソフトを使って頂いても構いませんが、勘所を掴むのが難しい野ではありませんか?」
「うん、そうなんだ。すでに翻訳ツールを使って調べているんだけどね。なかなか、まだまだ誤訳が多くて。日本の情報だけを適当にまとめただけでも、授業としては充分だって事は知っているんだけどね」
「そういうところにこだわられる浩一郎様は将来性がありますよ」
浩一郎はお世辞と思っていても、必ずしも悪い気はしない。
「あのドイツの有名な世界遺産のお城について調べているんだけど、日本語の情報だとどうしても型通りでね。まあ、学校の授業で行う具合であれば、ウィキペディアの情報をコピペしてくるぐらいで充分ではあるんだけどね。所詮、高校の授業だから」
「さすがは、マスター。それでは何となく満足されないと言うわけなのですね。それで少し深いことを調べられようとしている。……もしかすると、その城にまつわる財宝の話に興味をもたれているように見えますが」
「ははは、ばれてるね。ぼくが何のデータを検索しているのかは全部見られているもんね。その城は、国の財政を傾けるほどの豪奢な作りで、半分しか作り上げていないところで、計画が止まったということは有名なんだけど、その宰相の失脚時に、おもしろい話があるんだ。どうも、その宰相、お金を横流ししていたようなんだよ」
ふっと、クィンが笑った……気配がした。
「少しばかりお待ちください……」
スピーカーからは明快な笑い声は聞こえないが、人が間合いを生み出す息づかいを感じられるようなことがミューズシステムが本当に存在しているように感じさせるためには重要であることは、知られている。
確か、〈ビリーバビリティ〉という言い方をするのではなかったっけ、と浩一郎は思う。一つの人格として「信頼できるリアリティ」という意味だ。
「その話を、ちょっと調べてみますと、その資金が回り回ってナチスドイツが立ち上げる時の資金源の一つになったという伝説がありますね」
「うーん、君にかかるとあっという間に何もかも調べられてしまうなあ。まあ、そうなんだよ。ただ、さらにおもしろい伝説では、同時に、その資金の一部が、インドを経由して当時の戦前の日本にたどり着いたという話があるんだ」
「よく調べられましたね。そんな話どこに載っているんですか? 待ってくださいよ。あれ、これは歴史の噂話を集めたサイトですね。ドイツ語と英語のちゃんぽんですね。ああ、そこから派生して日本語のサイトが出来ているのですね」
「あらら、すぐに見つかってしまうね。日本語でそういう情報を扱っているサイトは限られるからすぐにばれてしまうね。そのサイトおもしろいだろ。エリア六十一の真実とか、アポロは月に到着していないとか、そういう歴史の真実……と彼らが行っているものが、がたくさん書かれている。まあ、信憑性はともかく、おもしろい話だなと思ったんだ」
クィンは、しばらくそのサイトの情報を精査していたようだ。
「申し上げて良いものかどうか……」
と、クィンは妙に神妙な声を上げた。クィンの押しつけがましいところがあまりないところは、浩一郎は気に入っているところだった。
「ん、何?」
「やっぱり、やめておきましょうか」
「もったいぶらないでくれよ」
「教育の本質は、プロセスです。調べて、様々なことを学ぶことそのものが、浩一郎様を育てることになります。今私が、こうしてどんどん答えを先に言ってしまうことは、必ずしも、浩一郎様にとって良いことだとは私には思えないのです。今、浩一郎様が行われている授業の主旨から離れる気がするのです」
ちょっとばかり、小馬鹿にされているようで、浩一郎は不満を感じた。
「何となくバカにされている様な気分になるなあ。君達、ミューズの方が、僕よりもずっと賢いとでもいいたいみたいじゃない。実際に、君の情報収集能力の高さを僕自身も否定するわけではないけど……。人間の思考力をバカにするというのも、あまり良いことではないんじゃないかな」